占いちゃん
闇市 南端。
「そういえば今日は恐怖王が薄いな。ここや市場に来たからそう感じるだけかな」
一足先に、街長宅から抜け出してきたアユが来ていた。
(難しい話はさっぱり分からない)
あの場に自分がいても何もできることはないと、アユから申し出をした。
街長もトモも、アユがこの手のことには役立たないことを知っていたため了承する。
別れ際のトモの言いつけを思い出す。
(占いちゃんのところに行け。か)
場所は既に知っているため、アユは迷いなく目的の所まで移動する。
アスファルトの四角い廃墟。情緒のない正方形の形は、人気のなさも相まって不気味に思える。
扉がないため常に開放されている出入り口。無遠慮にそこからアユは入ると、敷き詰まったタイルのひとつに手をかける。持ち上げると、地下へ階段が繋がっていた。
階段を下りていくと、やがて部屋へ足を踏み入れた。
そこは摩訶不思議な空間だった。
何を模したのか不明な人形、使い道が不明な金属器、謎の液体入りの瓶、と怪しい物体がそこかしこに置かれている。場所は整理されているため散らかっているという印象は受けないが、色もテーマも統一されていない物品が並べられているのはなんとも言えない気分にさせられてしまう。床に奇妙な模様の絨毯が敷かれていた。
奇々怪々とした部屋の中央では、占いちゃんが水晶に手をかざしていた。
「アユだね。いらっしゃい」
ツインテール型の金属を装着した幼女タイプの鋼人から歓迎の声が聞こえた。
「久しぶり。占いちゃん」
机の前にある椅子へ座るアユ。
占いちゃんは子供のような可愛らしい見た目に似合わない老人のような喋り方で話しかけながら快く受け入れた。
「飴玉、舐めるかい?」
「ありがとう」
貰った四角い物質を口に入れたアユ。
コロコロコロ。
口内で転がすが、とっくの昔に味覚センサーは壊れているため、何の反応もなかった。
そのことを知らないため、占いちゃんはニコニコしながら会話する。
「アユ。あんたが来るのは分かっていたよ」
「占いちゃんの占いは、ほんとたまには当たるよな……」
「おほほ。だからドアを開けといたんだよ」
こんな調子でいまいち信用出来ないことを占いちゃんはいつも言っている。
他の塵犬メンバーなんかはまるっきり信じておらず、当たっても偶然と解釈していた。
「ところでなんの用で来たんだい? 占ってほしいのか?」
「いや。客について聞きたいことがあって。他も回る予定だけど、占いちゃんのところに来る鋼人は相談事も多くて一番適任だったからね」
「おやまあ。じゃあいいよ好きなだけ聞きな。ただしプライバシーに関することと他人へ話すなって言われたことは無理だからね」
占いちゃんの口はドリルでもこじ開けられない。
この街では誰しも知っていることだった。
だから占いを信じていない鋼人も含めて彼女へ相談しにくるのだ。
ブラックチップのことについて一通りアユは説明した。
「あんたたちも厄介な事に巻き込まれて災難だね」
「まあチャンスはピンチ、ピンチはチャンスってやつで実際にこの件を成功させたら莫大な資金とコネが手に入るし頑張るよ」
「若さっていいね……」
「占いちゃんっていくつだっけ?」
「女性に年齢を聞くかいあんだ? だから顔が良いのにモテないんだよ。アンタたち」
「うっ。だけど女性って歳でもないでしょ」
「具体的にいくつかも分からないのに、そう言うのが、デリカシーが足りないよ」
「そうかよ……」
「でも女を気取る年齢じゃないのは確かだね」
「じゃあいいじゃねえか」
振り回されたことで、少し不貞腐れたアユだった。
実年齢が不明な占いちゃんだが、金銭的な事情で初めて鋼人になった時からボディの変更をしない鋼人もスラムでは多いため、彼女みたいな存在はここではそう珍しくなかった。
おふざけが終わると、彼女は真剣な顔つきになった。
「とりあえず件の黒いカンプチップのことだけどね……」
「何か知っていることあった?」
「ない」
ズコーン。
拍子抜けするアユ。
そのまま帰ろうとするが、占いちゃんは引き留めてた。
「待て待て。アユ、それでもあんたに話したいことはある。そして占いでは、この話はあんたたち塵犬のためになると相が出ておる」
「急いでるんだけど……」
「いいから聞け……実はとある悩みを抱えた客がいてね」
アユに有無も言わせず、勝手に話し出す占いちゃん。
その客は、相談に来たらしい。
普段は主婦をやっているらしい客――名は明かせないため、『A』と仮名を名付けておく。
Aは古参のジャンク拾いである夫と一緒に普通の生活を送っていた。貧乏ではあるが、その日生きるのには困らない生活をしているA。けど彼女には悩みがあった。
無職の息子だ。
Aの息子は自分に向いている仕事がないからと働かず、普段からずっと部屋に籠っていたらしい。Aは何かの職業に就かないのならば父の仕事を手伝えと、毎日、説教を繰り返したそうだが一向に息子は働かったそうだ。
よくある話であった。
事故で工場も失われた泥兎街において、ジャンク漁り以外の職に就くのなら荒事に関わるものしかない。
