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プロローグ

まだ連載中の作品もあるのに、申し訳ありませんがまた長編を書きました。

こちらは編集も既に終わってるので、最後までノンストップで投稿します。

 

 カタカタカタカタカタカタカタカタ。

 

 連続で床が叩かれている。

 上下に激しく足を揺らしているのは年端もいかぬ少年だった。

 

 不自然に瞳孔が開かれ、患者が快適に過ごせるよう温度調整がなされた室内で大粒の汗をかく姿は、明らかに怯えていた。

 少年がいるのは、「第二手術室」と書かれた扉の前だ。

 廊下に設置されたベンチに座り込んでいる。少年の他には誰もいなく、なんの変哲もない蛍光灯と壁が周囲にあるだけだ。

 

 無機質な空間で、少年は扉の反対方向へ振り向いた。


「急患だ!」

「このままだと命を失う危険性もある! 急げ!」


 白衣を纏った人物たちが走ってきている。


 ゴロゴロ。


 その中心では、ストレッチャーが患者を運んでいた。顔面に載っている布は血で真っ赤で、負傷具合がとても大きいことが分かる。

 息も絶え絶えで、医者たちの言う通り、死が迫っているのだろう。


「はあ……はあ……」


 そんな様子を見て、ビクッと少年は全身を大きく震わせた。

 

 医者たちにそんなことを気にしている暇がなく、通る道の邪魔でないことが分かると、少年の状態なんて気にせず扉の内に駆け込む。

 

 パタン。

 扉が閉まり、「手術中」とモニターに文字が出された。


「麻酔が足りない! もっと注入しろ!」

「この器具カートそっちに移動させて!」

「休憩中の先生も呼んで! このままじゃ手が足りない!」

「血液持ってきて!」

 

 手術室の騒乱が外にも聞こえてくる。少年は膝を抱える。ベンチの上で小さくなりながら、扉の向こうへ耳を傾ける。

 

 ガッガッガッガッ。

 ジュージュージュージュー。

 ウィンウィンウィンウィン。

 

 窓がないため分からないが、昇っていた日が完全に落ち、月がその存在を強調した頃だった。


「ありがとう……先生……」

「よかった……」


 手術室の中では、寝ている患者と医師が握手をして、無事を喜んでいた。


 やがてモニターの文字が消え、扉が開かれた。

 

 色違いの配線が繋がれた眼球。鋼鉄の体。息を荒げるたびに駆動するプラスチックとゴムの内臓。廊下に醸し出す血の油臭さ――手術を終え、生命の危機を脱した患者がそこにいた。 




 突如発生した金属以外の全てを腐らせるガス――恐怖王(カスタトローフェ)によって世界中の人間と自然は消滅していった。

 人類は全滅の危機に瀕した際、元の肉体を捨てて人格だけを機械に転移させる科学技術を完成させる。

 技術によって人類は滅びから免れ、機械に人格を宿した彼らは鋼人(ユーベルメンシュ)と呼ばれた。以後、全ての人間が彼らと同じ機械の体を持つようになることとなった。


 


 恐怖王の出現から三千年後、グレゴリオ暦も旧暦になった未来。

 泥兎街(ドワーフシュタット)は今日も恐怖王による紫色の霧に包まれ、鉄屑がどこの道端に散らばっている。いわゆるスラムとされるその街の一角に、壊れてもう使えなくなった大型重機がそこかしこに並んでいるゴミ処分場があった。もう動かくなった重機は錆びやカビに包まれ、本来の役目を果たすことない邪魔な汚物となっていた。


 中央に大きく開かれた空間があって、複数の鋼人がそこにいる。


 ふたつに分かれている鋼人の集団。それぞれの先頭に立っている全身クリアパーツの鋼人と長い銀の人工頭髪(ズィルバーハール)の女性タイプ鋼人が、お互いへ罵声をぶつけている。


