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Aの息子


「なにっ!?」


 初めて見るとんでもない速度に面食らうアユ。

 

 闘争と同じ体捌きで躱そうとするが、転んでしまった。

 普段と違って戦闘用のチップを差してないからだ。

 

 殴りかかられる。

 

 向こうもアーツ系は読み込んでないのか、予備動作が無駄だらけで軌道も丸見えなテレフォンパンチだ。

 アユは右腕を盾のようにして防御する。

 

 大きく吹き飛ばされる右腕。体の芯にヒビが入ったかのような激痛がアユを襲った。


「ぎゃぁあああ!」


〈ナイト〉がないため防御技術が拙いのもあるが、単純にAの息子のパワーが強すぎたのだ。〈パンチ強化〉のゴールド版、いやプラチナチップ版の強化すら超えているほどのパンチ力。


 相手のほとんどが使用するのがシルバーチップだったアユからすると、まさにその拳撃は異常だった。


 ガラ空きのアユの胸元へ、Aの息子は追撃する。

 大口を開け、レンズの壊れたカメラで自分を捉えてくる恐ろしい姿から、アユは神話系の資料に載っていた屍肉にたかる亡者を連想した。自分から失われた肉を、取り戻そうとしている。


「アユ!」


 デリィが、アユとAの息子の間に割り込んだ。

 

 抉られるデリィの腹。

 けれどそのおかげで拳はアユから逸れていった。


 GAAA!


「デリィ! よくも俺の大事な仲間に手出しやがったな! このくそったれニートが!」


 まだ戦意が残っているAの息子。

 

 それに気づいたアユはデリィの腰へ両足を絡めながら、チップを差し込んだ。

 

 Aの息子は、今度は飛びかかってきた。

 空中で口をカチカチと動かす。

 噛み潰すつもりだ。

 


 アユは後方へ向けておいた右腕から、〈ゲルトキャッチ〉で手を射出する。腕から切り離された右手は、ビル四階の空いた窓を掴んだ。手首と繋がったワイヤーを巻き取っていく。

 

 デリィを連れて、アユは空に浮かんだ。

 

 狙いを外して。Aの息子は地面に頭をぶつける。

 

 このまま姿をくらませば逃げ切れると確信するアユ――しかし現実は違っていた。Aの息子は地面で四足のように這いつくばって力を貯めると、高速でアユたちの元まで跳躍してきた。


「嘘だろ?」

 

 ワイヤーが巻かれるのをこれ以上は早くできない。Aの息子が下から近づいてくるのを、アユは何もせずにただ見ているだけしか出来なかった。

 

 GAAAAAAAAA!

 

 ガチィン。

 

 デリィの足の下ギリギリでかち合うAの息子の上下の顎。

 

 そのまま勢いを失ったAの息子は、斜線を描いてビルの下の階へ突っ込んでいった。

 

 アユたちは無事に四階へ侵入する。天空郷からの明かりがふたつの窓から入ってくるだけで、中はほぼ真っ暗だった。コンクリートの床と太い柱が何本かあることだけが確認できる。


「デリィ! 大丈夫か!?」

 床にデリィを伏せて、アユは容態を尋ねる。

「う、うん……アユこそ怪我はない?」

「俺は平気だ。痛みは強いが。これぐらいの損傷ならナノマシンで修復できる」

「ならよかった……アユがもし負傷なんてしてジリツに勝てなかったら、大変だものね」

「ありがとう。ごめん」


 身を呈してまで守ってくれたデリィに、アユは感謝と守れなかったことの謝罪を告げる。


「戦うのは、俺の役目なのに」

「カンプチップを装備してなかったんだ。仕方ないさ」

「あっ、チップ」


 アユは急いで〈カメラ〉を抜いて、戦闘用のチップを読み取った。

 

 喧嘩や強盗の襲撃が日常茶飯事のスラムにおいて、カンプチップの常備は当然だった。

 

 できるのならば応戦せずに逃げたいのだが、Aの息子がこのまま引き下がるとは思えなかった。あそこまで追ってくる執念深さを考えると、このま ま外に出ても必ず見つけて、襲ってくるに違いない。

 


 アユはうっすらと見える出入り口から、下から来るだろうAの息子を待ち構える。


「アユ。ちょっといいかい?」

「どうした?」

「ボクにも手伝わせてくれないか? あいつの撃退を」

「怪我はもういいのか?」

「うん。問題なし」


 ふらふらと立ち上がるデリィ。

 

 抉られた部分で、小さなフラッシュが瞬いている。誰がどう見ても、無理をしている状態だった。

 

