不老不死
骨組みは鉄骨で、隙間をアルミ板で埋めた昔ながらのスラム民家。端々に見える破損や汚れが、住人が長期間いたことを教えてくれる。
鍵もない扉によって、外から隔てられた二十畳の屋内空間。
これだけだと広いかと思われるが、中心に置かれた診察台にデータが入っている天井まで届くHDの棚と大きめのデスク、細かい器具も含めると、それぞれの家具まで単機で通れる最低限の道しか空いてなかった。
キュウマの自宅に、アユたちは訪れていた。
診察台には、アボートしたジリツの取り巻きが寝ている。
「すみませんね~。久しぶりの患者じゃないお客さんなのに~お茶とか出せなくて~」
「いえ。こちらこそ急に押しかけてしまって」
「ほんと~に、ここって今は誰もいなくて~退屈していたんですよ~。気付いたら~ひとりだけ取り残されてしまいまして~」
元々ここに住んでいたが、住民が一斉に転居することを知らなくて、キュウマは追いてかれてしまったらしい。
幸い、住民たちが脱出に使った地下の抜け道が残っていて、それで外から必要なものを供給しながら生活しているそうだ。
長年ここに住んでいるのなら、ブラックチップについて知っていることがあるかもしれない。
そう考えたアユたちは、自分らで探す前に話を伺うことにした。
「後で~ここへ来られるように、抜け道の場所を教えときますね~」
「ありがとう。ところで先生、ここらへんで珍しいカンプチップとかない?」
「珍しいチップですか~? う~ん。そんなものありましたかね~?」
考え込むキュウマ。
これは望み薄かなと思っていると、アユは机の上のプレートを見つけた。
「これって」
「それはですね~この前、君たちと一緒に助けた女の子に書いてもらっている日記帳で~す。術後は不安定な状態が続きますから~経過を押してもらいたくて書いてもらっていま~す」
プレートには自分の状態とキュウマへの好意が拙い文字で刻まれていた。
アユは微笑ましい気持ちになった。
ビービー!
「わわわ。試しにヘイシンを作動させてみたら、聞いたことない音ですごい鳴ってる!」
トモは慌てて停止させる。
キュウマがヘイシンかどんなものかを尋ねてきたので、答える。
「チップセンサーですか。それなら、あれに反応したのかもしれません?」
棚の隣に置いてあった青くて中が透けてない金属ケースを持ってきた。
「こちらですね」
「わー! ジャンク品がいっぱい!」
蓋を開くと、大量のカンプチップが積まれていた。
修理してあるものもあれば壊れたものもあって、トモの工房で見慣れた景色がそこに広がっていた。
「実はワタシ~治療のために~ジャンクチップを制作していまして~。昔、練習用に組んでいたのもあるのですよ~。さっきのチップセンサーの異常な反応も~下手くそが弄ったせいで、本来なら有り得ない変なデータが組み合わさっているせいかもしれませんね~」
「すいません。迷惑はかけないようにするので」
「登録したら、強引な感知もしなくなりますよ。よかったら私がしときましょうか?」
「助かります」
一旦、ヘイシンをトネヤマに返した。
「それで珍しいチップのことなんですがね~。このケースの中のものくらいしか知りませんね~ワタシは」
「そうか。ところでアンタは、どんなジャンクチップを作っているんだ?」
同じジャンクチップ制作者として、トモは興味を示していた。
キュウマは悩みながら答える。
「どこから話していいものですかね~? ワタシの研究内容に関わるものですので~長い話になってしまいますがよろしいでしょうか~?」
「すいません。あまり時間がないので、よかったら簡単にお願いします」
「分かりました~他人に話す機会がなかったのでほんと嬉しいですね~」
トネヤマは、要点だけを伝えようとする。
「結果から言いますと~金属化現象を未然に防ぐまたは治療することを目指して~ワタシは研究していま~す」
