ブラックチップについて
答えるトネヤマ。
先程ほどまでの甘い微笑みから一転して、真剣な表情になっていた。
驚いて、声をあげるトモ。
「ブラックチップ!? 嘘だろ!?」
「ボクも名前は聞いたことあるけれどよく分からない、よかったら説明してもらえますか?」
「はい。分かりました……今では三段階に分けられているチップのレアリティですが、かつては四段階あったのです。その最上級に位置していたのがブラックでした」
トネヤマが解説する。
「現在ではその存在も消滅していて、製造方法すらも誰にも知られていない伝説とされるカンプチップです。いつの時代にあったのか、果たしてどんなものなのも私どもが長年かけた調査でも不明でした。ですが時代とともに技術が進化した今でも再現できない特殊な効果を発揮するデータが入っているカンプチップということは分かっています」
「カンプチップを製造している鋼人にとっては、ブラックチップの開発は夢のまた夢。もしまたこの時代に作れたなら、チップ一枚だけでも求めあって戦争が起きるとされるくらいだ」
「やはりトモさんはお詳しいですね」
「え、あ、その……は、はい」
「そのブラックチップが、あの第四工場跡に眠ってるってことですか?」
「正確なことはまだ申せないですが……可能性はあります」
「そうですか……」
照れるトモの横で、デリィはしかめっ面になって腕を組みだす。
「なので本日、私としましては、第四工場跡についての交渉に本社から塵犬様たちの元へ来た所存です……まず買い取り額としては、こちらになります」
コールシートに小切手が表示された。
「さ、三千万G!」
「ここらへんの鋼人たちの生涯年収を足しても届かないぞ!」
ドラム缶から飛び跳ねるくらい驚愕するアユとトモ。声を震わせる。
「こ、これだけあれば」
スラム産まれの鋼人が天空郷に住むことが出来る唯一の方法。
それは住民権を金で買うこと。正規の住民権なら一機あたり二千万Gほどで購入できる。
ただしそんな大金はただのジャンク漁りにとっては一生をかけても手が届かない額だった。
人間の状態だったら唾を飲み込むアユたち。
天空郷へ住むことを目標とする塵犬からすれば、喉から手が出るほどの好条件に、取引することを決意する。
しかし反対の声が、一体から上がった。
「受け取り先の口座を空にされたら?」
「デリィ!」
さっきから態度を変えないデリィ。
腕を組んだまま、トネヤマを睨みつけている。
まるで敵意を示しているようだった。
その様子に、怒るトモ。
「いきなり詐欺扱いなんて失礼だぞ!」
「これはお遊びじゃなくて仕事だよ。そういうところを確認するのは大事じゃないか」
言っていることは正論だが、いつになく言い方が刺々しい。
トネヤマへ送る目線が鋭くなる。
「それにぼくは、そいつを信用してない」
「言い過ぎだぞデリィ!」
「いい男に持ち上げられて調子に乗っちゃって。そこらへんも忘れちゃった? この街で他人を簡単に信用するなって教えてくれたのはキミだろ。トモ」
「おまえなあ! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」
らしくないな。
アユは、デリィの態度がおかしいことには気付いていた。
トモも確かにイケメンと会話できて舞い上がってはいたが、デリィはそれに輪をかけて変だ。いつも冷静沈着なはずのデリィがトネヤマと話すたびにイライラしていた。まさか初対面の人物にまであんな言い草をするとは。
どうすれば機嫌を直してくるのかと考えている最中にも、言い争いが激化していた。
ついには殴り合いまで発展しようとしたところで、トネヤマが音声を発した。
「お二方ともどうかやめてください。モトダは、デリィ様が言ったようなことは絶対になさいません。GME教の神にも誓いましょう……ですが確かに、私とあなた方が出会ったのは今日で初めてですのに、すぐに信頼関係を築くのは難しい話です。なので本日は、お土産を持ってきました」
