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ジャンク拾い

 

 スクラップの海。第四工場跡を一言で示すならそうだった。


 元の地面が見えないほどまで金属の残骸が地面を覆っている。一旦、区域に入ってしまえばどこへ足を進めようが体が残骸に包まれていく。下手をすればもう二度と戻ってこられないぐらい深い穴に嵌ってしまう場合もあるので注意する。

 

 恐怖王とジャンクしかない景色の中を、塵犬たちはそれぞれ駆け回っている。


「うりゃ」

 

 デリィはショベルカーを運転して、海の中へ潜る。現在、主流な浮遊式(フロート)と違って、捨てられた古いショベルカーを改修して使えるようにしたので、車輪は履帯式(キャタピラ)になっている。


「ご苦労さん」

「やっぱりデリィはすごいな。俺はこういうの無理だ」

「アユなら、やる気になればこんなことぐらい出来るさ」

「つまり普段から怠けてるってことだ。このナマケモノ。日々、精進せい」

「ははー。そうですね頑張ります……ところでトモ師匠はやらないのですか?」

「アタシはその……デジタル系で……こういうアナログなのは大雑把だから」

「ナマケモノの師匠もナマケモノですね」

「闘争しか出来ないバカのアンタと一緒にすんな!」


 怒ったトモに頭をはたかれるアユだった。


 デリィは〈マシーンオペレーター〉から操作方法を読み込んで、バックホーを持ち上げる。

 ショベルカーの前が、まるで更地のようになった。

 バックホーから指定の場所に落としたジャンクを下にいた二体がまとめる。積み重ねたものが複数になると、乗り物から下りたデリィも加えて、塵犬たちそれぞれジャンクの山へ手を突っ込んだ。


 アユは右手で掴んだものから必要なものを分別すると、持ち場から離れる。歩いた先には箱を設置しているトモがいた。彼女へ集めたジャンクを渡す。


「ありがとう。けどやっぱり誰にも荒らされてなかっただけに、お宝がじゃんじゃん眠ってそうだ――よし! 早速、解析にかけよう」


 箱の上へろうとに似た部品を取り付けると、そこにアユが持ってきたジャンクを流し込んだ。


 ジャガジャガジャガと軽快に鳴る電子音。

 

 音がやんで、パネルに出た結果をトモは見つめる。


「こいつは駄目。こいつも駄目。これは悪くないけど今はいらない」


 箱に入れたものを、次々と元のスクラップの海へ返す。


 そのままページを送り、ジャンクひとつひとつを調べていく。


「まあまあかな」「……とりあえずとっておくか」「おおこれは当たりだ」「これも当たりだ!」

「ちょっと待ってくれこんなものまで捨ててあるのか!?」「……アタシはいらないけど市場裏のジジイどもが欲しがってたし、直してから持っていってやるか」 


 解析結果に一喜一憂するトモだった。その様子を、ジャンク収集に戻ってきたアユとデリィが遠くから見つめて微笑む。


「今日はまたリアクションが激しいね」

「独占地区を手に入れられたのが、よほど嬉しいんでしょ」

「こうして監視もされず自由にジャンクを弄ってられるのは……とても気持ちいいものね」


 しみじみと嬉しさを声にするデリィだった。


「ん? こいつは……」


 カンプチップ――〈金魚すくい〉の詳細を前に、トモの手が止まった。


 考えこんだ後、アユたちのほうへ大声を出す。


「見つけたぞアンタら! このチップがあればついに念願のアレが出来るかもしれねえ!?」

「マジか!?」

「マジマジ! こいつにデータがちゃんとあれば……あった! よし! 後はこのデータを抜き出して制作途中のものと組み合わせれば……」

「完成だ!」

「ああ! 今夜は徹夜だ。今日中に完成させてやる!」


 いつのまにか別の機械を用意していて、それでも解析を行うトモ。結果に、二体は大喜びしてバンザイする。そして、そのままどこかへ走り出す。


「ちょっと待て。どこ行く!?」

「アジトに戻る! 終わったらそれ片付けといて! あと機体の調整もあるから後から来て!」

「ぼくたちが集めたものの解析はどうする? 置いておくにもまだ場所が……ちょっと待て!」


 静止の声にも振り返ることなく、デリィを置いて二体は第四工場跡から姿を消した。


「いつもそうなんだから……ハア。しょうがない」


 残されたデリィは溜息を吐いてから、散らばったジャンクと機械の片付けを始めた。






 夜。世界はふたつに分かれていた。

 

