デリィを救え!
ゴロゴロゴロ。
黒雲が腹を立てているかの如く鳴っている。
ようやくトネヤマたちを行き止まりまで追い詰めたアユ。周囲にはゴミの山が身長よりも高く積まれている。
両側に二体同士で立ち会う。
「これで終わりだ。トネヤマ」
「何が終わりなのですか? この戦い、まだ私たちに勝機はありますよ……このデリィくんさえいてくれればね」
言いながら、トネヤマはデリィの顎に手を添える。
「他人を騙すことしかできない薄汚いヤツが触れてんじゃねえよ!」
「おやおや。薄汚いのは貴方たちの格好でしょ?」
「テメエとくだらねえ話をしにきたんじゃねえ。おいデリィ。なんでそんなヤツの側についてんだ? そもそもオマエ、モトダのこと嫌ってたじゃねえか?」
「……」
「彼の意志ですよ。ねえ?」
トネヤマに尋ねられると、ビクッと震えるデリィ。
そのまま手を跳ね除けることなく、感情を押し殺したように淡々と答える。
「はい」
「嘘つくなよ!」
「嘘じゃありませんよ」
「トネヤマ! テメエは口出すな!」
アユが叫ぶと、トネヤマはデリィへ優しい声で耳打ちする。
「怖いですね……デリィくん。旧友たちに別れを告げてあげて」
「はい。アユ、闘争をしよう。負けたらトネヤマさんの言うことを聞いてくれ」
「俺が勝ったら帰ってこいよ」
「……」
デリィは答えることなく、自分のチップを出す。
隻腕 アユ(所属チーム――塵犬)
使用カンプチップ:〈ゲルトキャッチ〉〈ナイト〉〈反応上昇〉
メカニック ジリツ(所属チーム――モトダ)
使用カンプチップ:〈ボクシングチャンピオン〉〈虐殺〉
整備もされていなければ、ゴミだらけの場所で二機は対峙する。
その横で、トモは拳銃をトネヤマへ向けた。
「どういうつもりですか?」
「有り合わせで作ったけど、一発なら発射できる。もしトネヤマさ……アンタが余計なことをしでかしたらこれで撃つ。ふたりの邪魔はさせない」
「……貴方は私のことが異性として好きだと思っていたのですがね」
「自惚れるなよ。妨害なんてしたら、躊躇なく頭をブチ抜く」
「それは怖い。でも貴方こそ、アユくんが負けそうになったからってかつての仲間を撃たないでくださいね」
飄々とするトネヤマ。
雨の中、トモは落としそうになる拳銃を必死に支えて、トネヤマへ焦点を当てる。
落ちる稲妻。雷光で第四工場跡が青白く染まる。
それがゴングの代わりとなって、アユとデリィは拳を突き出した。
「くっ!」
当たったのはデリィの右ストレート。
アユは蹴りを出すが、途中でジャブを差し込まれて体勢ごと崩される。
「やっぱりチップが作動しない。これがブラックチップの力か」
「ええ。そうです」
答えたのはトネヤマだった。
「ブラックチップ――〈虐殺〉はカンプチップを無効化します。どんな優れた機体とAIを誇る鋼人でしょうが。チップがなければ殴る蹴るなんて行動もできません。私たちはチップがあればなんでも可能になった代わりに、チップがなければ何もかも不可能になってしまった。ですから〈虐殺〉があれば、敵を無力化して一方的にこちらが攻撃できます」
「うるせえ。テメエに聞いてねえよ! ぶふっ!」
左ジャブの連打をされる。
アユが右腕で防御すると、フリッカージャブで回り込むように打つ。
デリィは的確にパンチを当てながら、呟く。
「アユ。ボクはアジトからもいなくなってって言ったよね?」
「オマエをひとりで置いていけるかよ!」
「……」
「なあ帰ろうよ。金なんてなくてもさ。また三人で一緒にジャンク漁りをしようよ。俺もトモもデリィを待ってるからさ」
「そう……ボクはキミたちをこのゴミ山に捨てたいんだけどね!」
錐もみ回転のパンチ――コークスクリューブローを放った。
機体が強化されたトモのそのパンチは、まるでドリルのような威力でアユの左頬に螺旋状の彫り傷を作った。
アユは相打ち狙いで、踏ん張って右拳で殴る。
「……そんなものなの? アユ」
駄目だ。効いてねえ。
弱点であるCPUが集中する後頭部を叩いたが、デリィにはまったくダメージがなかった。
もう一発、顔面を打つもののデリィは無表情で微動だにもしない。
観戦していたトネヤマは高らかに笑う。
「ははははは! そう! これが唯一、開発に成功したブラックチップの力です! これさえあればいくら有象無象が倒されようがOWのものたちも無力になります! あの研究しか脳にないキュウマがようやく役に立った!」
「その程度じゃ、一生ボクにも勝てないよ」
ワンツーからアッパーのコンビネーションが叩き込まれた。
「ぐはっ」
下顎が上顎ごとかち上げて、首が折れそうなほど曲がる。
