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怒拳


 バリバリバリ。


 会話に、電気音が入り混じる。


「何しやがった? この大ホラ吹き」

「メ~ス。ワタシ如きではいくらダークチップを使おうと、生粋のファイター相手に正攻法では勝てなさそうなので。ここからはワタシなりにいかせてもらいます」


 人差し指からメスを伸ばして、急速に攻撃範囲を広げたのだ


 両手合わせて十指から、他の医療器具も出現する。


 メスを動かし回すと、アユの機体に幾重もの切り傷が形成される。


「本来は人間ではなく鋼人用なので、金属だろうが簡単に切れます」


 手術台から飛び退くキュウマ。


 宙にいる状態で一振りごとにメスを補充しながら、大量のメスを投擲する。


 ヒュンヒュン。

  

 切っ先を向けられているにも関わらず、眠気がアユを襲った。


(麻酔か。さっき切られた瞬間に塗られたか)

 

 電子制御に対する妨害ジャマーを発する液体。完全に効いてしまえば、数時間もの稼働停止をさせられてしまう。

 

 全体的な動きが鈍くなっているが、体を縮めて右腕にアユは隠れて防いだ。


(この厚さをさすがに貫通はしないが、刺さるたびに麻酔の効果が強くなっていく。起きていられる内に、倒すしかねえ)


 アユは右腕を盾にしたままシールドバッシュで攻めようとする。


 盾の端から前を覗くと、キュウマの指先から赤い閃光が見えた。


 直後、ジュワっと右腕の一部が溶けた。


 点のような穴から光線が飛び出てきて。アユの左肩を抉る。


「溶着用の熱線で~す、今は〈ドクター〉ではないので加減できませんが!」


 灼熱の光線を射出しながら、指先をめちゃくちゃに振り回す。


 手術台に壁と、他にも家中のありとあらゆるものが切断されていく。


 やがて家は支えを失って、倒壊した。


 瓦礫の中心で、雨に当たりながらキュウマは立ち尽くす。


「思った以上の惨事になりましたね~。まあダークチップがバレたからには、ここから引っ越すつもりでしたからよかったのですけれど~」


 キュウマはダークチップだけは回収しようと、残骸からケースを探す。


 ガシャッガシャッ。


 後方で、勝手に瓦礫の山が崩れた。

 

 首を回すと、そこではアユが倒れそうになりながらも踏ん張っていた。


「ふーふー」

「限界寸前。いやアユさんの機体の限界を超えているというのにアボートしないのは、医者としては興味をそそられますが、なんにせよもうワタシの勝ちで終わりですね」

 

 光線は掠る程度で済んだが、大重量の質量落下には強いダメージをアユはもらってしまった。


 自分自身でも立っているのが不思議だった。コンピュータで状態を確認しようとしたが、なぜかそれをしてしまうと倒れる気がしたのでやめる。

 

 キュウマはエア噴射で自分に落ちてくる天井の軌道をズラしたため、まだ余力がある。光線の使い過ぎで

残り燃料がギリギリなため、遠くからメスを飛ばす。

 

 アユは右腕で受けようとするものの、間に合わずに足に刺さる。


「くっ」

「ふふふ~。さっきまでの元気はもうないようですね~」

「アンタ。本当はなんでやったんだ?」

「本当は~って……ああ~さっきの問答のことですね~」


 メスもなくなったため、キュウマは接近する。


 腕を伸ばせば届くまでの距離につくと、アユを殴り倒した。


 マウントのようなポジションを取ると、掌底を連続で打ち下ろしてくる。


「理由なんかありませんよ~。ただ実験のためにデータが欲しいだけで~す。ブラックチップが完成した後にどうなろうがスポンサーが何をしようがワタシには関係ありませ~ん。人類の救出なんて知りませんよ~」

「……こんな……クソ野郎だったなんてな」


 バゴンバゴンバゴンバゴン。


 ブラックチップによる高威力の打撃に、アユの顔面は変形していく。


「ほんと減らず口ですねアユさ~ん。そんな貴方を見ていると思い出しますよ~」

「……何をだ?」

「第四工場跡にいた時ですね~貴方に似て生意気な子供がいたんですよ~。実験のたびに歯向かってきて、その都度に折檻したんですけどまったく言うことを聞かなかったのですよ~。これはどうしたものかと悩んでいたら~その子、脱走しちゃいましてね~」