「猥褻物晒しながら、アタシを見てんじゃねえ!」

「テメエこそノイズだらけのスピーカーで喋りかけてくんな!」

「こいつはハスキーボイスっていうんだよ! つーかテメエ分かってんだろうな!? 今日アタシら塵犬(ハイエナ)が勝ったらここ第四工場跡(フィーアファブリートナルベ)はウチのものになるってことを!」

「なにもう勝った気になってんだよメス豚!? オレらが勝っても条件は同じだよ」


 

 繊細な見た目とは真反対の男勝りな性格をしているトモは、内部がほぼ丸見えで恐怖を誘う見た目をしている透明弓(クリアボーゲン)のリーダー相手にほぼ密着状態で睨みつける。

 

 美少女の顔が近くにきたことで透明弓のリーダーは照れて、目を反らした。


「ふっ」

「なに鼻で笑ってんだこのアマ! テメエにビビったってわけじゃねえからな! というかそもそも今日、闘争(カンプ)するのはおれたちじゃないだろ。おれは相手してやってもいいがな。そんな細い体のヤツ相手なんて三秒で鉄屑にしてやるよ」

「テメエこそ二秒で灰にしてやるよ……でも今日は代表者同士の一対一(ワンオンワン)だ。アタシとアンタの対決じゃない……アンタらの代表は誰よ? まさかアンタじゃないでしょ?」


 トモが奥へ目を向けると、集団の中でもひときわ大きい鋼人を発見する。


「そいつか」

「そうだ。この方だ……さあどうぞ」


 透明弓のリーダーの鋼人がどくと、奥からその鋼人が一番前に出てきた。

 

 近くで見ると、平均を大きく超えた全長に、重々しいボディ。丸まった頭と太めのボルトから第一次世界大戦期のルノー戦車が思い浮かんだ。


「今日からこのチームに入ったドクシャだ。この業界では新参だが、よろしく頼む」

「勝っても負けても、すぐ辞めるんだろうけどな……プロを雇ったな?」

「いやいや。昨日、飛び入りで入ってきた新人くんだよ」

「嘘つけ。こんなヤツ、アンタらのところで見たことも聞いたこともない」

「いやいたさ。それともいないって証拠でもあるのかい?」


 相手リーダーの得意げな顔を無視して、トモはドクシャの細部に視線を配る。

 

 一見、他の鋼人と同様に煤で汚れているが、動きを阻害しないところにしか汚れは付着していない。

 明らかにこの街に住んでいる人種でなかった。

 あらかじめ決めたルール上、チーム外の鋼人は闘争に参加できないからこんな手を取ったのだろう。

 

 しかし本心が漏れているのか。そもそも隠す気がないのか、相手リーダーも半笑いでつらつらと言い訳する。

 

 決定的な証拠がなければ、いくら分かりやすい反則だとしても追及が出来ないからだ。

 

 試合無効を求めたり、反則かどうかを第三者である関係者に裁定してもらえないわけでないが、当然、相手リーダーもそれを前提に組合(ゲヴェルクシャフト)に話を通しているため、もし申し込めば、この街では最大勢力の組合にとって目の敵の塵犬側に不利な裁定が下される。

 

 苦々しい思いを味わいながらも、トモはこの試合を受けるしかなかった。


「……ねえよ。分かった勝手にしろ。どうせ他のチームも含めて、この町の連中はみんなどこかでズルしてる」

「はっはっはっ。素直に認めとるとはいい子だ。じゃあ代わりに教えてやるけどよ。この方は私闘専門のプロファイターだ。通称――壊し屋(テアシュテールンガー)。ヤクザやマフィアを相手にしたこともあるが、未だ無敗の最強の鋼人だよ!」


 腹を抱えて、大笑いする透明弓のリーダー。猫なで声で、ドクシャに話しかける。


「なあなあ前に見せてくれた()()やってくれよ!」

「依頼主に対するデモンストレーションであって、本来は敵前でするものではないが……バレているならば問題ないな」


 客からの注文は断れないと、呆れた顔になりつつもドクシャは頼みを引き受けた


 重機の中から他よりもひときわ巨大な大型ダンプトラックを発見する。リジットフレーム式で全長十三mを超え、重量は七〇tを超えている。


 腕が伸びるギリギリまで近寄った。いくらドクシャが巨体でも、ダンプトラックには遥かに及ばない。数倍もの大きさを前では、まるで大人に抱かれている赤子のようだ。


 処分場にいる全員が何をするのかと視線を向ける中心で、ドクシャは後頭部に手を当てた後、ハンドパーツを拳に切り替えた。

 

