ブラックチップ捜索開始
泥兎街には三つのエリアがある。
住民の生活拠点である住宅地、生活に必要なもら娯楽品までの売り買いがされている闇市、外部から大量の廃棄物が送られるゴミ山。
住宅地は廃品だったブレハブかコンテナを住居に利用したものが多数あるが、天井に大穴が開いていたり、壁が全て錆まみれなど形は十人十色だ。他には、故障したトラックの荷台、簡単な骨組みにビニールシートを張ったテントがあったりする。
闇市ではいくつも個人商店が経営している。かつては大型チェーンのコンビニエンスストアが参入したこともあったが、窃盗や強盗から頻繫に襲われたため撤退。他の企業もその噂を聞いて店舗を置こうとしないため、街に元々ある馴染みの店かその日だけの物売りしかいない。
残りの部分であり、ラビッシュ街で最も広く占めているのがゴミ山だ。
名前の通り、ゴミしかない。ここでは主にジャンク拾いがゴミの片付けを行っている。活動が進んで空き地が現れてもすぐにゴミで埋め尽くされる様子は、ここが世界の底だと示されているようだった。青空も見えず、出口もなく、産まれたもの這い上がることもなくただ死ぬまでもがき続ける。
正午になった現在、アユは闇市に来ていた。
公衆電話でトネヤマへ連絡していたトモが、帰ってきた。
「仕事の受託は完了。期限は一か月だって」
「短かっ!」
「正直そんなに向こうも乗り気じゃないからな。早く終わらせて買い取りたいのが本音だろ」
「じゃあ急がないとね。これからどこ行くんだっけ?」
「見てくれ見てくれ。おれっちのこと」
トモが答える前に、大道芸人の大声が割り込んできた。
手に持っているのはダイナマイト。
股間の火炎放射器で火を点け、そのまま胃まで飲み込む。木端微塵に爆発して、大道芸人は消滅する。地面に落ちた破片を客が心配して見つめていると、なんと破片が動き出して、物陰に集まっていく。
四十秒後には元の半分の大きさの体になった大道芸人が物陰から現れた。
「生還完了! よかったならおひねりをここに」
「すげー」「ブラボー!」「すごーい」
観衆に混じって騒ぐアユ。用意された器におひねりを渡そうとする。
後ろ手を引っ張って止めるトモ。
「やめとけ子供だましだ。金が勿体ない」
「どういうこと? すごかったじゃんあの鋼人。半分だけど即座に修復して」
「あれは半分じゃなくて、元々、体が小さいんだよ。おまえが最初に見ていた姿は見せかけの機体で、物陰から動かしてたんだ。破片を集めてたのも磁石」
「へー。そうなんだ」
大道芸人にギロリと睨まれるアユたち。彼にとっては飯の種なのだから当たり前だ。
居たたまれなくなったので、さっさと観衆から二体は出ていって、道を歩きながら話す。
「とりあえずこれからジジイのところへ行く。必要な情報が手に入ったら、今度は闇市で二手に分かれて情報を集める。夕方ごろに合流して酒場に入るから、集合場所はそこの付近にする」
「分かった……けどよかったの? デリィのこと置いてきた」
「置いてきたんじゃない。アイツが勝手に残ったんだ」
結局、トモとデリィは喧嘩したまま仲直りできなかった。
仕事に関してはリーダーの勝手にしろと言われたので受けてはよかったようだが、正直、デリィが聞いたらまた怒るだろう。それほどトネヤマといかトモダという会社自体を嫌っているようにアユは思えた。
一応、合流場所は伝えてあるのでもしかしたら機嫌がよくなって後から来るかもしれない。その時、訳を聞いてみようと考えておく。
「それで、アユ自身はこの仕事どうなんだ? うんとは頷いていたけど」
「うん、いいよ。だって三人で行きたいじゃん天空郷」
「そうだよな……」
「だって天空郷に住めるようになれば強盗や犯罪組織にも怯えなくて済むし、理不尽な搾取もされなきゃ、自由もあるんでしょ?」
「うん……」
トモは頷くが、どこから見ても元気がなかった。
「そんなに苦しいなら、強引にでも連れてくればよかったのに」
「いや。それもそうなんだが……悩みがあったりしたなら、一緒にアジトに残って話でも聞いてやったほうが、チームのリーダーとしては良かったのかなって」
「そういうところ好きだよ。でも俺たちにはもう時間がないからね。天空郷に行くのは、デリィだって望んでいるはずから、仕事のほう頑張ろ」
「……だよな。悩んでいる暇もない」
吹っ切れたトモ。今はとりあえずデリィのことは考えないようにした。
そうこうしているうちに闇市を出て、住宅地へ踏み入れる二機。乱雑に設置されたコンテナとプレハブの中からひとつを選んだ。
煉瓦模様がプリントされた扉をノックする。
「おいジジイ。いるか?」
「いるよ……その波長はトモだね。入りな」
返事が聞こえた。
了解を得ると、ぶっきらぼうに扉を開く。鍵はなされていなかった。
モノアイの鋼人が、部屋の壁付近で手を合わせて膝をついていた。
「悪いがGME教の礼拝をしている最中だ。しばらく静かに待っていてくれ」
「そういやジジイも入信してたな」
それから十分間、天を仰いでいたモノアイの鋼人。
狭い室内で、なんの変哲もないただのコンテナの内壁へ視線を向けているはずなのに、ここではないどこか遠くの景色を眺めているようだった。
終わって姿勢を崩したところへ、トモが声をかけた。
「ジジイ。聞きたいことがあって来たぞ」
「おやおや。相変わらず見た目はいい女のくせに、中身は女らしくないこと」
