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隻腕アユ、泥兎街に立つ

 

 アユと呼ばれた少年タイプの鋼人は喜ぶ。チームメイトは安心してホッと息を吐く。


「悪い。遅れた」


 塵犬の仲間が声をかける。


「いつもボクたちを不安にさせるんだから君は」

「急いだんだけど……ふたりともごめん」

「ところでなんで油まみれなんだ? つーか臭! ひょっとしてこれ廃油か!」

「実は来る途中、油沼で溺れちゃって」


 工場が集まった場所の付近にあり、工場全てから流れ出た廃油が溜まっている沼だ。


 アユは透明弓のリーダー以上に、全体がオイルに包まれていた


「アンタそんなことして遅れかけたの!?」

「ほんとドジだね。あそこってバリケードがされてるから、いくら慌てていても落ちるような場所じゃないのに」

「いやー、ほんとすまない」


 明るい態度で平謝りするアユ。

 

 それは、透明弓のリーダーが抱えている感情とは、正反対だった。その場から立ち上がると、彼は怒りだす。


「遅れかけたんじゃなくて遅れたんだよ! 時間オーバーでそっちの負けだ! くそっ、こんなに汚しがって」


 敗北を伝えようと、呑気に話しているトモたちに詰め寄る。


 間に、ドクシャが壁のように割って入ってきた。


「待て。闘争を行わせろ」

「なぜだ? このまま伝えれば、難なくこの地区を奪えるのに」

「あの女はあの鋼人がおれに()()()と言った。戯言だろうが、もし本気でそう思っているならば気に食わん。力の差を見せつけてやる」

「あいつが?」


 遠くにいるアユへ目を送る。


 平均的な大きさで特段優れたところがなさそうな鋼人。拭いても拭いても取れない油に四苦八苦している。闘争を控えたファイターとはとうてい思えない情けない姿だ。


「そうだ。だからこそ気に食わん。あんなヤツにおれは負けない」

「わ、分かった」


 雇い主として本来ならば言い返すべきなのだろうが、誰よりも間近でドクシャの強さを感じてしまったことで呑まれているため、彼は素直に従った。


 すると大きな手が、肩に優しく置かれる。


「それに知っているぞ。実際の時間ではあいつが間に合っていたことを。体内時計までずらさせて手の込んだことだ」

「なっ! ま、まさか現在の土地の持ち主にでも教えるつもりか!?」

「そう怖がるな。わざわざ他のヤツらには言わんさ……それに、ありえないことだが万が一負けた時は、()()()にはおれからちゃんと言っておくよ」

「本当か!?」


 用意していた悪巧みを見抜かれ、険しい顔つきだった相手リーダーの口元が途端に緩んだ。


 肩を包んでいた手を外すと、ドクシャはトモたちの元へ向かった。


「あっ、こんにちは。ごめんなさい今日は遅れちゃって」


 挨拶のために、アユが前に出てきた。


「気にはしない」

「そうかよかった。ところでおっさん、今日の俺の相手はどの人? まさかおっさんじゃないよね? それはないか。もう歳っぽいし腰いわしちゃうかもしれないしね」

「……おれだ」

「……よろしく」


 気まずそうにした後、アユはやっと油を拭きとれた左手を差し出した。

 

 握手のようだ。


 何の気なしに、ドクシャは応じる。


「右腕と違って、ずいぶんと華奢だな」

「子供用モデルだからね。多分、小学生くらいの時に付けたものじゃないかな?」

「……おれを舐めているのか?」

「そうだと言ったら?」

「スクラップにしてやる」

「おお怖っ」


 わざとらしく怯えた後、アユは小憎ったらしい表情を浮かべた。


「大金をかけて全身に改造を施した大人が、小学生に負けるってどんな気持ちだろうね?」

「――リサイクルも出来なくなるほど粉微塵にしてやる」


 電撃の放射や光線を撃ち合ったわけでもないのに、二機の間に火花が散った気がした。

 先程までの友好はなくなり、闘志をお互いへ燃やす。


 わずかに離れた距離にいるアユとドクシャを周囲が取り囲む。


「まず勝敗の結果についての条件を確認する」

「勝ったほうがこの第四工場地区の独占。敗者には何もなしの総取りだ……次は勝負方法」

「勝負方法は、チーム代表者同士の一対一の闘争。勝敗条件はチームリーダーのギブアップか代表者本人のアボート(※強制終了)だ」


 リーダー同士のルール確認が終わると、代表者の二体が向かい合う。


 古からの闘争のマナーに従って、これから使用するカンプチップを周囲に見せる。

 

 

 壊し屋 ドクシャ(所属チーム――透明弓)

 使用カンプチップ:〈システマ〉〈パンチ強化〉〈反応上昇〉〈オーバーヒート防止〉

 隻腕(テュール) アユ(所属チーム――塵犬)

 使用カンプチップ:〈脚力強化〉〈反応上昇〉〈ナイト〉



「ナイト!?」「ナイトだとぉおおおお!?」


 アユのカンプチップの構成が公開されると、驚きの声が次々と上がる。


「〈ナイト〉ってあのジョブ系のか?」

「徒手空拳ルールでアーツ系をひとつも入れてないとか正気かあいつ?」

「軍式格闘術の〈システマ〉を基本としたド定番の組み合わせ相手に、なんて真逆な奇をてらっただけの戦法。いや、もはや戦法じゃない」


 周囲が騒ぐ中、ドクシャは観察を行っていた。

(予想通り、あの右腕による戦術を取ってくるようだ)


〈ナイト〉には西洋の武器術のデータが入っている。そのため他のジョブ系の闘争チップとは違い、戦闘も可能だ。ジョブ系にはこういう現代にはない職業もある。おそらく剣か槌の動作を利用して、あの()()()()で攻撃してくる。


 アユの両腕はまさしく()()()だった。


 細く短い子供モデルの左。鉄筋のように太く膝下まで長い右。手術費もろくに出せないこの泥兎街では、この不完全な姿も決しては珍しくない。

 

 当然、武器として使ってくるのなら逞しい右だ。


 しかしそれならばなぜ〈脚力強化〉なのか? 