 断って休ませようとするアユだったが、


「いくらアユでもあいつには勝てない。あいつの力は、もはや規格外だ」


 その言葉を否定することができなかったため、戦闘への参加を認めてしまった。


 二機で、Aの息子の出現を待つ。


「アユはあいつがどう動いてくると思っている?」

「鋼人の戦術は全てチップ構成で決まっているといってもいい。だからこそ俺たちがやっていたチップの情報を騙すっていうのは、それだけでかなりこちら側が有利になる戦術だった」

「この場合は、どちらも分からないから五分ってこと?」

「いや。その点に関しては俺たちのほうが有利だよ」

 

 先程の戦いぶりを思い出しながら説明するアユ。


「どんなカンプチップを使っているかは知らないけど、ヤツのチップ構成は全て機体強化の系統だ。殴り方ひとつまともにできていない……それにしても異常なパワーだったけど」

「機体のほうにも特に変わったところは見られないな。改造の跡もないメーカー製そのものだ」

「なんにせよ今は種明かしより、命を守ることだ。デリィも〈脚力強化〉を装備してくれ」

「策はあるってことね。分かった」


 デリィがチップリーダーを開くと、〈メカニック〉を外して〈脚力強化〉を入れる。

 

 リーダー内部の広さ自体は二個のものなのに、差込口はひとつしかなかった。本来ならば上下ある内、下側しかないような違和感があるが、デリィが意識を取り戻した時からずっとこうだった。

 

 いつものことなので特に気にもせず、アユはデリィにこれからどう動くのか説明する。


 やがて、Aの息子が階段を昇ってきた。


「……GAA」

 

 獲物を探す肉食獣のように、周囲をカメラで探る。オイルや壊れた配線が体に張り付いている。

 

 下の階にいたチンピラたちを壊してきたのだ。

 

 実は、上の階にいたアユたちにも体がズタボロにされていく鋼人の悲鳴が聞こえてきていた。

 

 Aの息子は、襲った相手が動かなくなると、馬乗りになって機体に噛りついた。エネルギー変換もできない合金の体を上下の顎で千切って飲み込んでいく。喉パイプを通った残骸は、Aの息子の内部を傷つけていく。痛みに震え、絶叫する。それなのに彼は、鋼人を口にするのをやめなかった。

 

 Aの息子は、人工的な黄色の光に照らされるデリィを発見した。


「……」


 笑った気がした。

 

 まるでわざと腹を満腹にせずに、とっておいた上質の獲物へ爪を突きたてようとしている顔だ。


「GAAAAAAA!」


 獲物を確認すると、躊躇もなく、全力で駆け込んできた。デリィは背を向けて、逃げる。〈脚力強化〉によって明らかに元の速度よりも速くなっていた。


 だがAの息子はすぐに追いつく。

 デリィとは数倍の速度差があった。

 

 距離を詰めて、テレフォンパンチを打つ。


「かかった!」


 柱に隠れていたアユが腕を引っ張ると、ビシィッとワイヤーが足元で張った。引っかかるAの息子。そのまま窓の外まですっ飛んでいった。


「GAAA! GAAAA!」


 ガシッ。

 

 縁を掴んで、落下を防ぐAの息子。全体重を指一本で抱え上げて、ビルの中に戻る。

 

〈ゲルトキャッチ〉で放たれた拳が、室内から迫ってきた。


「GAGA! GAAAAA!」


 必死に逃げるAの息子。

 

 肩を擦りながら、窓から床へ飛んだ。


「まだまだ!」


 曲がって追尾してくるアユの右拳。手首の半分から火を噴いて加速する。

 

 床をじたばたと移動しながらAの息子は逃げていく。

 部屋中を駆け回るが、いつまでも拳は追ってくる。

 

 逃げている内に、ついに立ち止まるAの息子。

 

 目の前には柱と柱の間を数十本のワイヤーが埋めていた。


 横に逃げようとするが、


「おっと。こっちは行き止まりだ」


 デリィが通せんぼしてきた。

 

 逆側には壁があって、勢いを取り戻す走り方をするとなるとぶつかってしまう。柱の影から右拳が出現して、Aの息子へ飛来していく。


 積みだ。

 罠にかかった害獣が、討たれる。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「なんだって!?」

 

 ワイヤーの壁へ体当たりするAの息子。

 メリメリと鋼鉄の綱が体へめり込んでいく。

 

 伸びて細くなっていくワイヤー。


 ビチビチビチビチ……パチィン!

