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ジリツ第2戦 1

 

 翌日の正午。泥兎街に雨が降っていた。


 台風が近くまで来ているため、ここ数日は天気が荒れるそうだ。強風と大量の酸性の水滴に見舞われながら、アユとトモは初めてOWと会った時と同様に空き地にいた。


「すみません。トネヤマさん」

「ごめんなさい」

「いえいえ。確かにちょっとキツイですけれど、気にしないでください」


 トネヤマが持ってきたたったひとつの傘に、ギュウギュウ詰めの状態で三機は入る。


「アユ。どうせ左腕使わないんだから、そっちははみ出せよ」

「トモこそ何もしないんだから濡れてもいいじゃん」

「嫌だよ」

「こっちこそ嫌だよ」

「まあまあお二方とも」


 喧嘩しそうになる二機を、間にいるトネヤマが宥めた。


「そういえばトモさん。あれから第四工場跡を探しても、ブラックチップは本当になかったのですか?」

「はい。なかったです」


 これまでの数日間、トモとアユは第四工場跡でジャンク拾いをした。

 ブラックチップがここにあると分かっているのなら、わざわざ闘争しなくても先に見つけてしまえばいいと考えてのことだった。


 しかしどれだけ懸命に探しても、痕跡すら発見することはできなかった。


「分かりました。会社側の準備も済んだので、闘争で勝ったのなら期間を延長して、こちらで機材と人員も送って探させましょう」

「ありがとうございます」

「いえ。本来なら闘争前に片を付けるべきでしたが、どうしても上層部でゴタゴタがありまして遅れました」


 OWを無視して大規模の介入をしてしまえば、遺恨が残る。

 モトダからすると難しい判断であったため、仕方のないことではあった。


 お互いに報告を終えて未来における活動予定を決めたところで、


 ガチャリ。ガチャリ。


 和太鼓の音色に混じる鎧がかすれ合う音が、雨にかき消されることなく聞こえてくる。アユとトモは一緒の方向へ視線を送る。


「来た」


 隣の鋼人が差す鉄傘の下を、悠然と歩く当世具足。OWが到着した。


 アユたちの声が届くギリギリの離れた位置で止まる。和太鼓がやむと。ジリツの声が聞こえてきた。


「第四工場跡を賭けての闘争に参った!」


 集音器をつんざく叫び。怒ったトモは、同じくらいの声量を出すつもりで大声の返事をする。


「カッコつけてんじゃねえよ! 所詮は金と力に任せたチンピラ紛いの強請りじゃねえか!」

「貴様の言うことは正しい! だが、己たちには己たちの考えがある! ブラックチップを得るために、奪わせてもらうぞ貴様たちの土地を!」

「バーカ!」

 

 トモの罵声を馬耳東風で流して、ジリツは闘争の準備に入った。


 トモは舌打ちした後、トネヤマを回り込むようにアユへカンプチップを手渡す。


「三〇分前に完成した。今のアタシが作れる最高傑作だ」

「ありがとう」

「勝てよ。アユ」

「がんばってください。アユさん」


 トモとトネヤマに応援されて、アユは前に出た。


 取り巻きたちの鉄傘から、ジリツも出てくる。


 雨に、二機が当たる。赤く綺麗に染められた鎧が、黒く汚れた白いベースカラーの機体がずぶ濡れになっていく。


 カンプチップを、かざす。



 隻腕 アユ(所属チーム――塵犬)

 使用カンプチップ:〈オーバーヒート防止〉〈システマ〉〈反応上昇〉

 闘争の天才 ジリツ(所属チーム――OW)

 使用カンプチップ:〈全身強化〉〈全身強化〉〈ジュウジュツ〉


 

 使用チップを目にすると、トモがキレた。


「また三枚かよ! アユを舐めてんじゃねえよ! 全力できやがれ!」

「まあまあトモさん。油断してもらったほうが、こちらとしては有利ですし」


 二機の目線の先で、ジリツはアユへ話しかける。


「アユ……貴様を侮辱しているということではないと、言わせてもらおう」

「じゃあ何でだ?」

「後悔しているからだ」


 ジリツは声を絞り出すように言う。

 

