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環境適応戦闘術


 住宅地では逆に目立つ迷彩柄の鋼人は、アユたちへ話しかけてきた。


「何が来たかと思ったら、貴様たちか」

「テメエこそどうしてここにいる? あのお坊ちゃんもいやがるのか?」

「本来ならば答えてやる義理はないと言いたいところだが……邪魔をされても困るから、説明してやる」


 取り巻きは、言葉を繋ぐ。

 

「まずジリツ様だが、ここにはいない。理由についてはおれがここにいる目的を話せば分かる。貴様らがここに来たということは分かっていると思うが、ブラックチップは第四工場跡以外での目撃証言が複数ある。そのため我々はまずそちらを探すことにした……探索していない場所は残り四つ。一か所ごとにそれぞれ単独で調べるため、ジリツ様とは分かれている」


 白い宝石とは真逆の位置に置いてある浮遊式の自動車。

 

 アユたちよりもこの街のことを知らないのに圧倒的に探索範囲が広いのは、OWの全員がスラムでは用意できない優れた移動手段を、それぞれ持っているためだった。


「その四つの内のひとつが、ここってことか」


 同じ目的を持つ競争相手を、邪魔しないはずがない。

 

 アユが襲撃の態勢に入ったところで、取り巻きはカンプチップをかざした。


「おれと闘争しろ。この前のジリツ様との戦いは、まぐれだったことを証明してやる」

「受けよう。ふたりとも離れていてくれ」

「頑張れ。アユ」


 アユにとっても、妨害してくるだろう相手を潰せるのは好都合だ。トモたちは邪魔にならないところまで移動した。

 

 カンプチップを読み込んだ二機は、すぐに闘争を開始する。

 

 接近してくるアユに対して、取り巻きはダッシュで逃げる。住居の裏に回り込んだ。アユは同じ軌道で追う。


(ヤツはこのまましばらく逃げ続ける。同じシルバーチップの〈脚力強化〉を使っているから、このまま距離は縮められない……ヤツが差したふたつのチップ。もう片方を考えると、時間を稼がれずにさっさと仕留めたい)


アユは〈ゲルトキャッチ〉を発動しようと、狙いをつける。


(あの時と違って、デリィの指示は今回ない。目測で当てなければならない)


 高速で移動するAの息子を柱という障害物がありながらも追尾がずっと行えたのは、別方向からの視界を持つデリィがいたからだ。今ならトモに頼るのもいいが、これは闘争だ。戦いが始まってから、他人の手を借りるのは厳禁だった。


 既に見たことで仕組みを推測できたのか、取り巻きは住居を壁にして姿をくらませる。


 当てなければ逆に倒される。

 

 チャンスは一回だけ。


 曲がって、家の影に隠れる取り巻き。アユは前に飛んで、拳だけを家の角から出した。右拳が切り離れてから、遅れて死角だった場所を視界に入れる。


「そこだ!」


 屋根の上に飛び移ろうとしていた取り巻き。上昇させて、斜め下から拳を当てた。


「ぐえぁ!」


 屋根を握っていた手が離れて、地面へ体をぶつけて恐怖王の冠寸前まで転がっていく。


「やったー!」

「アユさん。すごいです」


 勝利を確信して喜ぶ二機。

 

 そのままアユに寄ろうとするが、


「まだだ」


 アユはまだ取り巻きがアボートしてないことを拳の手応えから掴んでいた。


 そのまま天まで昇っていた右拳を戻すことなく、重力で加速させて取り巻きの元へ墜落させようとする。届く前に軽快な合成音声が、取り巻きの耳元で鳴った。


「環境チェック完了。これより、〈アースコンバット〉の作動を開始します」

「……いくぞ」


 立ち上がる取り巻き。拳に背を向けると、縦に円を描くように両手を回す。


 猛速度で落ちた取り巻きに向かって落ちた拳。


「ちっ!」

「いない。あれ、さっきまでそこにいたのに?」


 地面が変形するほどの威力だった打撃。けれど拳が落ちた先には、取り巻きもういなかった。


 それどころか、第十七住宅地の何処にもいない。

 

 周囲を見回していると、今まで不動だったはずの恐怖王が住宅地まで立ち込めてきた。時間が経つごとに濃くなっていく。アユの機体がトモたちから見えなくなってきた頃、取り巻きの声がどこからか聞こえてきた。