 苦痛に耐えるアユ。


 痛いのは外側だけじゃない。内側から刺すような痛みがしてくる。これは叩かれて発生しているものではない。でも殴られるよりももっと辛い。


 キュウマは楽しそうに声を上げる。


「でも笑えることに、なんと仲間に置いてきぼりにされてその子だけ帰ってきたんですよね~。それでも最初のほうは変わらず反抗してきたのですが、徐々に元気がなくなっていって最後には虚ろな目で耐えるだけになったんですよ~。傑作ですね~」


 自分を包んでいる鋼の器の崩壊をアユは感じる。ドロドロの液体で全身が満たされていく。


実験対象(モルモット)ごときがお医者さんに逆らっちゃいけませんよ~。ワタシはいずれ世界の救世主になるほどの天才なんですから~。黙ってデータをくれればそれでいいんですよ~」


 両手の同時攻撃によって、アユの頭部でショートが起こった。


 白く染まる視界。


 何もかもが見えなくなった状態で、アユは思う。


(悔しい……俺はこいつを許せない……たとえ死んでもいいからこの男を倒したい……)


 キュウマが憎い。

 やっと現れた仇敵を倒せずに、ひたすらやられる弱い自分がもっと憎い。

 

 ドロドロの液体の粘度が増して、固体へと変質していく。


 視界が、元に戻った。


「……!」


 掌底が目前まで落ちてきていた。視えても、躱す手段はない。


 万事休すか。


 アユが諦めた途端、攻撃中のキュウマが急に静止した。


「う、動かない。なぜだ!?」

「オーバーヒートだ!」

 

 闘争に慣れてないキュウマは、ペース配分やメーターのチェックを見誤ってしまった。過剰な熱を冷ますために、動作が禁止される。

 

 アユは膝蹴りでキュウマを横に落っことして、マウントから逃げた。

 

 立ち上がって、構えを取る。


「……」

「なるほど~。そういう弱点がありましたかダークチップにも~。これは反省点ですね~」


 もう作動を再開して、アユを威嚇するような態勢になっているキュウマ。どうやらダークチップはオーバーヒートの回復すらも即座に行うようだ。


 動けない間に仕留めるのがアユの魂胆だったが、それはもう無理なようだ。


(化け物が……だけどこうなったら仕方ない)


 落胆しつつも、右ストレートの準備をする。

 

 狭い場所だったので〈ゲルトキャッチ〉は差していなかったが、その代わりに〈パンチ強化〉を装着しておいた。


(カウンターで倒す。アイツにもそれなりのダメージが蓄積されているだから、いけるはず。でも――)


 わざわざ実動せずとも分かっている。機体のスピードがほぼ死んでいる。


 これではいくらタイミングが良くても当たりっこない。しかも〈レオ〉は相手の動きを見てからでも合わせられる。


 このままでは相手のチップの内容が分かっていても。さっきと同じ羽目になる。


「もっと速く……速いパンチを……」

「ハァアアアアアア」


 全速力で突撃してくるキュウマ。


 アユは軌道上に乗せるように、カウンターをぶつけようとする。


 昨日、インターネットに残っていた動画で闘争する父を観戦した。見た目も戦い方も生まれて初めて見るはずなのに、どこか懐かしさを感じた。


 父が得意としていたあの雷のように鋭い右ストレートならば、絶対に当たる。


 どうやっていたっけ?


「確か……こう」


 踏み込みも、腰の使い方も、右拳も今までと大きくは変わらない。違いは一点だけ。右肩を加速して入れるために、()()()()()()()()()()()()


 速度自体の上昇はほんの少しだけ。


「なぜ!? なぜ動けた!?」


 しかしキュウマは、我も忘れるくらいの大きな反応をする。


(その左腕は金属化現象だったはずで~す。ワタシ自身が幼い頃のアユくんに装着させたので、よく覚えていま~す。子供の頃は容態が安定しないため、案の定、ワタシほどの腕をもってしても金属化現象になってしまったのですが~。なぜ動け――)

 

 グシャアン!

 

 思考に囚われていたキュウマは回避行動を取ろうともせず、右ストレートに直撃する。

 

 ダークチップの激しい加速によって、弱ったアユの拳でも一発でキュウマの全身を粉砕した。


「ぎゃぁあああああ!」


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