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折れた心と再起

 

 アジトに帰ったアユとトモ。

 

 工房内の壁にもたれて座っているアユの周りを、トモが右往左往している。


「えーと。これが接着剤で、これが予備配線。あっちにニッパーがあったはず、いやこっちか」


 修理のための器具を探している。整理されていたはずの工房が荒らされていく。今朝の段階で、もう目も当てられないほどひどい惨状ではあったが。

 

 アユは彼女を、じっと見つめる。


「トモ」

「なに?」

「直さなくてもいい。先にオマエは昔のアジトに行ってろ」

 

 エネルギーさえ注入すれば、歩けるようにはなる

 

 アユが逃亡を促すと、トモは溜息を吐いた。


「デリィが戻ってくるんだろ?」

「でもアイツは、ここにいても潰すと言った」


 デリィは本気だった。あの表情も、声色も、数え切れないくらい見聞きしたから分かる。


 あの時のアイツの目は、俺たちを拒絶していた。


 アユは胸の内にあるわだかまりを、苦しみながら言葉にする。


「俺がアイツともう一度会ったところで何ができる? 俺は何もできなかったんぞ。自分を守ってくれた友達を見殺しにしたうえ、ブラックチップを手に入れることも、両親の仇討ちも、たったひとりの女の子を救うことすら失敗したんだ」


 そんな俺が、デリィに何をしてやれるっていうんだ

 

 アユは諦めた。

 

 次があるとも思わない、これから先においても、自分が何をしようとしたところで、何ひとつできない。人間の時も、天空郷にいた時も、スラムに落ちてきた今でも自分は誰も救えずに、失っているだけだ。

 

 もうあがく余力すら無くなってしまった。


「……」


 アユの話を聞き終えたトモ。


 速くもなければゆっくりでもない自然な歩行速度でアユとの距離を狭める。


 互いの足先が当たるぐらいまで近づいた。

 

 ゴチンッ。

 

 体同士が当たって、無機質な金属音が鳴った。


「バカ。オマエたちと一緒なら、信じればなんだってできるよ」


 傷ついた体を包むように、トモはアユをその胸へ抱きしめた。


「何してんだよ……」

「元気になるおまじない。どうだ? 少しは気が紛れたろ?」

「……板みたいに硬いおっぱいだな」

「元気出たみたいだな。それとノーオッパイについては鋼人なんだからしょうがない」

「鋼人でも元々ある人は、シリコンとか入れてくれるんじゃなかったっけ?」

「アタシは十二で手術したから育ってなかったんだよ。このスケベ」

 

 そういえば、いつもこんなやり取りしていたな俺たち。


 アユは表情を崩す。


「なあアユ。アタシがデリィと初めて会った時のことって話したっけ?」

「ジャンク漁りで臨時にタッグを組んだのに、ずっとデリィが無言だったんでしょ?」

「そう。今でこそ塵犬の知性派気取りしてるけど、昔は愛想振りまくどころか会話すらまともにできなかった。それで不要な敵意を買っちゃって、アタシが助けてから縁ができてしまったって話……器用なようでいて、本当は不器用なんだよアイツ」

「……」

「普段はちゃんと自分ではできない範囲を分かっていて、他人に上手く頼れるヤツだけどさ。いざ頼っても不可能な事態になると、自分だけ無理して突っ走っちゃう。そもそもいつまでも謝らないで、ひとりで勝手にジャンク漁りしてた男が器用なわけないか」

「そうだろうね」

「それてさっき言ったことなんだけどな」

「一緒なら、なんだってできる」

「闘争しかできないアユ。不器用なデリィ。美少女で賢くて一流のチップ製造者だけど喧嘩っ早くて後先考えなしなトモ(アタシ)――ひとりじゃまともに生きていけないくらいの欠陥抱えてるんだよアタシたち全員。でも三人で協力したら、あの組合と敵対しても土地を得られた。ひとりじゃ駄目でも、三人なら信じればなんだってできるんだ」


 無意識の内にトモは腕で力を入れてしまって、アユを引き寄せる。


 少し息苦しくなるが、アユは遠ざけようとはせずにそのまま沈黙する。


「ひとりだって欠けちゃいけないんだ」

「ああ――ここに残って、デリィを取り返そう」


 アユは自らの機体を見る。泥で汚れ、酸性雨と闘争によってボロボロだ。でも自分は生きている。ここ数年間、デリィの整備によって造り替えられてない部分はほとんどない。

 

 アユはここにいないデリィへ感謝した。


「ところでもう充分、元気になったか?」

「もうちょっとかな?」

「なら、もう少しこのままでいるか……」

「うわー! アイツらふしだらなことしてますよ!」

 

 唐突な第三者の声。

 

