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炸裂!ゲルトキャッチ!


「さすがジリツ様!」

「お見事!」

「闘争開始から三分四七秒。どうやらこちらが五分以内にケリを付けてしまったようです」


 余裕をもったカウンターに、活躍を見届けていた取り巻きたちが褒めたたえる。


 悔しさのあまり、トモたちはギチギチと口パーツを強く噛み合わせる。


「……いやまだだ」


 残心をしていたジリツはアユから離れた。


 ブンッ。


 拳が先程までジリツがいた場所を空振りした。


 立ち上がるアユ。


 背中には鱗のように破片が刺さり、鳩尾が陥没していた。


 アユのえづく声が聞こえてくる。


「ぐほっ、ぐほっ」

「アユ! 平気か!?」



 鋼人になったとしても痛みは消えない。

 部品の摩耗やデータの消耗に早く気付くために、どんな鋼人でも絶対に感じるようにシステムが組み込まれている。

 

 だから人間と同じように傷つけば苦痛を伴う。

 

 肉と皮膚を炙る炎と内部への圧迫感と内臓機能の低下による悪寒が混じったような刺激を、今、アユは味わっている。


「だ、大丈夫……くっ……」

「よく耐えたな。並の鋼人なら終わっていた」

「あらかじめ蹴りが来るって分かっていたなあんた……」

()()()()()()。それが昨日、壊し屋を倒した技だろう?」


 返事がなくとも確信した様子のジリツ。


「衛星カメラの映像を確認させてもらった。貴様は巨大な右腕を壁にし、跨ぐように壊し屋を蹴っていた……貴様が使用しているチップは全てジャンクチップだ。パッケージが取り付けられているが、メーカーのものとはわずかな挙動さえも違っている。〈ナイト〉は盾術だけがあらかじめ書き込まれているもので、他は格闘技のキックボクシングをモチーフにして作ったデータだろう。だから壊し屋は動きを読み間違えて、普段ならば食らわないあんな動作に無駄が大きい蹴りをもらってしまった」

「当たってやがる……」


 予想の正確さにたじろぐトモ。


 バレるにしても、初見だけでここまで分かるとは。もはや感嘆さえしてしまっていた。


 アユはふらつく足で距離をとった。お互いの拳が届かない位置まで後ずさる。


「無駄なあがきは見苦しいぞ」

「うるせえな。闘争中にベラベラ喋りやがって。あと俺は、あんたみたいに期待されてるような鋼人じゃないんでね。いくら見苦しかろうが汚かろうが、関係ねえんだよ」

 

 口を開くごとにノイズが走る。

 

 強い口調を保っているが、アボート寸前なのは、誰の目にも明らかだった。

 

 虚勢だ。


 冷ややかな目線を送るジリツ――するとアユは目元を曲げ、小憎らしい笑みを浮かべた。


「それに、これからするのは無駄なあがきなんかじゃない。先にヒントを与えるよ……中身がまるっきり違うのは〈腕力強化〉だけじゃない」

「なに?」


 ジリツが考え込む前に、右拳を振りかぶるアユ。野球のトルネード投法のような全身を動かすモーションから、巨大な腕を大振りする。

 

 明らかに攻撃が届くはずのない距離なのに、拳は射程を超えて迫ってきた。

 

 ジリツと拳の姿が重なる。


 予想外の事態に、取り巻きたちは声をあげる。


「ジリツ様!?」

「……問題はない」


 当たったかと思われたが、ギリギリのところで避けていたジリツ。


 転んだ姿勢から立ち上がると、すぐにアユの元へ駆け込み、密着した。


「中々の奇技だったが、これで終わりだ」


 バチッ。

 手から磁力を放ってアユのボディを吸着させ、投げようとする。

 

 〈ジュウジュツ〉に組み込まれたデータで、服を着ない鋼人でも道着を身に付けている状態と同じく投げ技をかけられる。


 ガチャアン!


 しかしジリツが投げの体勢に入る直前で背中に強力な()()がぶつかり、態勢を崩した。


「がばぁ!」

「おっと」


 地面に膝をつけて、頭上を越えていく物体をやり過ごしたアユ。


 立ち上がって地面を見下ろすと、伏せていたジリツが顔を上げて目が合う。


「ぐふっ……何があった……」

「〈ゲルトキャッチ〉」


 〈スペースロケット〉の火力制御システム。

 〈ラジコン〉の追尾機能、

  そして〈金魚すくい〉の対象ロック。

 

 その他にもほとんどデータが破損していて壊れてしまっているはずのカンプチップの残ったデータを組み合わせることで、昨晩みんなで徹夜して作り上げたシングルアーツのジャンクチップだ。

 

 手首部分から切り離された拳がエンジンで加速し、相手をいつまでも追尾する。

 

