GME教祖
デリィを待つ間に、アユはまた夢を見た。
〇●〇●〇●〇●
『強くなりたいのか?』
『うん。お父さんみたいになりたい』
そう言うと、誰かは拳を握った。
『まず敵を殴るには、こうするんだ』
『こう?』
俺は、自分の手をグーパーと開いたり閉じたりする。
誰かは丁寧にこうすれば強く握れると教えてくれる。
『よし。よくできたな』
『えいやー。とりゃー』
拳をまるでトンカチのように俺は振り回す。
『それじゃ駄目駄目……こうするんだ』
誰かは姿勢を低くすると、拳を腰辺りから一直線に伸ばす。
『そうなんだ。そいやー!』
俺は真似をして、仮想の敵を作ってそれに殴りつける。
『もしあいつらが今度ひどいことしてきたら、これで倒しちゃえ』
『うん!』
俺が頷くと、その誰かは楽しそうに笑った。
〇●〇●〇●〇●
モトダの依頼の期限まで残り八日。
街中を駆け巡って、もう探してない場所のほうが少ないという辺りまできたが、ブラックチップはまだ見つからなかった。
朝、アユとトモは闇市まで来ていた。
出入口のところで待っていると、トネヤマが現れた。
「おはようございます」
黄色い声であいさつするトモ。トネヤマは手を振り返す。
「おはようございます。今日も素敵ですねトモさん」
「そんな……」
「社長から許可をもらいまして、今日から自分もおふたりの捜索に付き合わせてもらいます」
トネヤマがブラックチップ探しに加わることになった。
あまり乗り気でなかったのに、なぜ手伝いなんてするかの詳しい理由は不明だが、トモ曰く、捜索に付き合うことで街の情報を得ようとしているのでないかということだ。
わざわざ断る理由もなかったので、塵犬はトネヤマの参加を受け入れたのだった。
移動しながら会話する、トモはトネヤマの隣を歩く。
「今日は何で来たんですか?」
「飛行機で降りてきて、空港から車ですね」
「うわー。もしかして自分で運転してきたんですか?」
「はい。今後、使うことになるかもしれないので空から自分のものを運んできてもらいました」
「きゃーすごーい。車持ってるなんてー!」
普段とまったく違うトモの態度に圧倒されて、アユは閉口するしかなかった。
トネヤマも気があるのか、ボイスにところどころ色気を感じる。
「じゃあ今度、一緒に乗ってみますか?」
「ぜひ!」
「よかった……それでですね。実は今日はトモさんに話がありまして」
「なんでしょうか?」
「トモさんに悪い話ではありませんが、よろしかったら、その前にいくつか質問してもよろしいでしょうか?」
「はい?」
よく考えずに了承するトモ。
アユに聞こえる程度の声で、トネヤマは耳打ちする。
「天空郷の出身ですよね? トモさんて」
「……」
ショートでもしたかのように硬直するトモだった。
「調べたところ、あなたは天空郷しかも貴族の生まれでした。父親が王家のチップ開発主任として仕えていましたが、母親と一緒に横領と違法なチップの作成に関わっていたことが発覚して、処刑されました」
「……最低の両親です。思い出したくもありません」
「ですがその家系を評価されて、貴族との結婚を三年前に申し込まれたそうじゃないですか?」
「え?」
アユも知らない話だった。
三年前といえば細々と仕事をしていて、天空郷なんてまるで夢のまた夢だったと思っていた頃だった。その時からトモは天空郷に行きたがっていたはずだ。
トネヤマの言うことが本当ならば、なぜ結婚を受けなかったのだろうか?
「断った理由は、デリィさんとアユさんどちらかと恋仲だったのでしょうか?」
疑問も忘れて、ブフーと思いっきり吹き出すアユ。
トモは真顔で答える。
「それは絶対にないです」
「そうでしょうね。アユさんの反応を見るかぎり」
「ふたりは弟みたいなものです。アタシが姉で、手間のかかる弟たちを世話しています」
違う。
もし兄弟だとしたら、俺が長男で、下の妹と弟を守っているんだ。
アユは思うが、口には出さなかった。
「ではなぜ結婚を受けなかったのですか? 貴族の妻になれば、あなたぐらいの罪だったのなら帳消しにして、天空郷で裕福な暮らしができたでしょうに」
「えーと……実は今、気になっている人がいて」
「それはもしかして、私のことでしょうか?」
「え! いや、その」
羞恥と照れが交じり合って。しどろもどろになるトモ。
トネヤマは顔を近づける。
驚くトモ。
彼女の目の前で優しい笑みが崩れて、真剣な顔つきに変貌した。
「誤魔化さないでください。本当はどんな理由があったんです?」
「……三人じゃないと意味がないんです」
答えに、今度はトネヤマが驚く。
トモは恥ずかしそうにしながらも、ちゃんと本心を伝える。
「アタシとアユとデリィ――塵犬のみんなで天空郷に行きたいんです。今、デリィはいませんけど、あいつはアタシたちを置いて逃げ出すようなやつじゃありません。アタシたちが見てないところでも、ずっと頑張ってた真面目なヤツなんです……ふたりと安全に暮らしたい。一緒に幸せになりたい。ひとりはもう嫌なんです」