 工房へのドアが、いつのまにか開いていた。


「なっ、なっ、オマエらは!」

「すまない。行為の最中とは知らずに、勝手に踏み入ってしまった」


 ジリツとその取り巻きたちが、工房に入ってきていた。


 ジリツは顔を手で隠しながら話す。


「少々の時間で済むなら、続けていてもいいぞ。建物の外に己たちはいよう」

「そういうんじゃねえから!」

「ではどういうことだ? 年頃の少女が男を胸に抱きよせているのだぞ。確かに未発達な体ではあるが、それは我が宿命のライバルの趣味なのだろうから好きにすればよい」

「はあ!? 俺はロリコン趣味なんてねえよ! こんなガキを女として見れるか! というか宿命のライバルってなに?」

「テメエ! 何がガキだアユ!」


 アユとトモは離れて、罵り合う。


「まあ落ち着いてくれ、アユと塵犬のリーダー。実は貴様たちに話があってだな」

「テメエのせいなのに何言ってんだ。このカブトムシ!」

「うおっ」


 止めようとすると、二機の矛先がジリツへ向かった。


 そこから取り巻きたちも言い争いに参加して、勝ち負けの見えない泥仕合になる。




 数分後、ジリツたちも床に座っての話し合いになった。


「ここに椅子があるのにいいのですかジリツ様?」


 取り巻きがドラム缶を差し出すが、拒否するジリツ。


「よい。交渉相手がこうしているのに、己だけが見下すのは失礼に値する」

「さすがの敬意。やはりジリツ様は素晴らしい」

「それでこそ天才にして世界を股にかけるOWの次期当主」

「主自慢はいいからさっさと話進めろ。金魚の糞ども」


 また喧嘩が始まりそうになるが、ジリツが止めて、話を切り出した。


「今夜、第四工場跡と貴様たちを狙ってのモトダの襲撃がある。逃走と反撃。貴様たちがどちらの選択を取るにせよ、我々が手を貸そう」


 アユの機体をタオルで拭きながら、トモは会話する。


「モトダ。やっぱりか」

「知っていたのか?」

「はっきりとは分からなかったけど、アユから全部聞いた時になんとなくそんな予感はしてた」


 ちょっとだけ悲しそうな声でトモは答えた。


「泥兎街第四工場は、モトダの系列が建てたものだ。ちょっとやそっと調べた程度じゃ足が着かないような小細工がしてあったがな。モトダは第四工場でブラックチップの制作をしようとしていて、その実験体として多くの鋼人や子供たちを誘拐したようだ」

「どうやら黒い噂は本当だったような」

「情報を拡散したり証拠を持ち出そうとしたものは、処分して噂程度に留めておいたようだ。今回の貴様たちへの襲撃もそういうことだ。ダークチップの存在を知り、また証拠そのものの第四工場跡の持ち主であるから」

「なるほど。デリィがモトダに従っている理由は分からないが、ある程度は合点がいった」

「それに関しては脅しや金が考えられるが……」

「デリィはそんなのに屈するようなヤツじゃねえ!」


 トモは前かがみになって、ジリツの垂を引っ張った。


 ジリツは分かっていたのか、引き離さずに会話を続ける。


「そうだろうな。貴様たちがそこまで大事に思っている仲間だ」

「分かればいいんだよ。分かれば」

「……本当に申し訳ないことをした。お前たちには」


 アユと手を放してくれたトモへ、ジリツは頭を下げた。


 取り巻きたちも止めることなく、主と同じく頭を下げる。


「我々はモトダの悪の所業を突き止めるために、第四工場跡を欲し、ダークチップを探していた。そのためとはいえ本来ならば関係ないお前たちに迷惑をかけ、あんな脅迫するような真似までしてしまった……」

「申し訳ありませんでした!」

「……」


 ジリツたちは謝罪の言葉を述べる。


 頭を上げずに返事を待っていると、ひそひそと声が聞こえてくる。


「どうするアユ? いくらもらう?」

「いや。ここで決めないで曖昧にしたほうがいい。そうすれば少しずつ引っ張り出せる」

「確かに。そのほうが最終的に稼げる額が大きいしな。それにいざというときは、大手のニュースサイトにでも情報を売るって脅せば、たんまりと頂ける」

「やっぱり最低ですよ。こいつら」

「ドブネズミなんかに頭を下げたのは間違いだった……」

「まあよい。己のポケットマネーから出してやろう」

「よし決まり。とりあえず手を貸せオマエたち」


 相談の結果。 

 アユたちはこれからデリィを取り戻すためにモトダに応戦するから、OWはその協力をしろということになった。


「分かった。アユの体がボロボロだ。時間がないが、手当てをしてやれ」

「できるのかこいつらに」

「己の調整はこの者たちに一任している。時間もないため、完全とまではいかないだろうが」

「汚い場所だな。こんなところでは作業がしにくい」

「うわー。アタシのところまで勝手に片付けるな」


 綺麗になった工房で、アユの修復作業が行われた。

 ジリツの言った通り、時間は足らなかったが、それでもキュウマ戦で失われた箇所は元通りとなった。

 

 深夜を過ぎたところで、第四工場跡に設置しておいたセンサーに反応があったため、アユたちはアジトから出向く。

 

 これが最後の戦いだ。


 アユは覚悟を決めて、第四工場跡を目指した。


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