それでも耐えると、デリィはさらなるコンビネーションブローで畳みかけてくる。
「……オマエが……本当に行きたいならそうしろよ……」
「しっ! しっ!」
「……それなら俺だって応援する。トモだってそうだろうよ……もし違ってたなら俺が説得する……なあ本当にモトダの元にオマエは行きたいのか? それとも本当は今すぐにでもあいつらの元から逃げ出したいのか?」
「……」
「……泣きそうな顔してないでよ……答えろよ……バカ野郎……それじゃ分からねえだろ……」
「しぃいい!」
左コークスクリューブローから、捻じ曲がった分を反転させる右コークスクリューブローが連打される。人間ならば、筋肉のバネが捩じ切れる必殺技の繰り返し。
直撃したアユの膝が崩れる。
ついに倒れたかと思うと、右腕を杖のようにして立っていた。
デリィは後ろ足を蹴った。たまたま足の裏にあった鉄屑がペシャンコになる。
「……よりにもよって……なんでモトダなんだ?」
「黙れ」
「……だってモトダは……オマエを……」
「黙れぇえええええ!」
渾身の一撃は、右腕ごとアユをひっくり返した。
雷雲に変貌した空を見ながら、アユは思う。
後ろ向きに倒れていく。
力が入らない。
金属の体の重みに引っ張られる。
もういいか。
ここまで頑張ったんだし、もういいか。
消耗に疲労に負傷に、機体の状態に精神が引きずられる。
これから眠るかのように、アユのカメラの映像が切れた。
『ありがとう。産まれてきてくれて』『アユ。友を愛する男でアユだ。この子は』『こらアユ。食べる前にはちゃんと手を洗いなさい』『はい。誕生日ケーキよ。フーして』『明日から小学校に入学だ。目指せ友達一〇〇人』『見てお父さん。アユがテストで百点取ったのよ』『天才だアユ。将来は父さんみたいにプロのファイターと大統領の兼業だ』
知らない映像が、脳裏に浮かぶ。
これは何だ?
『アユ。最近、怖い人が外にいるらしいから気を付けるのよ』『ぐへへ。今日もまたひとり収穫だぜ』『君に少し協力してもらうよ』『暴れるなガキ! 殺すぞ!』『明日もまたよろしくな』。『もし今日みたいに抵抗したらもっとこの鞭でぶつからな』『オマエ誰だ? ふーん。アユっていうのか。弱そう』『泣いてるじゃねえか! もうやめてやれ!』『アユ。いつかこんなところからふたりで抜け出そうな』『脱走だ。ガキどもが脱走しやがった』
途中から、知っている風景が映る。
自分が埋まっていたスクラップの海。
そこから初めてスラムに来た時から今日までの光景が蘇る。
『アユか……オマエにはこの家を渡そう』『トモだ。こいつはデリィ』『よろしく』『やるじゃねえかオマエ』『アユ、デリィ。一緒に呑みにいこうぜ』『占いちゃんと呼んでね』『第四工場跡が売りに出るんだってよ! 天空郷へ行けるチャンスだ!』『甘い』『本が……好き……』
データはアボートと示しているのに、目が開けた。
『いけアユ。仲間を救ってこい。そしてまたいつか万全の状態で、己と闘争をしてくれ』
起き上がる上半身。
踏ん張る足腰。
『三人なら信じればなんだってできる』
体が軽くなっていく気がする。
機体から中身が飛び出ていくような感触。
重い殻を脱ぎ捨てて、羽化する蝶のようだった。
『ボクはそれでもふたりが一緒ならいいんだ』
力が湧いてくる。
燃料も電気もエネルギーはほぼ全て尽きたのに、どこにあるのだろうかこの力の源は。
『例えボクだけが地獄で一生を過ごそうが命を落とそうが、構わないよ』
なんだっていいか。デリィを救えるのならばそれでいい。
ひとりだけ地獄に行かせるものか。俺もトモも付き合わせてもらうぞ。
構えるアユ。
それはいつもとまったく同じ構えだった。
「まだ倒れないのかよ。この大バカ野郎……じゃあこれで終わりにしてやる!」
正面から顔面を狙ったコークスクリューブロー。メインCPUを機能停止にするつもりだ。
グオン!
巻かれた風が唸る。結果は空振りだった。
「避けられた!?」
チップが使えないはずなのに、ダッキングで拳の下を潜り抜けたアユ。
屈んだ体勢からローキックを打った。
「鋭い! 〈虐殺〉が機能中なのになんで!? しかもボクのアーツ系はプラチナチップだぞ。シルバーのアユになんで技の打ち合いで負ける!?」
「動きを見せすぎたな。〈ボクシング〉は普段から散々研究してるんだ。技のバリエーションさえ分かれば、モーションも掴める」
押せば倒れるとジャブを連射するが、射程ギリギリ手前からアユはローキックと前蹴りで一方的に攻撃を加えていく。
ステップやボディワークはデリィのほうが優れているが、移動先を先読みして打ち込んだ。
形勢が逆転した。