 多少は威力も上がるだろうが、腕での攻撃なら腕の力を直接増幅させる〈腕力強化〉でいいはずだ……考えるとしたらスラムに滞在する鋼人のチップ不足問題か。最適な組み合わせのカンプチップを揃えられない環境にいる彼らはあり合わせで戦うしかないことを余儀なくされる。


 ドクシャはプロだ。

 どんな敵と対決してもいいよう勉強は怠らない。例え、百機のうち九九機が使用しなくても一機が使用するもしくはその可能性があるチップの情報は集めておく。


(あの腕を動かすだけでも難しいうえ、初動はどうしても鈍くなる。先手を打って潰す)

 

 戦法を決めると、ドクシャはチップリーダーにチップを差し込んだ。

 

 アユも同様に行う。


「うぉおおお!」

 

 二体とも咆哮を上げる。

 

 そして共鳴するように、闘争開始を告げるゴング音が鳴った。


「速っ!」


 先に動いたのは、アユだった。右腕を振りかぶり、相手へ飛びかかる。


「脚力強化はこのためか!」

 

 完全に予測の範疇を超えた速度だった。想定外の事態に思考が追いつかない。


 ドクシャが混乱の渦に陥っている間に、アユは右腕を叩きつけた。


 強烈な金属音が、周囲に響く。


「決まった!」

「嘘だろ……」


 勝利の歓声をあげる外野。

 

 アユは、腕の下にいるドクシャをじっと見つめた。


「……」

「……軽い。軽いぞぉおおお!」


 乗っていた右手が跳ね除けられた。


 腕の重さに引っ張られてバランスを崩されるアユ。そこにドクシャは踏み込む。


「ふんっ!」

「アユ!」


 あのダンプをも壊したボディブローを受けたことに、トモたちは心配する。当のアユは苦悶の表情を晒していた。


「ぐほっ」

「一撃とはいえ、まともにもらっても壊れんとはいい機体だな。嬲りがいがある」


 渾身の感触にドクシャは笑みを浮かべると、拳によるラッシュを開始した。

 

 弱者強者問わず、闘争でいくつもの機体をスクラップにしてきた連打を放つ。その威力に、周囲の鋼人は恐怖を隠せなかった。


「アユ! がんばれ!」


 ラッシュの全てを、アユは右腕でブロックしていた。


 右側頭部。鳩尾。左横腹。

 

 一瞬の内に行われた三連打を〈反応上昇〉によって底上げされた反応速度で防御する。

 

「その動きは〈ナイト〉の盾術か! いい動きだな。なるほど生意気なだけはある! されど、オレについてこれるかな!?」

 

 防がれているにも関わらず、ドクシャはラッシュを継続する。

 

 トモの頭に不安がよぎった。

 

 結論から言うと、いずれドクシャの動きはアユを上回る。〈オーバーヒート防止〉を使っているドクシャは、闘争中にどうしても訪れるオーバーヒートを長時間回避できる。しかしなんの対策もしていないアユでは、オーバーヒートは起きる時には必ず起きてしまう。


 オーバーヒート中は外部動作が完全に行えなくなる。そこを狙われれば負けは必至だった。

 

 長期戦になれば、ドクシャの勝利は揺るぎないものになる。


「だからといって短期決戦をしようにも同じシルバーチップの〈反応強化〉を使っているから、動作速度は同等だ! いや機体の性能差だけ、オレが上か!」


 隙を狙って反撃しようにも、態勢を整える前にドクシャは次の攻撃へ移っていた。


 勝負はすでについているように見えた。

 透明弓のリーダーはニヤニヤと勝った後のことを想像している。

 

 ドクシャはラッシュ中に思考ルーチンの作動をする。


(絶対に、こいつは短期決戦を仕掛けてくる。どんな選択をしようが結果が同じだとしても、一か八かの勝利を狙うのがオレたちファイターの本能だ。だからこいつは、必ずこの()()でオレを殴ってくる)


 ドクシャは全センサーをアユの右腕に注げる。最初の唐竹割りから急所を守れたのも右腕への警戒を怠っていなかったからだ。


 被弾覚悟で来たところを、最初と同じ流れにして潰す。

 油断せず、わずかな負け筋さえ完全に潰すドクシャの姿はまさにプロファイターと呼べた。そしてその構成通りに、アユは動いた。

 

 胸部への直撃で、プレートが剥がれる。それでも踏ん張ったアユは右手を拳にした。


(ほらきた! 右手がくる!)


 下段に構えられた右拳。ドクシャは右拳のわずかな動作さえも見逃さなかった。


 まだ動かない。まだ動かない――まだ動かない。


 視線を集中させている間に訪れた側頭部への衝撃。


 メインCPUが配置された部位へのダメージは、一撃でドクシャをアボートさせた。


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