三度目の夢
『ハッ…ハッ……』
景色が流れていく。物体が線となって消失していく。
俺は走っていた。
場所は、おそらくスラムのどこかだろう。普段、よく見ているものに似た背景が映っている。
『もう少しだ。あと少しで、空港に辿り着く』
『うん。ちゃんとチケットを買える分のお金もある』
『頑張るぞ』
この声は、いつも夢に出てくる誰かだ。
誰かと一緒に、俺は空港まで行こうとしているのか。
なぜここまで急いでいるのか?
疑問に思っていると、後方から喧騒が聞こえてくる。
胸がわざめく。俺は何度も、首を後ろに回す。
『ヤツらがきた! 追いつかれるまでに、到着しないと!』
どうやら俺たちは、何者かに追われているようだ。
一生懸命に逃げようとする。
しかし後方からの物音は徐々に大きくなってくる。どうやら何者かのほうが速いようだ。
何者かとの距離がかなり縮まった。
『マズい。追いつかれる』
『隠れよう』
俺たちは車輪式の車の陰に隠れると、そこから車の下に入った。
追いついた何者かは車の周りは確認したが、そのまま気付かずに通り過ぎていった。足音が複数。しかも足の大きさからして、俺よりも二倍近く大きい存在だ。
逃げ切ったことに安心する。
『どこ行ったガキども』
『見失ったかもしれん。おれたちは向こうを探す』
『じゃあおれらはあっちを』
どうやら別々に分かれて、探すつもりだ。
何者からがここからいなくなっている内に、俺たちは脱出しようとするが、
『待て。どこかに隠れているかもしれん。この暗闇だ。見落としている可能性も低くはない』
『それもそうだな。よし。ここに何人か残して探させよう』
四人ほど残して、何者かたちは別の場所を探しにいった。
『どうしよう……』
下から除くと、四人は常に別方向を見ていて必ず車周りも視界内に置いてある。
だからといって足の速さで負ける以上、無闇に出ることもできない。
ペタン……ペタン……
大きな足が近づいてくる。もしかしたらここを探すかもしれない。
俺の頭は混乱に陥る。どんな方法を思いついても、逃げきれそうになかった。
『アユ……オマエはここに残れ』
『え?』
横で一緒に這いつくばって誰かは、俺へ言う。
『俺は今から、オマエを残してここを出ていく』
『そんな。行っちゃやだよ』
俺が縋りつくと、誰かは手を強く握った。
彼の手は、小刻みに震えていた。
『いいか? 俺は足が早い。鈍足のオマエさえ置いていけば、あいつら如きなら振り払える。オマエは、あいつらが俺を捕まえようとここから離れている内に出ろ……これがたったひとつの、俺たち両方が脱走できる手段だ』
こうして傍から見ているから分かる。
誰かの言葉は嘘だった。
いくら多少は速かろうが、体が倍も大きい複数人から逃れられるわけがない。
彼も分かってて、言っているのだ。
なんて不器用なのだろう。この誰かは。口ではわざと悪し様に言って、強がっている。けど辛そうに目と口元を歪め、俺の手を離したくないとばかりに強く握っていた。
何者かたちの足音が近づいてきた。誰かは、名残惜しそうに手を離す。
『すぐに俺はここから出る……じゃあなアユ』
『ごめ、あっ……も一緒に』
俺が言い切る前に、誰かは、足が来る方向とは反対から出た。
挑発的な内容の大声を出して、どこか遠くに駆けていく。
やっぱり、彼は自分を囮にして俺を逃がしてくれるつもりだったのだ。
その場にいた全員が、誰かを追って消えた。
俺は一分後に、車の下から出て、空港に向かった。
走っている途中、何度も後ろを振り返ったが、何もそこにはなかった。