霧隠れ(ハイドミスト)――本来は霧を操作して、姿を隠す術よ。この中ならば、〈ゲルトキャッチ〉とやらも使えまい」

「それがなんだって言うんだ? 技のひとつやふたつ使えなくなったくらいで、アユに簡単に勝てると思うなよ。むしろこの煙幕で戦うには密着しなきゃいけない分、アユのほうが有利だ」

「ふっふっふ。果たしてそうかな?」


 恐怖王の内で硬い物体同士が接触する音が聞こえたと思うと、アユの肩にガンッと衝撃が走った。

 

 足元を見ると、屑鉄の破片が転がっていた。

 

 ガンッ。ガンッ。ガンッ。

 

 音がするたびに、アユの機体がダメージを負っていく。

 

 屑鉄の破片だけでなく、コンクリートにガラスに鋼人のパーツと多少多様なものがアユの近くに増えていく。


「いったいどうやって!?」

「この霧隠れは非常に便利でな。霧の濃度を調整して、こちらだけ相手を見えやすくすることも可能なのだ。一方だけ向こう側が覗けるレンズのようにな……そしておれは遠距離をキープしながら、落ちているゴミをそこの男に蹴り飛ばしている。石撃ち(ストーンシュート)(ストーンシュート)という技でな」

「……環境適応戦闘術(アースコンバット)。ほんと厄介な戦い方だよ」


 自分が身を置いている環境を利用して戦う実戦格闘技。

 カンプチップから使うには、現在いる環境を把握して、使う技を環境ごとに細部まで調節しなければならない。そのために膨大な計算が必要なため、周囲をサーチすることも合わせると、いくら鋼人でも使用するのに長い時間がかかってしまう。アユが勝負を急いだのもそのためだった。

 

 始動するのに時間がかかるが、発動さえしてしまえば環境によって様々な独自の戦闘スタイルが生まれる。


 つまるところ、どれだけ事前に環境適応戦闘術の情報を把握してようが使用者以外にはどんな動きをするのか見当がつかないのだ。

 

 未知の技が、アユへ襲い掛かる。

 

 石撃ちがアユを四方八方から痛めつけた。防御の隙間を抜けて、機体の脆い部分に衝突する。

 

 嘲笑する声が、後ろからも前からも聞こえてきた。


「所詮この程度かドブネズミ! 貴様がジリツ様に勝とうなんて百万年早かったんだ!」

「……そいつはまだ俺にもあいつにも分からないよ……でも今から、俺はおまえに勝つ」

「この劣勢を覆すつもりか!? 面白い! やってみろ!」

「分かったよ……ふん!」


 ブン。 


 アユは右フックをその場で打つ。空振りした拳は、腰のロックを外したことで回転する。止まらない上半身。どこからか飛んでくる石撃ちも流していく。

 

攻めは通じなくなったが、それではそちらから反撃することも不可能だ。


 取り巻きは次の手を打つために霧隠れを行うとしたところで、恐怖王の状態が急変していることに気付く。


「薄まっていっている。これではいずれ隠れきれなくなる……そうか。あの腕からの風圧で!」


 ブンブンブンブン。


 アユの右腕は豪風を巻き起こしていた。

 

 風によって、恐怖王は第十七住宅地の外側へ押し出されていく。

 

 ついに取り巻きが見えるようになると、アユは前方からの石撃ちを盾にした右腕で防ぎながら迫って、シールドバッシュで加速した機体を取り巻きにぶつける。

 

〈ナイト〉の盾術に唯一あった攻撃技だった。もらった取り巻きはアボートする。


「よっしゃ!」


 勝利の充実感に、アユは感極まった。強敵だった取り巻きと勝たせてくれた仲間へ、内心で感謝を伝えた。


 早速、アユたちはブラックチップを探そうとする。


 だがそこにもう一機の鋼人が現れたことで、探索の手は止まった。

 

 道の真ん中に立っていた彼は、アユたちへ話しかけてきた。


「こんなところで何をしているのですか~? みなさ~ん」

「先生! アンタこそなぜここに!?」


 医者のキュウマが、第十七住宅地にいたのだ。


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