言っている内に、トモの脳裏に両親と離れ離れになってから、スラムをひとりで生きていた記憶が浮かんだ。
過去に怯えて震えている手。それを見たトネヤマは、話をやめさせた。
「すみませんトモさん。あなたを苦しめたくて、訊いたつもりはなかったのです……実はトモさんをスカウトしたいという話がありまして」
「スカウトって、モトダにですか?」
「はい。国内には関係ないのですが、海外では未だに戦争が多発しているところもありまして。モトダはそこへ多くのカンプチップの輸出をしているのですが、最近、人手が足らなくなってしまって技術者が欲しかったのです。それでトモさんほどの技術を持っている方ならいいのではないかと思っていたのですが……どうやら無理なようですね」
隠れて、アユへ目線を送るトネヤマ。
些か棘のようなものが含まれているような気がした。
まるでおまえたちが邪魔とばかりに。
そんなことをつゆ知らず、トモはアホみたいに騒ぎだす。
「違うんです! モトダに入って、最新の設備や環境で仕事がしたいですし。でもモトダで働くとなると天空郷の寮に住むことになっちゃいますよね……三人で住めませんかねそこに!?」
「さすがにそれは……」
喋っている内容にひくトネヤマ。
結局、トモの申し出は遠回しに断られて、スカウトの件は流れることとなった。
三機は目的地に着いた。
GME教の教会。
かつて校舎だった建物を再利用しているらしく、全体が白一色なのはどことかなく神秘性を感じさせる。信者たちが補修したのかこの街の建造物にしては珍しく目立った傷がなく、窓ガラスもしっかり埋まっている。
アユたちがここに来たのは、GME教の教祖に会うためだった。
教祖と呼ばれるその鋼人は容姿不明、性別不明、他の情報もない正体不明だが、特殊な能力を持っているらしい。
「全宇宙の歴史へのアクセスか。噓八百にしか思えないが、そんなものでも今は頼るしかない」
過去と未来。
世界のあらゆる事象が記録されているという場所。
正確には場所ではなく、どんなものなのかすら分からないそうだが、教祖はそこから情報を得て、未来予知を行ったりもう二度と帰ってこないと思われた失ったものがどこにあるのかを探し当てたそうだ。
そんな鋼人なら、ブラックチップの居場所も分かるかもしれない。
とりあえずアユたちは教祖に会うため、教会に入ろうとする。
「止まれ」
ザッ。
信者らしきハゲ頭の鋼人が、棍棒のような武器を持って門の前に現れた。武器の先でアユたちを牽制して、道を阻んでくる。
「信者以外は立ち入り禁止だ」
「アタシたちはタコ……じゃなくて、チップ屋の店主から教祖に伝えたい話があるから伝言として来たんだよ」
別にわざわざ教祖に伝えなくてもよかったのだが、今回の目的のために利用させてもらった。
それを聞くと、信者は首を横へ振った。
「彼の件は既に知っている。君たちがわざわざ話す必要はない」
「タコのヤツ自分で来たのかよ。めんどくさいこと押し付けやがったくせに」
「違う。彼はここへ来ていない」
「……もしかして全宇宙の歴史からの情報?」
信者は首を縦に振った。
「なるほどな。それならいっそう会いたくなってきた」
「……ところで貴公ら。名前は?」
「トモだけど。このカッコイイ方はトネヤマさんで、後ろのむさいのがアユ」
「アユ……! これは失礼しました!」
名前を聞くと、信者は武器を下ろして平伏した。強引に突破することも考えていたトモからすると、意外な展開だった。
「どうしたの?」
「アユ様ご一行は自分の元に案内せよと。教祖様から伝えられていました。知らなかったとはいえ、凶器を向けるなど申し訳ありませんでした」
「アユ。もしかして知り合いなの?」
「知らない。ところでむさいってなんだよ。身なりが汚いのはおまえもじゃねえかこの男女」
「バカ! トネヤマさんの前でわざわざ言うんじゃねえよ!」
「いててて」
グリグリとアユの頭を左右から締めるトモだった。
喧嘩が終わると、信者の案内に従って、アユたちは教会に入る。
中も綺麗に掃除されていて、埃なんてものはほとんどなかった。まるでこの建物だけ、街とは別の空間にいるような印象を受ける。フロアを移動していると、地下への階段を下りていくことになった。
それなりに深くまでいったところで扉が見えた。信者は扉の横に立つ。
「貴方様たちは教祖様の客人ですが、どうか失礼のないようお願いします。またあの方に触れようとするはおやめください。もしも境界線を越えたら、警報が鳴って、ここにいる信徒たち全員が貴方様たちに襲いかかります」
言ってから、扉を開けてくれる。
部屋の中は、小さな神殿だった。
無機質な白い壁に囲まれていて、奥が人工繊維で縫われた薄い布が一面に引いてある。布に鋼人の形をした影が映った。おそらく彼こそが教祖だろう。青年のようだが、いくらでも誤魔化せるので実際の姿はまた別だと思われた。
布が境界線と察して、アユたちは少し離れたところに立った。
「よくぞ来てくれた。塵犬とモトダの方」