「咲いた恋の花の名は。」編 part3
私の問いに答えたのはキョッカイーではなく、静かな男性の声だった。
「……誰だい、君は」
「俺は闇の魔法使い『バッドエンダー トートイ』」
「尊い……?」
彼はそう言って、ゆっくりと自身の名を紡いだ。
「魔法書羽女ツカサ……か。何度も我々の邪魔をする存在。……目障りだ」
「百合を潰そうとする奴らの好きにはさせたくないからね……!」
「百合は消えて然るべきだ」
「そんなわけない! げほっ!」
啖呵を切るものの、風邪に冒された身体はなかなか思うように動いてくれない。
「……まあいい。今日の目当てはその女だ」
フードの奥から放たれた視線は、腰が抜けて病院のカウンターに寄りかかっている江倉智邑さんを捉えていた。そうか、最初からこの人を狙って襲ってきたのか。
「……連れてこい」
バッドエンダー トートイの一声で、以前倒した虫のキョッカイーが制服姿の少女を抱えて飛んできた。あのとき確実に手応えがあったから、あのキョッカイーとは違う個体だろう。それに少女のあの制服……。医師を多く輩出している名門校のものだ。
「……っ! 恵実さん……!?」
江倉さんの反応を見るに、少女とは知り合いらしい。
「くっ、放せ……智邑!?」
「……聞いた話によると、小説『咲いた恋の花の名は。』は器用な社会人と生徒会長の女子高生との百合物語……らしい。『咲いた恋の花の名は。』のシオリーを作るには、お前達が適任だ」
カタリ・デ・シオリーが発生する条件は、いくつかある。その一つが「該当の物語の登場人物っぽい人間が二人以上その場にいること」だ。そうすると空気中に特殊な魔力が発生し、私達魔法使いはそれを元にしてシオリーを創り出すことができる。あのトートイという魔法使いは、この二人から『咲いた恋の花の名は。』のシオリーを生み出そうとしているらしい。シオリーは魔法使いを強化する魔法具だ。敵を強くする訳にはいかない。
「そうは……させないよ……っ!」
「おとなしく、そこで見ていろ。ふんっ!」
「くはっ!」
トートイの手のひらから放たれた魔力製の光弾をまともにくらい、私は膝をつく。
「まずい……」
「百合を滅ぼすための、尊い犠牲となれ」
虫のキョッカイーによって恵実さん……であってたっけ…………が江倉智邑さんのそばに降ろされた直後、二人の足下に魔方陣が発生した。
「きゃあぁっ!」
「な、なんだこれっ……! 苦しい……っ!」
「悪しき物語へと生まれ変われ……!」
条件が揃えば、魔法使いなら誰でもシオリーを創り出すことができる。けれど、それには注意が必要だ。シオリー生成時には対象の周囲に溜まっている魔力を集めて形づくる。その際に対象の魔力や生命力を一緒に吸いとらないようにすることだ。例えば、ボウルに卵を割り入れた様子を想像してみてほしい。そこに、殻が入ってしまったとする。この殻が、シオリー生成に必要な魔力だ。殻を取るとき、卵白を取りすぎないようにしたり卵黄を割らないようにするだろう? あれと同じで、慎重に抽出しないと対象の命を脅かしてしまう作業なんだ。殻だけを取り出し、そこからシオリーを創るのが私達光の魔法使い。卵をぐちゃぐちゃにしてでも殻を取り出そうとするのが彼ら闇の魔法使い、という訳。今回の場合は、明らかにやり過ぎている。このままだとシオリーの生成に巻き込まれて二人とも死んでしまう。
でも今の私は疲労困憊。なんとか隙を作らないと……。
どうする。
どうする……!
「……こんな感じで、死ぬのか、私達」
「恵実さん……」
「……伝えられなかった。…………伝えたかった。君に。私の……気持ちを」
「…………」
このままじゃ、間に合わない。
「……分かってる。もう、愛なんて信じられないって」
「……ごめんなさい。私、私…………。あの人のことを思い出してしまって……」
「……私こそ……悪い」
…………それだ!
「くっ…………。……FF外から失礼するよ」
「あなたは……さっきの患者さん……」
「二人とも、お互いのことを信頼してるんだよね。でも、江倉智邑さんは嫌な記憶が邪魔をして恵実さんの好意を素直に受け止められない。そうだろう?」
「……はい」
「君、どうしてそれを……」
「二人によく似た境遇の人達を知っていてね。……恵実さん」
「な、なんだ……」
「信じるんだ!」
「……っ」
「今はまだ、届かないかもしれない。でも、伝え続ける意味はある! 部外者の私に説得力なんて無いかもしれないけど、きっといつか……前に進めるようになる日がやってくるよ!」
私、ずっと待ってますね、邑先生が、この気持ち、信じてくれるまで。described by江川智恵。倉田邑を救った言葉だ。
「…………っ! 私はっ、諦めない。智邑が、幸せになるまでは。だから私は、私達は、まだっ、死ねない!」
恵実さんの言葉と共に、恵実さん自身が持つ魔力が溢れ、一種の衝撃波となってトートイを襲った。
「なんだとっ…………」
「今だっ!」
薄れた魔方陣を掻き消すように上から私の魔方陣を乗せ、慎重に魔力を取り出す。
そうして、完成した。
私は手元へ引き寄せた新たなシオリーをヨンダーの二ページ目に挿し込み、いつものプロセスを開始した。
『『咲いた恋の花の名は。』!』
「借りるよ、智恵さんと邑先生の力。……届け! 天使の光!」
『ふわふわキラキラ闇を払う!! 「サブタイトルが美し過ぎる」部門、栄えある第一位に輝いたのは……『咲いた恋の花の名は。』! で! しょう!』
私のコスチュームに天使の輪とツナギが一体化したアクセサリーが付いてマイナーチェンジされたコスチュームを纏った私は「魔法書羽女ツカサ 咲いた恋の花の名は。・ノ・ドクシャー」へと変身した。