 

 右拳が当たる前に、鋼鉄の線は全部引き千切られた。


 途端に勢いを失うアユの右拳。ワイヤー内部に仕込んでいた有線ケーブルも一緒に切れたのが原因だった。


「GAAAA」


 制御不能になったことで床に落ちる拳。

 

 Aの息子は脅威であるアユを優先して、排除しに向かった。

 

 部屋の反対側にいるが、すぐに接近できた。

 

 片手を失っているアユは、防御を行えない。もう待ちきれないとばかりに大口を開いて、飛びかかった。


「……誰がこの右腕を作ったと思う?」


 追尾中に〈脚力強化〉を外して、〈メカニック〉を再装着していたデリィ。

 

 落ちていた右拳の方向を変えて、内部に手を加えていく。工事が完了すると手首から点火して、拳はAの息子の元へ飛んでいった。

 

 背中に直撃する右拳。

 

 Aの息子は空中でバランスを崩した。そこへアユは、右ハイキックを叩きつける。本来は一緒に出せないはずの攻撃が、同時に衝突する。


 ガキィイイイン!

 

 強力な打撃同士に挟まれたAの息子は、機体を著しく損傷して倒れた。


「やったなアユ!」

「ああ。デリィがいなかったらこの勝利はなかった。ありがとう」

 

 勝った喜びを分かち合うアユとデリィ。

  

 ふたりとも昔を思い出す。最強の鋼人に勝って、三機で手を取り合った日を。ここにトモさえいればあの日通りだ。

 

 早く仲直りしてくれたらいいな。とアユは思った。


「死んでしまったかな? せめてどんな状態だったのかくらい親御さんに教えてあげないとね」


 デリィはAの息子の容態を調べようとする。


 パシッと伸ばした手が弾かれた。

 

 アユもデリィも驚いた顔をする。


「……GAA……GA……」


 Aの息子の意思が戻っていた。

 

 デリィへカメラを向ける。


「デリィ! 伏せろ!」

「うわあ!」

 

 デリィに飛びつくAの息子。

 

 そのまま噛みつくかと思いきや、獲物を無視して窓に着地する。

 

 GAAAAAAAAAA!

 

 空へ吠えた後、Aの息子は外に出ていった。戻ってくる様子はなかった。

 

 アユは床に伏せるデリィの心配をしていた。


「大丈夫か!?」

「だいじょ……がぁああああ! ぐぁあああああ!」


 Aの息子が逃げる際に、頭がぶつかったデリィ。 

 

 外傷はないが、かなりのダメージがあったようだ。

 生じている痛みのあまり頭を抑えて、悲鳴をあげている。


 瞬間的なものではないらしく、ずっと苦しんでいる。アユは治療できる鋼人を呼ぼうとした。


「夢が……夢が見えるよ……」


 デリィは呆けたような声で独り言を言う。


 夢うつつとでもいうような態度で、喋り続ける。 


「闇だ。またあの闇がボクを蝕んでくる。原子一つまで闇はボクを包もうとする。怖い痛い熱い寒い痺れる苦しい辛い悲しい。光が、光だけがボクを癒してくれる。でもボクは光に触れてはならない……光の先になにかが見える。あれはなんだ? 小さな人間が、小さな闇を前に……あぁああああああああああああああああああああああああ!」

「デリィ! しっかりしろ!」

 

 手を掴んでデリィを立たせるアユ。


 そのまま外へ連れて行こうとするが、横から突き飛ばされた。


「なんで?」


 デリィは強引にアユの腕を振りほどき、手で押した。

 

 予想外の行動に、アユは呆然とした表情で床に倒れたままデリィを見上げた


「あははは。あははははははははは! そうか……そういうことだったのか全ては!」

 

 恍惚とした顔で高笑いするデリィ。

 

 アユにとって、今まで見たことない仲間の姿だった。


「デリィ。いったいどうした?」

「あははははは! あははははは!」


 デリィはアユの呼びかけに答えることもなく、可笑しくてたまらないとでもいうかのように笑い続けている。


 そして出口へ歩いていく。

 

 アユがついていこうとしたが断られ、その場に立ち尽くした。


「デリィ……」

 

 この日から一週間、アユはデリィと会えなくなった。

 

 アジトに行ってもトモだけがいて、ずっと彼女がアジトにいても一度も来なかったそうだ。

 

 寝床にしている旧アジトにも行ってみたが、生活の痕跡が消えていて、待っていても帰ってくることはなかった。

 

 まるで元からこの世界にいなかったかのように、姿が消えてしまった。


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