真相
トモにとっては初めて見る猛速度。反応することもできずに、拳がスレスレまで迫った。
ガチィ。
「だ、大丈夫か!?」
「ああ」
アユが右腕で庇った。
既視感のある重い拳。
〈ナイト〉を起動していたため、なんとか受け止められた。
「トモ! オマエは逃げて、女の子からダークチップを剥がしてくれ。今ならまだ間に合う!」
「分かった!」
「逃がしませんよ~!」
出口へ走るトモを、背後からキュウマは襲う。
アユが両者の狭間に入って、追撃を全て受け流した。トモはその間に、家から逃げていった。
屋根の下にいるのは、二機だけになる。
「その速度にパンチ力。ダークチップを使っているな?」
「ええ。雨の中ではどのような調子になるのかを知りたくて装備していたのですがね~。幸運でした~。しかしアユくんはそれでも防御しましたね。凄いですね~」
「前に見たからな。それに基本はテレフォンパンチだから見切りやすい」
「なるほどね~。ならばついでに、もうひとつやろうとしていた実験を行いましょう~。実は先日、ダークチップに相性のいいアーツ系を探していたら、いいものが見つかりまして~」
もうひとつのチップも既に嵌めていたのか読み込みを行う。
僅かな隙ができたので、アユは右ストレートを打つ。
(……飛んだ!)
ジリツは力強く跳躍して右拳を躱す。
アユが見上げると、天井にへばりついていた。
真っすぐ落ちてくるのかと思いきや、掴むように天井を蹴って、横の壁に飛ぶ。そしてさらに壁を蹴って、アユの背中に高速で空中移動してきた。
五指を突き立てるような打撃を、振り返ってアユは防ぐ、
キュウマは着地すると、再度、壁に向かって跳んだ。
(ビーストタイプか。モデルはなんだ?)
古代にいた動物の動きをモチーフにしたアーツ系でも異色のビーストタイプ。
「飛躍的に向上した性能をフルに使えま~す。まさにかつての人間と獣の戦いの再現で~す」
「ぐおおおっ!」
三次元的に高速攻撃してくるキュウマ。
防御が間に合わなくなって、機体が削られていく。
(動きが読めない。相手のチップが明確に分からないのが、こんなにキツイとは)
自分がやっていたことをされて、今度は自分がされて苦い思いを味わうアユ。
(四の五の言ってられねえ。今からでもどんなチップか見抜くしかない……四足歩行の動物。爪に見立てた攻撃の多用と壁を跳躍する軽やかな動きから、おそらくネコ科)
アユの正面に着地して、貯めた力を爆発させるように襲いかかってくる。
(そしてこの攻撃的な凶暴性から、〈パンサー〉か〈レオ〉のどちらか)
二択まで絞ったが、もう寸前まで相手が迫っている。迷っている暇はない。
アユは右ストレートでカウンターをする。
(外れた……豹じゃなかったか)
〈パンサー〉なら直線で襲ってきて、噛みつかれていた。
右拳の下に機体を沈めるジリツ。
伸びた腕に食らいついて、アユを腕ごと宙へ持ち上げた。
〈レオ〉は〈パンサー〉よりスピードは劣るが、パワーと柔軟性に優れていた。
壁へぶつけて、キュウマは右腕を破壊しようとする。
「うぉおおお!」
アユは空中で寝た姿勢のまま、裏拳モーションを作動する。
半円を描いて降下する右腕は、噛みついていたキュウマを手術台へ叩きつけた。ビキビキとパーツが破壊されていく音が響く。
呻くキュウマ。
よほど効いたらしく、腕の下でジタバタとしている。
「ぐぇえええ! いたい。いたいで~す!」
「……そうかよ」
「ごふっ」
手術台の上に立ったアユは、キュウマの胴体を上から掴んだ。
「た、倒すのですかワタシを~?」
「ああ。二度と復旧できないくらい粉々にしてやる……でもその前に訊いておきたいことがまだある」
「わ、分かりました~。なんでも教えますから助けてくださ~い」
今さら命乞いをするキュウマ。
その様子に失望するものの、アユは攻撃をしないで質問する。
「サキタっていうのは誰だ? アンタと何か関係があるんだろ? それとトネヤマとはどういう関係だ? なぜアイツは助け船を出した?」
「質問がいっぱいですね~。ではそれらを簡潔に一言で答えますと、サキタはトネヤマで~す」