両端が手に収まるくらいのサイズの操作機器を取り出した。
トモが異形な音声をこぼした。
「こちらになりますが」
「TT九――通称エイシン。一般発売されていないモデルで正式軍や警察にも使用されている。二年前に発売されたけど小型センサーの中なら今でも性能だけなら最高峰だ。噂では深海に落ちたチップでさえ反応を示したらしい。うちのなんてこれと比べたら月とスッポンだ」
「モトダは製造を扱う会社ですが、他の業界の繋がりも広く太いのです」
「でもこれすごく高いのでは。性能が良い分、値段も法外でどこも数を揃えられてないとか」
「値段としては、ここの組合の正式社員の年収三〇年分といったところでしょうかね」
「……関係を金品で買うか。袖の下を通すような真似をしやがって」
「いえいえ。これはほんのお気持ちです……お受けとりになってくれるでしょうか?」
「はい! もう支払いはこれでいいくらいです!」
胸倉を掴んでいた腕を外して、真っ先にヘイシンを取るトモ。
歓喜する彼女の後方で、デリィは溜息を吐いた。
二機が落ち着いたとみて、トネヤマは依頼の話を再開させることにした。
「実はですね。買い取り以外にもうひとつお話がありまして」
「なんですか?」
「ブラックチップの捜索をあなたたちにお願いしたいのですよ」
「え?」
塵犬たちは揃って困惑した。
「いえですね。こちらとしましてもスラムにあまり詳しくないうえ、工事のための人材派遣や重機の手配なども合わせるとかかる費用としてはとても高くなりまして。ならば既にジャンク漁りとして経験のあるあなた方にやってもらうのが最良なのではないのかという提案もありましてですね。その場合ですと、ブラックチップの手掛かりを手に入れるだけでも報酬として買取額の二倍を支払います」
「マジかよ!?」
成功報酬を聞いて興奮するアユ。
けれど、他の二機は苦い顔をしていた。トネヤマも同じ表情だ。
「いいじゃん! こっちにしようよ!」
「……少し考えろアユ。百年以上かけても誰も見つけられなかった幻のチップだぞ。世界中の軍や研究機関が必死に探しても、存在があったというぐらいしか分かってないんだ」
「しかも発見したボクらが勝手に持ち去る可能性もあるのに……スラムのただの廃墟である第四工場跡にブラックチップがあるなんて本当はそちらも思ってはないんじゃないでしょうか?」
「いえいえ。実際にここらへんにあるという信憑性の高いデータは出ていまして。この提案も少数派のごく一部が出したものですから」
困った顔で否定するトネヤマ。
彼自身、本当は口にも出しなくない案のようだった。
たった一言で部屋の空気が冷めた中、アユはトモへ目線を送る。
「どうすんの?」
「え? アタシ?」
「リーダーでしょ?」
「……デリィはどう思う?」
「勝手にすれば」
「いつまでも拗ねてんじゃねえよ! はっきり思ってること言えよ!」
「言ったところで聞かないじゃないか!」
「もう喧嘩はやめろって!」
止めようとするアユに構うことなく、諍いを始める二機。
トネヤマはテーブルの前でハッと何かに気付く。
頭を下げて、そそくさと出ていこうとする。
「申し訳ありません、今日のところはこれで帰らせてもらいます」
「え? どうして?」
「用事が出来まして。渡したプレートに電話番号は書いてあります。もし何か連絡があったらそちらにお願いします……裏口はこちらでよろしいですか?」
「うん。真っすぐ行けば南の整備された通りに出るよ」
教えてくれたアユに感謝して、アジトから出ていくトネヤマ。
急にどうしたのだろうと不思議に思っていると、表の扉がノックされた。
ガチャリ。ガチャリ。
「はーい。今、開けるよ」
まだ喧嘩をしている二体に代わって、アユが内側からドアを開けた。
巨大な右手を器用に動かして鍵を回す――扉の先には、鎧が仁王立ちしていた。