モノアイの鋼人が、からかうような笑みを張り付けながら椅子に座っていた。彼こそが、この泥兎街の街長だ。
「いちいちうるせえよ年寄り」
「まだ若いんだからそんな油や泥まみれのままじゃなくオシャレしたほうが男にモテるぞ」
「いいから! そんなこと話すために来たんじゃねえ!」
「ほほほ。分かっておるブラックチップの件じゃろう……」
「……知っていたのかジジイ」
「昨晩、うちにも来てのう……ともかく二機ともそこに座れ。長話になりそうじゃからお互いリラックスしよう」
まだ立っていた二体は、客用のソファに座る。
ガツッ、とアユの右腕が一度ぶつかったため、お互い逆位置に座り直す。
「ほほほ。やはり日常生活に邪魔そうじゃのうその腕」
「闘争に勝てればそれでいいよ」
「なんともつまらぬ若者じゃな二機とも。潤いが足りない」
「潤いなんてあったら壊れちまうからな……いいから話に入るぞ。ブラックチップの在処を知らないか? 第四工場跡にそれらしきものがあった情報はないのか?」
「――ない。ブラックチップがどこにあるかもしらないし、第四工場跡にもおそらくない」
あっけらかんと言う街長。どうやら嘘は吐いてないようだ。
「どういうことだ!?」
「そもそもあそこはこの街で四番目の工場が元々は建てられていた場所じゃ。チップの大量製造を仕事とする中小企業で、十年以上前に爆破事故があって潰れたのじゃよ。雇った現地の社員に問題があったそうで、他の工場も含めて撤退した。それで土地の貸付期間が過ぎて、ワシの管理下になったのがつい先日のことじゃ……」
いきさつを話した後、それからあったことも教えてくれる。
「そういえば何度かジャンク漁りに縁もゆかりもなさそうなギャング紛いやゴロツキどものチームがあそこを寄越せと脅してきおったのう。あいつらからしたら、ただのガラクタでしかないだろうに不思議な話じゃな。まあそんな土地でも誰が見知らぬバカどもにタダで渡すものか……ちょいと横道に話が反れたか。ともかく、ブラックチップみたいな明確に多大な利益をもたらす品なんてものがあるのなら、おまえたちに渡さず、とっくの昔に自分で業者でも雇って発掘しておる」
「ほんとガメついジジイだな。でもそうだよな。じゃあブラックチップはやっぱりないのか」
ブラックチップがなければ仕事は成功しない。
こうなったら最初から売っておけばよかったよ思うトモ。
向こうに借りを作ったせいで、第四工場跡自体が有利な条件で買われてしまう。そうなったらもしかして半額以下の値段になるかもしれない。さらにブラックチップがないという情報が知られたら取引自体がなしになる。
頭を抱えるトモだったが、街長はモノアイをにっこりさせる。
「いや。おそらくじゃが、ある」
「本当!?」
パッと明るくなるトモとアユ。
それを見ると、嬉しそうに街長は説明してくれる。
「ヤツらも知らぬことじゃが。黒い色をしたカンプチップが街に最近はこびっているらしい。縁もゆかりもない複数の鋼人たちが、場所も時間も違ったそれぞれの視点で見かけたという情報が入っているから確証は高い」
「あいつらがどう情報を仕入れているか分からないけど、そこまでは掴めなかったってことか」
「所詮は空の住人。地面の砂粒までのことは、どれだけ高性能の眼を使おうと詳細までは分からぬじゃろうよ」
「教えてくれてありがとうジジイ」
感謝するアユとトモだった。
話はブラックチップの存在の有無ではなく、捜索の仕方へ移り替わる。
「今回ブラックチップを発見するには第四工場跡ではなく、別の場所の捜索をしたほうがよい」
「うん。モトダはともかく多分OWがあそこへ執着せずに闘争が終わったら引き上げたのは、情報を掴んではいたからだろうな……ジジイは今回どれくらいまで手伝ってくれる?」
「ちょっとした情報提供くらいじゃのう。だから分け前は、少しでよい……最近、行方不明事件が多くてのう。街長としてはそっちに取り掛からなければならない」
泥兎街では行方不明というのはそう珍しくはない。
死亡したとしても発見されず、そのまま道端の鉄屑と同じものになる。
ヤクザやマフィアによる拉致。何も言わずに街を去っていくもの。昨日まで顔を会わせていた知人が、いきなりどこにいるかも分からなくなるなんていうのはよくあることだった。
けれどここ二か月間、行方不明者の数が爆発的に増えていた。平均すると一週間に約四機は行方知れずとなっている。いくらなんでも異常事態であった。
「行方不明になっているものは全て十六歳以上。他の共通項はなしじゃ」
「十六歳……成人。鋼人化手術をする年齢か」
「それ以外は生活地区も仕事も性別もばらばらでどう探せばいいのか頭を悩まされとる。自警団総出で捜査しとるが、手掛かりのひとつも掴めん。おまえたちとの面談だってやっと開けられた時間なんじゃ」
「てことは、あまりここにも来れねえってことか」
「ブラックチップ探しは諦めて、この年寄りを手伝ってくれてもよいのじゃぞ?」
「嫌だ。とりあえず今持ってる情報を全部寄越せ。老い先短くていつ死ぬか分からねえからな」
「ガチが。ワシは、あと五年は生きてやるわい。それでその間におまえたちが悪党に殺されるのを笑って見届けてやる」
軽口を交わす二機。
ブラックチップ捜索への目途をつけるため、トモはより多くの手掛かりを街長から得ることにした。