 暗黒の大地の上空に、満月のような光り輝く島が浮いている。この島こそが天空郷だ。

 重力制御によって大地から離れ、雲のように浮いている非常に濃い濃度の恐怖王を、消した分の重力を島の全角度を覆う膜のようなものに作り替えた反重力バリアで弾く。完全な防御システムに守られた住人は、明かりの下で何者にも邪魔されないまま幸福に暮らしている。


 一方、島の下のスラムはほとんど光を発することなく、天空教からのわずかな明かりを頼りに鋼人は活動している。ジャンク漁り、チーム同士での抗争、強盗や盗みなどの犯罪。薄暗い闇の中で金属が傷ついて、消耗していく音が響いている。

 

 天と地、富裕層と貧民層で今や社会は二分されている。

 

 スラムが天空郷の対局として、大地(スラム)とも呼ばれている由縁であった。大地はもはや治外法権に等しく、警察も天空郷側の法律も弱者を守ってくれない。住民たちは今日を生きることさえ苦しい日々を過ごし続けるしかない。


 地獄にも等しいこの空間から天国に脱出する手段は、たった()()()だけだった。


 下の大地を、アユは歩いていた。

 

 カメラライトを点けて顔を下げながら進んでいる。油、バッテリー、鋼人の足パーツ。踏まないように気を付ける。

 

 しばらく移動すると、木製の一軒家が現れた。


 アユは玄関前に立つ。壁に手を当てて、剥がれかけになっている木目模様のシールをくっつけ直した。それからドアを開けて、一軒家へ入る。


「ただいま」

「……」


 返事はなかった。特になんの感慨もなく、上がり込む。

 

 廊下の窓は全て割れていて、障子は破けている。柱も床板も傷だらけだ。ギーギーと唸る廊下を進むと、畳の部屋まで来た。

 

 部屋内は、寂れていた。

 ハンドル付き充電器と小さな箪笥がひとつあるだけ。生活感が欠片もなく、住居というよりは空き家に感じる。アユは箪笥の近くまでいくと、鍵をバックパックから出した。

 

 ガチャリとよどみない音が聞こえると、扉が開いた。

 

 中には、タグがふたつあった。両手を合わせる。


「お父さん。お母さん」


 タグには、アユの両親の名前が刻まれていた。


「今日も幸せだったけど、すごい大変な日だったよ」


 それからアユは、姿も見えない両親へ話しかけるように語った。


「実は今日は塵犬の地区獲得を賭けた闘争があってね。いつもみたいに寝坊しないように目覚ましタイマーをかけたんだけど三十分ぐらい鳴るの遅れちゃったんだよね。でも三時間は余裕を持たせてたから、途中で知らない人たちに絡まれたりしても、まだ時間はあったんだけど油沼で溺れている鋼人を見つけちゃってね。助けるのにもその後の応急処置にも時間かかっちゃってさ。結局、街外れまで行くのにすごい時間かかっちゃった。途中でお医者さんに出会わなかったら間に合わなかったかもしれなかった」

 

 アユの話は、まだ続いた。


「あのキュウマってお医者さんには感謝しかない。チームのみんなにすごい迷惑かけそうになっちゃったよ……三年も頑張ってきて、やっと訪れた念願の日だっていうのにね。反省するよ……それと相手チームの人とても強かったな。機体の傷むところを抑えるアユ。人間と違って、そんなことをしても刺激は紛れない。胴に二発パンチをもらったけど、どっちも体ぶっ壊れるんじゃないかってくらい効いた。ガードした腕が未だに痺れるくらいだ。それを連打しくるんだからたまったものじゃなかったよ。体の回転を活かすのが上手かったんだよね。あれがシステマなんだろうな。今日やった以外の方法じゃアボートしてたのは確実に俺のほうだ。たまたま作戦と噛み合って助かった。闘争に勝ったことは、塵犬のふたりも喜んでて本当によかった。トモは祝杯だって言って、普段なら手も出せないお高めのエナジー凝縮液まで買ってきてくれた。デリィはちょっと遠回しだけど、体を心配したりくれた。本当にみんな最高の仲間だよ」


 長話を終え、今日のことを語り尽くしたアユは、満足して最後の言葉を告げる。

「お父さん、お母さん。俺を生んでくれてありがとう――今まで自分と出会ってくれた方々も感謝します」

 

 深々と頭を下げて、扉を閉めた。

 

 こうしてアユはいつも両親に感謝していた。きっかけなんてものはない。ささいなことでも、彼は大切な誰かに感謝したくなるのだ。仲間の二機には、感謝癖(ダンケシェーン)と呼ばれてからかわれていた。


 箪笥からどいて、電池式に改造した充電器にもらった電池を入れる。

 

 そこに後ろ腰から伸びるコンセントを差してからアユは目をつぶった。


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