「そんなことできるのか?」
「答えたいところですが~そのためには鋼人の生態について説明しなければなりませんね~。まず鋼人の死因についてですが~大まかに分けると、機体の完全消失と金属化現象による完全停止の二通りですね~。その他については~動作がほぼ停止状態になっていても定義的には死ではありませ~ん。実際、パーツやデータさえ組み直せば修理できますしね~」
金銭的な事情や、道が整備されていないことで脱出不可能な地点に追い込まれることがスラムではたびたびあるが、それらは厳密には死ではなかった。
「機体の完全消失については、原因は外部からのものではっきりしていますが~。金属化現象。これについては原因が不明なままなんです。一部のパーツの消耗や欠落でもなければ、コンピュータにウイルスが入ったわけでもありませ~ん」
ここからまた別の話にさせてもらいま~すと、キュウマは言った。
「そもそも鋼人化手術について、完全なメカニズムを誰も理解していないので~す。記憶をデータにして、肉体を機械に変える。それしか医者はやっていませ~ん」
「それこそが、鋼人なんじゃないのか?」
「違いますよアユく~ん。でも確かに、その考えでかつて行われた実験がありました~。ある少女の手術前までの記憶をコピーしたデータを手術後の同機体に入れてクローンを造り、そのクローンに鋼人になった少女と同じ生活を年単位で送らせるというもので~す」
「条件が同一のものならばクローンは少女と瓜ふたつ、いやもうひとりの少女が生まれるはず。それで結果は?」
「クローンは、ただの金属製人形になりました~。半年ほどは、本物とほぼ同じ言動と動作をしていたのですが、途中からずれ始めて、既成のAIが入った人型ロボットと何ら変わらないものとなりました~。大事なはずの親との記憶も不要と判断して消去して、行動は周囲の言われた通りに従うだけ。休みを与えても趣味なんてものは持たずに自分から動くというものはなく、エネルギーの無駄だと活動を休止させるだけでした~」
その一方で、鋼人になった本物の少女は時期によって反抗期を迎え、外部で友達を作ったり恋をしたり、部活に入って映画製作を行っていたらしい。
クローンは手術直後の少女と完全に同じはずだったのに、真反対の存在となっていた。
「失敗した要因をAIの未熟さや環境の微細な違いと語るものもいましたが、ワタシは別のものだと考えました~」
「別のものとは?」
尋ねると、キュウマはほくそ笑んだ。喋りたいのをずっと我慢していたらしい。
冷静なような態度を取るが。早口の説明から興奮しているのが丸分かりだった。
「具体的にはまだ分かりませ~ん。ただ人間を人間たらしめていた『何か』。性格や肉体の違いでなく、個体ごとを明確に分けていた『何か』があるはずなので~す――そして長年の研究の結果、ついにその『何か』が機体から消失することで、金属化現象が起こるのが判明しました~。『何か』に干渉さえ行って金属化現象を起こさせなくすれば鋼人は不老不死、正確には機体が破壊されれば死んでしまうので半不老不死の存在になりま~す」
「不老不死だって!?」
その場の全員が仰天する。
確かにそれほどの所業ならば、興奮を隠しきれないのも分かる。
同時にトモは、チップ屋店主が同じ単語を使っていたのを思い出した。
「はい。といっても~いつ研究の成果が挙がるのかはまだまだ不明ですがね~。見果てぬ夢ですよ~」
「凄いことしようとしているね。先生は」
「――成功したら世界が一変するだろうな」
「……起きたのか」
ジリツの取り巻きが、いつのまにかアボートから復旧していた。
診察台から起き上がる前に、トモは大声で停止させた。
「待て。アタシたちがずっとそこにいてもらう! 負けたほうは、勝ったほうの邪魔をしないっていうのがさっきの闘争の条件だろ?」