個人店の経営は経験がなければ独学しかない。しかし当然、そんな半端な状態で店なんて持っても、たいていの鋼人はすぐに潰して金を無駄遣いするだけだった。だから荒事が好きになれる鋼人以外は、ジャンク漁りに合わなければ仕事などなかった。Aの息子も一度は試したそうだが、どうやら合わず心を壊してしまったそうだ。
けれどこのままでは将来、生活が破綻することは確実なのでなんとか働かそうとするA。だが息子が部屋から出ることはなかった。
夫に相談しながらも悩むAだったが、ある日、転機を迎えた――息子が金を持ってきたのだ。
二万G。月の生活費には十分なお金だった。
かつての友人と商売を始めたらしく、会うために外にも出かけるようになった息子。埃まみれだった機体も綺麗になり、充電も毎日するようになった。Aはそれが非常に喜ばしかった。持ってくる生活費も、翌月には一万Gも跳ね上がっており、もはや夫の収める金額以上だった。彼女の喜びはもはや有頂天に達していた。
けれど幸せは続かなかった。
ある日から、また部屋に籠りっきりになる息子。
Aが心配して声をかけたら、『大丈夫。ちょっと長めの休暇をもらっただけ』と返事がされた。部屋に入ろうとすると、ドアノブに手をかけただけで入るなと拒否される。
以前はここまでひどくはなかった。いや、音を立てずに開けば気付きさえもしなかった。まるで感覚自体が鋭くなったのかとAは思った。
そのまま三日ほど部屋にひきこもっていた息子。
どんな状態なのか、また仕事を辞めてしまったのかとAは不安になる。するとその日の深夜、息子の部屋で大音が鳴った。部屋の前まで行くと、壁全体が揺れている。揺れと大音が同時に収まったと思うと、ガラスの壊れた音が聞こえた。部屋を開けると、壁や床がまるでハンマーでも叩きつけられたように破壊されていた。そして室内を見渡しても、息子の姿はどこにもなかった。
話し終えた占いちゃんは、アユへ頼んだ。
「のうアユ……街を見回っている間に、もしAさんの息子さんを見かけたら教えてくれんか? もうお金なんて稼がなくていいから帰ってきてほしいと、すごく苦しんでいたんじゃよ」
「いいよ」
「ありがとう。これが息子さんの外見だよ」
安物のコールシートにノイズ交じりの姿が映る。
十三年前ぐらいに流行ったモデルだ。
細身でゴーグルを被っている以上の特徴はなく、どこにもいそうな少年タイプの鋼人だった。
〈カメラ〉のカンプチップごとアユは映像データを貰った。
「どうだいアユ。占っていかんか?」
Aの息子についての会話が終わっても、占いちゃんはまだ話しかけてくる。
「いいよお金かかるし」
「なに息子さんの捜索の駄賃だよ」
「じゃあしないでいいから、代わりにお金ちょうだいよ」
「ほんと現金だなあんたたちは……じゃあ勝手に占わせてもらう」
結局、自分がやりたいだけじゃん。占い始めるのを見て、そう思うアユだった。
水晶に手をかざして、唸る占いババア。アユからすると、水晶は半透明なままで変化はない。けれど占いババアは真剣に水晶を見つめていた。
途中で咳き込むと、胸辺りを叩く。
「いつもそれするよね?」
「ここが大事なんだよ占いには」
(チップリーダーか演算処理装置でも入ってるのかな……)
「違うよ」
「え?」
考えていることを見透かされた気がして、ギョッと固まるアユ。
その様子を見て、占いババアは胸の中心を指さした。
「『魂』さ」
言葉の意味がよく分からなかったアユだった。
占いちゃんもそれ以上は何も言うことなく、占いに集中する。やがておどろおどろしい呟きが聞こえてきた。
「見える。見えるぞ」
「何が?」
「いま集中しておるから黙っとれ……獣がおる」
占いちゃんは語る。
暗い……おそらくこれは夜。
見えるのは二本の柱。いやこれは樹木かのう? 無機質ながらも生命の波動を感じる物体。
涎を垂らし、口を大きく開いて牙を見せる獣が影に潜んでおる。
獣の存在に気付き、慌てて逃げる樹木。
獣は片方の樹木へ飛びかかり、背に爪を浴びせる。
倒れた樹木を食い漁る獣。歯が刺さるごとに飛び散る樹液。樹木は凄惨な外形になる。
獣は食い終わると、なぜか逃げなかったもう片方の樹木へ噛みついた。結末は同じであった。
崩れてしまった二体の樹木の傍に立つ獣。
獣の肉体が朽ちていく。毛が抜け、歯が取れ、爪が剥がれた。
ついに息をしなくなった獣は、樹木に覆い被さるように倒れた。
そこで水晶から手を遠ざける占いちゃん。洩れる排気も絶え絶えで、大量のエネルギーを消耗したことがアユからも分かる。
「つまり、どういうことだ?」
「分からんが気を付けろアユ。おまえさんが樹木なら、自分自身も大切な誰かも失うことになる。獣ならば……」
そこで歯切れが悪くなり、言葉を止める占いちゃん。
以降は彼女も何も話さなくなり、いつのまにか合流への時間が差し迫ったアユは部屋から出ていった。
帰る途中、占いちゃんから挨拶交じりにもらった鋼人用飴剤からなぜか味がした気がした。
硬い金属の舌の上に、甘味が油のようにじわっと広がった。