 そのまま内部のスイッチをONにして、エネルギーを必要部分に循環させる。腰を回転して、トルクを出力する。計算通り、インパクト寸前に拳の握りを固めた。


 ドクシャの拳が衝突した途端、ダンプトラックが吹き飛んだ。


 空中から地面に落ちるとそのまま横転する。ガラス窓が粉砕され、タイヤがふたつ千切れ飛んだ。あっけない結末は、まるで子供が玩具を壊したような感動を与えた。


「や、やっぱりすげえな……何度見てもカメラが故障したのかと勘違いしちまう」

「これで満足か?」


 相手リーダーは恐縮しながら頷く。するとドクシャは元の位置へ戻った。

 

 パンチングの際に踏み込んでいた地面が小クレーターと化していた。

 

 その場にいる誰しもがドクシャに圧倒されていた。相手リーダーの話はホラでなく、そこには評判に相応しい強者がいた。太い四肢から出される攻撃は掠っただけでも稼働しているシステムをシャットダウンさせ、厚みのある機体はどんな技でも跳ね返されるだろう。


 外には出ていないが、トモの内面も恐怖に包まれていた。チームメイトも同じ気持ちだ。


 それを感じ取った相手リーダーは強気になる。


「はっはっはっはっはっ。どうだ見たかオレの力? それじゃ次はおまえたちの番だ! こっちは代表者を出したんだ。そっちもさっさと出せよ! それともあんまりにも雑魚くてビビっちまったかそっちの代表は」

「別にアンタがすごいわけじゃないけどね……まあ待って。もう少し時間をちょうだい」

「なぜだ!?」

「……実はまだ来てないんだ」

「なんでだよ!? チームの今後が関わっているんだぞ!?」


 驚く透明弓のリーダー。


 自分で言ったにも関わらず、困っているトモ。


「その……そういうやつなんだ」

「どういうやつだよ!?」

「大らかというか無頓着というか。具体的に言うと、時間は守れないしよく約束は忘れる――

でも来る。絶対に来る。昨日もちゃんと首の関節部にペンでメモしてた」

「見えにくいじゃねえか! あとひどいなそいつ!」


 試しにカメラを下に向けるが、首下はまったく見えなかった。


「時計も見たけど……どうしようもう時間がない」

「予定時間を過ぎたら、こっちの不戦勝にさせてもらうぞ」

「待ってくれ。五分……いやたった十分だけでいいから時間を延ばしてくれ」

「そこは妥協しろよ! どっちにしろドクシャさんに勝ち目なんかないんだ。諦めろ」

「いや。来ればあいつは勝つ。だから十五分延ばして」

「ちょっと時間足すな!」

「ほう」


 トモの言葉に、ドクシャが反応した。

 

 透明弓のリーダーは容赦なくカウントダウンする。


「駄目だ。一秒もまけることは出来ない。残り五、四、三、二、」

「うわー待った!」


 なんとか止めてもらおうと懇願しようとするトモたち。


 けれど容赦なく、時間は経過する。


「零……おおおおお!」


 時間制限を告げようとする前に、相手リーダーは吹き飛ばされた。


「い、いったいなんだ……」

「いててて。倒れている暇なんかない。早く行かないと」

「いや先に謝れよ!? つーかこれ汚っ!」


 体を見ると、油塗れになっている。

 

 そして透明弓のリーダーの上には、誰とも分からない鋼人が倒れた姿勢で乗っていた。

 

 トモは謎の鋼人を見ると、声をあげる。




()()! 遅かったじゃねえか!」




「その声はトモ! ということは間に合ったのか俺は!」


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