「分かった。だが、そいつに連絡があるから、もう少しここにいてくれ」
自分で出した条件の手前、取り巻きは素直に応じた。
連絡とは何だと思ってアユたちが待っていると、取り巻きは耳元のイヤホンを外して、スピーカーのスイッチを入れた。
「携帯電話? でもここ電波通じたっけ?」
「トランシーバーだ。これなら電波が通じなくても、街の中なら遠距離で連絡し合える」
「へー。便利だな」
話していると、イヤホンから声が届いてきた。
「久しぶりだな。塵犬の諸君」
「ジリツ!」
「その声はアユか……いきさつは既に聞いた。貴様の前にいるその男は確かに強いが、貴様ほどの実力者ならば勝つと分かっていた。修理のためにも、今そちらに向かっている」
「まさか邪魔する気じゃないだろうな!?」
トモの声を、ジリツは否定した。
「するわけがない。己が直接言ったわけじゃないとはいえ、家臣の言葉だ。こちらが第十七住宅地に到着しても、邪魔をしないと約束しよう。信用できないのならば、貴様たちの調査が終わるまで恐怖王の外で待っていてもいい。それほど傷は深くないそうだしな」
「申し訳ありません。ジリツ様」
「悔いる心があるのならば、反省して次に繋げろ」
「はっ」
診察台上で膝をついて、誓いを立てる取り巻きだった。
ジリツは、アユたちへ話す。
「己らの調査が終わったが、ふたりともブラックチップを見つけられなかった」
「よし! へっへー、ざまあみろ。ブラックチップはアタシたちのものだ!」
「大したはしゃぎようだな、塵犬のリーダー。まるでそこにあるのを、事前に知っていたかのようだ」
「そうだと言ったら?」
「どうやって調べたのか興味深いところだ。もし本当にそこにあったのならば、それに使った機械を売ってほしいものだ」
「残念ながら企業秘密だな。売ってほしかったら、その鎧を脱いで街を裸で走ってみろってんだ。中身は空っぽなんだろうけどな」
勝利の余韻に酔ったトモは、嬉しそうにジリツをからかう。
対して、ジリツの声はあくまで冷静だった。
「噂通り、女子とは思えない下品な発想をする鋼人よ……まあよい。アユよ、もし第十七住宅地にブラックチップがなかったら、あとは己らが調べてない二か所の内のひとつ――貴様らの所持する第四工場跡にブラックチップは必ずあるはずだ」
「アンタたちが見落としてなければね。天下のOW様にそんな心配はいらないだろうけど」
「第四工場跡にあることが発覚したら――もう一度、あの場所を賭けて己と闘争しろ。アユ」
「ああ……!」
ゾクリとした。
教祖の言葉を信じて、ここにブラックチップは絶対あるから勝負はしないとにべもなく突き放してもよかったのに、口を突いて出てきたのは承諾だった。
(望んでいる……俺はジリツとの再戦を心の奥底から望んでいる)
ジリツもだ。
電波を介そうがいくら離れていようが、言葉の端々からみなぎる闘志が伝わってくる。アユと闘争をして、今度こそ自分の望む勝利を得ようとしている。
「……」
お互い、それ以上の言葉は交わさず、トランシーバー越しに自らの拳を握りしめた。
交信が切れると、キュウマが声をかけてきた。
「登録終わりましたよ」
「ありがとうございますトネヤマさん。じゃあアユ、探しに行こう。さっさとしないと、日が暮れちまう」
「分かった。先生も色々とお話を聞かせてもらって、ありがとうございました」
ヘイシンを預かって、ブラックチップを探しにいくアユたち。
これは絶対に駄目なことだけど、ブラックチップがここにないといいな。
わずかだが無意識に浮かんでしまった不謹慎な思い付きだったのが、その考えをアユは後悔することとなった。
ブラックチップがなかったのだ。
第十七住宅地のどこを探してもセンサーに反応はなく、また出来るかぎり他の手段で探してもまったくそれらしものが見当たらなかった。
深夜、天上で輝く天空郷へトモたちは悔恨の悲鳴を叫んだ。