 先が千切れた手首から伸びているワイヤーが機体内に巻き戻っていくと、やがて失われたはずの右拳が飛んできて、手首と繋がった。


「こんなゴミのような有象無象しかいない大地で、ここまでオリジナリティの高いカスタムチップ(※ジャンクチップの別称)を作れるとはな……」

「だろ。俺は俺自身の力は信じてないけど、仲間の力には絶対の自信があるんだ」


 力を認めるジリツに向かって、アユは後ろのトモたちを指さした。


「ジリツ様になんという屈辱を!」

「天寿が訪れる前に呪い殺してやる!」


 主が倒されて、怒りを露にする取り巻き立ち。

 

 反対に、ジリツは落ち着いていた。


「それほどの実力がありながら、面白い男だな貴様は」

「褒めてくれてありがとう。でも勝たなきゃいけないから、殴らせてもらうぜ!」


 拳を叩きつけるアユ。下にいるジリツの体が輝いた。


「だが、まだ敗北する訳にもいかなくてな」


 突然ジリツの機体の周囲に出現した光の縄が、アユに絡みついた。


 ビリビリビリビリ。


「あばばばば。あばああばば」

「アユ!」


 言葉にならない悲鳴をあげるアユ。

 

 倒れてしまった彼を心配して走ってきたトモとデリィは、アユの状態を調べる。


「アユ。大丈夫か!?」

「……」

「アユ! アユ!」

「心配するな。死んではいない」

「テメエ。いったい何をした!?」


 トモはジリツを問い詰める。

 

 ジリツは()()のチップをリーダーから外した。


「〈電磁パルス〉だ。貴様たちがここへ来る前に、あらかじめ仕込んでおいた」

「ゴールドチップのやつか。イカサマじゃねえか」

「ハンデを与えるとは言ったが、別にそれは正当なルールと化したわけではない。貴様たちが敵の言葉を鵜呑みにして、踊らされただけだ」

「屁理屈をぐちぐちと……」


 怒声を飛ばそうとするトモ。取り巻きたちが先に反論してきた。


「何が屁理屈だ! そちらも正規のラベルを張っていなかっただろ!」

「オリジナルだからといって何も張ってないならいざ知れず、別のものを張っている時点で騙す気しかない!」

「そっちは事前に知ってただろうが! イカサマで勝ったのはそっちだ!」

「ジリツ様がイカサマなんてもの使うか! そもそもチップが最初から六枚全て埋まっていればそこの鋼人なぞ一捻りで……!」

「やめろ」


 取り巻きをジリツが諫めた。意外な事態に、トモも黙るしかなかった。


 ジリツは、アユを見下ろした。


「確かに己はこの男を倒した……しかしだからといって、これは己の勝ちでもない」


 切なさを感じる声。まるで勝利したことを悔やんでいるようだった。


 ジリツは兜で面頬を隠すように振り返り、背を向けた。


「よろしいのですか?」

「よい……第四工場跡はしばらく預けておく。次に出会うときこそは、その鋼人に正面から勝利して、奪ってみせよう」


 最期にそう言い残すと、取り巻きたちとともに去っていった。


 残ったトモたちは医者に連れていこうとしたが、その前にアユは目覚めた。


「損傷具合はどうだ?」

「ありがとう……大丈夫。すぐに再起動できた」


 デリィの確認に、アユは問題ないことを告げた。


 それでも心配なため、アユはその場で少し休むこととなった。


「しかし消耗していたとはいえ、瀕死の状態からたった一発でアユをアボートさせるとは。打ち合いの途中で使われていたら確実に負けていた」

「チップのランク差はやっぱり大きいな……」


 しみじみと呟くトモ。以前から分かっていたことを、再確認したようだ。


 彼女は決意した。


「モトダの仕事やっぱり引き受けようと思う」

「はあ?」


 驚くデリィへ、トモは話す。


「スラムの中じゃ無敵だと思っていたアユだって、ハンデ付けられたうえであんな醜態晒しちまったんだ。お金があれば〈ゲルトキャッチ〉が決まった時点で勝てるくらいボディもチップも強化できるのに……それに、モトダだけじゃなくOWもブラックチップを探していた。本当に昨日アタシたちが手に入れたあそこに、伝説のカンプチップがあるんだよ!」

「待て。待ってくれ」


 ブラックチップの存在に興奮するトモ。対して、デリィは苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「一歩譲って、モトダに第四工場跡を渡すことはいいと思う。明確なメリットがあるから。でも買い取りじゃなくてなんで捜索のほうなんだ!? さっきの闘争を見ただろ! さっさと土地だけ売ってボクたちは撤退してしまったほうがいい!」

「それじゃ三人で空に行けないだろ! 残り三千万稼ぐのだってここじゃ不可能に近いんだ!」

「……夢物語が現実になったんだよ。ひとり行けるのだって奇跡に近い。それに一千万だったらもしかしたら可能かもしれないから、ふたりだけなら」


 バコン、とデリィの頬をトモが叩いた。


「アンタ……やっぱり言っていいことと悪いこと分かってないだろ! このバカ!」

「何がバカだ! 現実見ろ白痴女! それに信用できないんだよあんなところ!」


 また取っ組み合いになる二機。


 アユは動けないため、黙って喧嘩を見守ることしか出来なかった。


 そろそろ昼にもなるというのに、空は曇ったままだった。


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