「は?」
予想外の答えに、アユは聞き逃しかと思った。
だが集音マイクに異常はなく、キュウマも当たり前のことを言ったようにいつものようにへらへらと笑っていた。
「昔いたサキタという鋼人はモデルを替えて、さらにトネヤマという偽名を名乗り、今のキミたちの依頼人になったということで~す。通常は元の肉体とかけ離れた形態にすると金属化現象が起きやすいのですが、そこは幸運というか悪運に恵まれていたのでしょうね~」
「……つまり俺たちは騙されていたということか」
「そうだと思いますよ~。アイツは昔から計算高くて、自分の利益のためにしか動かないような嫌な女でしたから~……ちなみにあの女とは元同僚で~今では取引相手という感じですね~。表向きはモトダの社長はずっと同じですが、実際はサキタに乗っ取られている傀儡政権で~す。だからセンサーに細工するなんてことまでしてくれたんでしょうね~」
どうやらモトダは、トネヤマが影で実権を握っているらしい。
「取引相手か……」
そんなことよりも、その言葉が気になったアユ。
右腕をいつでも作動できる状態にする。
「それがどうかしましたか~?」
「先生はあの女の子にしたみたいなことって、どれぐらい前からやってた?」
「してたことって、医療用と騙してダークチップを渡していたことですか~? それならワタシが事故から助かって、医者をやり始めた時からだから九年くらい前ですね~。最近はついに副作用に耐えきれなくなった鋼人が増えてきたので、恐怖王の冠に死体をぶちこんで処理するようになりましたね~。それとサキタにも協力してもらって、天空郷にいる鋼人たちのデータももらっていました~」
「……ケンシンジョウスギを知っているか?」
「はい。有名な方だったようですが、途中でデータも渡さくなった駄目な患者で~す」
アユは右腕に全力を込めた。
拳を握るモーションでジリツの胴体を潰していく。
バキバキバキバキ。
「ぐわぁあああ!」
「テメエの! 全部テメエのせいなんだな!」
無限に湧いてくる怒りを、掌に注ぎ込む。
断末魔の悲鳴が聞こえるが、もう構わなかった。
「は、離してください~!」
「父をあんな目に遭わせたのも。行方不明事件も。俺たちを誘拐したのも! テメエがやりやがったんだな。俺をここまで追い込んだ何もかもを!」
もはやアユの精神は平衡状態を崩していた。
思ったことをそのまま口にする。
「なんでだよ!? 俺、アンタを尊敬していたんだぞ!」
「がぁあああああああ!」
「俺が助けたくても助けられない人々を、目の前で救ってくれてさ! この人は凄いなって。医者って凄いんだなって! なのになんで、こんなことするんだよ!」
「……人類を、より多くの人々を救いたくて|」
「え?」
返ってきた答えに、つい握る力が少し弱くなってしまった。
緩んだことで少し状態が回復したのか、キュウマは言葉を流し続ける。
「ダークチップは人の『何か』に干渉するカンプチップ……今はまだ不完全なため莫大な力を得る代わりに『何か』を消耗してしまいますが、完成すればブラックチップとなって『何か』を操れるようになります」
「ダークチップとブラックチップは同じものだったのか!?」
「はい……ブラックチップによって『何か』を制御できるようになれば……以前にも言った通り、金属化現象を防げるようになります……そうなればより多くの人類が救えます」
確かに言っていることが実現したのならば、それは世界を救うと等しいことではあった。
キュウマの本来の目的を聞いて、手が少しずつ開いていくが、それでも離さないようにアユは留める。
「たとえそうだとしても駄目だろ! 未来で多くの人たち救えるとはいえ、他人の命を奪うなんてことはしちゃいけないだろ!」
「――まあ嘘ですけどね~。綺麗ごと言っちゃいました~」
爪で引き裂くように、キュウマは手を振るった。
長話は時間稼ぎという線も考えていたため、アユは手首を曲げて避ける。
切断された配線から、電光が迸った。
アユの右手首が、まるで刃物で切られたように裂かれていた。