「前回の闘争で、いくら必要があったとはいえ、あんな卑劣な手を使ってしまった。己は今日までずっとそれを悔やんでいた。寝ても覚めても、心がしでかしたことを責めてくる……前回のような仕込みはない。己は貴様と対等に戦いたい。己と貴様どっちが本当に上なのかを競い合いたい。今度こそ純粋な力比べをしたい」

 

 今にも機体の表面を裂いて出てきそうな中身を抑えつけるように、胸に手を置く。面頬は表情をまったく変えていないはずなのに、今のジリツはまるで小さな少年のように見えた。


「……」


 アユは、雨で剥がれかけていたチップのラベルを外した。


「〈ナイト〉、〈ゲルトキャッチ〉、〈脚力強化〉。これが本当の俺が使うチップだ。〈ナイト〉には、盾術を除いて〈キックボクシング〉のデータが詰まっている」

「アユ! アンタいったい何を!?」

「すまん。でも今回はこうさせてくれ。こうしなければ、俺はこの男を殴ることすらできない」


 ラベルと本来の中身が別なのをジリツたちが知っているのは織り込み済みだった。


 その前提でも、カンプチップのデータが分からないというのは優位に働くため、今回もトモはラベルに細工をしていた。

 

 トモは頭を激しく掻きむしった。それから据わった目になって、アユを見つめた。


「ああもう! 絶対に勝てよバカ! 」

「トモ。ありがとう!」


 アユはトモへ送っていた目線を、前へ戻した。


 表情を変えない面頬。それなのにそこから聞こえてくる声は。心底から楽しそうだった。


「アユ! 貴様と出会えたことに、貴様と二度も戦えたことに己は感謝する!」

「ジリツ! 俺たちの夢のために勝たせてもらうぜ!」


 闘争が開始した。


 アユは振りかぶると、〈ゲルトキャッチ〉によって右拳を射出した。


「さすがに遠すぎる。そこからではジリツ様な余裕で回避可能だ」


 一度、自分で食らったからこそ取り巻きは〈ゲルトキャッチ〉の脅威を正確に把握していた。


 バシャアン! 


 しかし今、取り巻きが見ている技は以前の技と比べて別物だった。雨の中を突っ切る右拳。あまりの猛烈な勢いに雨粒が激しく潰れて、蒸気のようになっている。ジリツは紙一重のところで躱すが、すぐに右拳は反転して襲いかかってきた。前に見たものと同じはずなら、回避さえすればある程度の時間が稼げていたはずだった。


 全てにおいてパワーアップした〈ゲルトキャッチ〉は、デリィの細部までのボディ調整とヘイシンによって技術が格段に向上したトモによるここ一か月間のチップの改良の成果だった。


 何度か躱すが、ついに物理的に避けられない時が来た。ジリツは、次の右拳に当たるしかなかった。


「フンッ」


 ガチィイイン!


 反転したジリツは仁王立ちになると、防御もせずにそのまま真正面から右拳を受けた。


 ゴゴゴゴゴ。


 拳は衝突後も加速し続ける。ジリツは後ろに引きずられていく。腹が、胸が、肩が、顔がペシャンコに潰されていく。耐える足が地面との摩擦で削られ、膝が軋みを上げる。


 押し潰されていく末に、〈ゲルトキャッチ〉は右拳の燃料切れによって停止した。


「はあ……はあ……」

 

 上昇した熱を排気で下げる。


〈ジュウジュツ〉ではこの右拳を捌ききれる技がなかった。ならば中途半端に防御して弾かれるよりはと、広い面積で受け止めるほうをジリツは選んだのだ。弾かれた場合、最悪、倒れたところを狙われてしまっていた。


 拳が重力に引かれていくのを、達成感とともに眺める。


 ――右拳の向こう側で、アユが空中を飛んでいた。


「オォオオオオ」


 ワイヤーを高速で巻き取って、その勢いでアユは高速移動を行っていた。


 左股関節のロックを外す。

 分離した左脚を踏み台にして、アユは地上に着地している時と変わらない威力の右回し蹴りをジリツの顔面に叩き込んだ。

 

 ワイヤーの巻き取りの勢いによって普段より衝撃力が増した蹴り。

 

 後方にあったゴミの山までジリツは吹き飛ばれた。


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