夢
『どーした?』
おぼろげな映像。まるで水中にいるみだいた。
目の前の誰かが話しかけてくる。
『痛い……』
『どこがだ?』
『触られたところ』
『どこ触られた?』
『こことここと……』
顔、背中、肩。他のところ含めると体全体を指さした気がする。
『そっか……大変だったな』
肩が暖かくなる。暖かさはゆっくり移動する。
気分が心地よくなっていく。
『俺もさ。いっぱい弄られた……』
『×××も一緒にやる?』
ノイズが混じった。
誰かは笑ってくれた気がした。
『ありがとう』
手を伸ばした。
自分は誰かを撫でている。
自分と誰かはお互いを撫で合っている。
誰かが口を動かす。先程までと比べると、声に覇気がある気がする。
『いつか絶対にここから出ような』
『うん。そしたらその後も今みたいに一緒にいようね』
『っ……うん。ずっと一緒だ』
誰かは驚いた後、涙を自分の肌に垂らすほど流しながら嬉しそうな声で答えた。
〇●〇●〇●〇●
「ぐっ……なんだこれは?」
胸に動悸を覚えながら、アユは早朝に起床した。
「……また夢を見たのか俺は」
通常、鋼人は夢など見ない。
睡眠を取る必要はあるが、瞼を閉じた一瞬後に目を覚ますと睡眠は終了している。だがアユはここ一週間ほど睡眠の合間に夢を見ていた。
「なんでだ?」
理由を尋ねるが、虚空は何も答えてくれはいなかった。
「さすがに、そろそろ調べるか」
アユはCPUを作動させて、インターネットに接続する。
正式なインターネット会社と契約していないため本来は不可能だが、泥兎街では街長がいくつかのIPアドレスを用意してくれて街に住むものならば誰でも使っていいことになっている。利用時間は一日三十分だ。
国家図書館のサイトを開いて、夢についての文献を調査する。
そもそも夢とは?
一、将来実現させたい願望。
二、睡眠時に起こる幻覚症状。
『一』については鋼人になってからも見る人は多いが、『二』は普通ならば誰も見ないそうだ。
鋼人になる以前――人間の頃だけ見られるらしい。今回、調べるべきは睡眠中の幻覚症状のほうだ。アユは二の項目についてより深く調べる。深層心理、集合的無意識、未来予知、魂の経験、神のお告げ。そして、
「過去の記憶」
夢の正体を探っていたアユ。頭を手で抑えながら、苦笑いする。
「……まさかな」
より細かいところまで調べてみると、鋼人が夢を見たという記録がいくつかヒットする。
しかし一番古い記録でも三日前でアユよりも遅い。
異例の事態のため病気の治療方法なんてものはまだ分からず、そもそもかかることによってどんな症状が機体に起こるかすら不明瞭だ。
「夢見るロボット……暖かい涙を流すロボットか……」
そんなものは有り得ない
自分の口を突いて出た言葉を、自分で否定した。
途中でアジトに行く時間になったため、仕方なく接続を切断して支度を始めることにした。
「第四工場跡を、私たちにお譲りください」
アジトに到着したアユが、最初に聞いた言葉がそれだった
。
複数並べたドラム缶に鉄板を乗せたテーブル代わりの物体を間にして、トモとデリィの前にアユが初めて会う鋼人がいた。
色黒の青年タイプで、渋いハンサムといった整った顔をしている。
美形の鋼人は最新式のコールシートを広げながら、人懐っこい笑顔を浮かべて会話する。
「どうもおはようございますアユさん。当然ですが知らないようですので自己紹介させていただきます。私、株式会社モトダで社長秘書をしていますトネヤマと申します。会社の仕事時以外では、社長宅の執事をしています」
少し巻いて画面を狭くしたコールシートに名刺を映す。
閉じている状態では直径一cmの円筒型だが、巻物のように開くことで幅二五cmの長方形まで広げることが出来る。開いた状態ではコンピュータと同じ動作が可能であり、天空郷では多くの鋼人に愛用されている携帯機器だ。床から天井までガラクタで造られたアジトには似つかわしくない物だった。
「いや。それでいったいどういうことなんだよ? 第四工場跡をもらいたいって」
トモとデリィに目を向けると、彼女らも首を左右に振る。
「よく分からん。アタシたちがさっき来た時にはもう既にいて、モトダの人が来たっていうことに混乱していて、話もさっき始まったばかりだ」
「ちなみに会社に連絡を取ってみたら本物の社員だったよ。社長さんが連絡に応じてくれた」
「なんでモトダなんて大企業がこんなところに……」
モトダはカンプチップの制作会社で、業界でも常にトップを争っているくらい世界でも有数の規模の会社だった。例え一社員でもスラムに来るなんて本来ならば有り得ないことだ。
「それに関しては、私がこれから説明します」
「はい。ありがとうございます」
「どうしたんだトモは? キャピキャピした態度で、普段なら使わない敬語になって」
「トモも女の子ってことさ」
黄色い音声でトネヤマに感謝するトモを見て、ひそひそと話す塵犬の男二機。
青年タイプは高額でよほどの資産を持ってないと買えない。またトネヤマのモデルは女性人気が非常に高いブランドが作っていて、その中でも根強く支持されるシリーズの最新作だった。
「女を売る相手ってことかな?」
「そういうのとはまたちょっと違うと思うんだけどね……」
「そこ。トネヤマさんが喋るんだから黙ってろ」
「ありがとうございますトモさん。女性ながらスラムでチームリーダーを務められているあなたは、やはり尊敬に値する方です」
「そ、そんな……ありがとうございます」
照れて頬を紅潮させるトモ。女性タイプは男性タイプよりも表情パターンが豊富だった。
そのままトネヤマから褒め言葉を続けてかけられて、彼女は嬉しそうに反応する。甘ったるい空気になったところで、デリィが声を出した。
「それでいったいなんで第四工場跡なんてものを、モトダが欲しがるんですか? ボクたちにとっては宝の山でも、あなたたちにとってはただのゴミの山だろうに」
「それはですね……ブラックチップが欲しいからです」