「咲いた恋の花の名は。」編 part2
「か、紙は骸、筆は羽……! インクnげっほげほが私を綴るぅ! 魔法書羽女…………ツカサへくしっ!」
熱に冒された体を引きずりながら、私は人型のキョッカイーへと歩を進めた。
「うわっ!」
キョッカイーが何かを投げつけてきた。私はそれを避けようとして、見事にバランスを崩した。うつ伏せになり、追撃を食らってしまう。
「うぅっ、なにこのベタベタしたやつ……」
コスチュームに付着したものを見てみると、それは粘りけのある薄桃色の固形だった。細かい欠片も混ぜ込まれていて、これはまるで……ハンバーグ?
そう、焼く前のハンバーグに酷似した物体だった。
よく見ると、キョッカイーはハンバーグ弾を投げる前に必ず両手でペチペチと叩きつけていた。この動作もハンバーグの空気抜きだと思えば、納得がいく。
つまり、ハンバーグを作るキャラ、もしくはその概念を元にしたキョッカイーってことになる。そんなキャラいたかな……。
「ぅおべぶっ!」
……っと、そんなこと考えている間にも、無防備な私はハンバーグ弾を食らい放題だ。うぅ、コスチュームが汚れるよぉ……。
私は手元にヨンダーを召喚すると、フォームチェンジを行った。
『恋は芽吹いて百合が咲く!』
「咲かせろ、三つの想い……」
呪文を唱え、ヨンダーを閉じる。私の斜め前と斜め後ろに計四台の印刷機型オブジェクトが地面に発生した魔方陣から現れ、私は「魔法書羽女まほうしょうじょツカサ 恋は芽吹いて百合が咲く・ノ・ドクシャー」となった。
『これこそ原点にしてイレギュラー! 「美しすぎるカプ名」部門、栄えある第一位に輝いたのは……『恋は芽吹いて百合が咲く』! で! しょう!』
『恋は芽吹いて百合が咲く・デ・ブックエンド!』
ヨンダーの二ページ目を開いて再び閉じる。伸ばした副腕に大振りな三叉の槍「Kissing-Keen-Kitty」、略して「KKK」を生成し、力の限り振り回した。風車のように勢いよく回転するKKKは一種のバリケードの役割を果たし、私をハンバーグ弾から守ってくれる。KKKに当たったハンバーグ弾は空中分解し、粉々になった。自分の体が動かせないこの状況では、第三の腕がとてもありがたい。
これ以上攻撃しても意味がないと思ったのか、キョッカイーはハンバーグ弾を投げるのをやめた。今がチャンスだ。
私はKKKを持ったままの副腕をさらに伸ばし、キョッカイーを突こうとした。
「え、おぶっ、うわぁっ!」
一瞬の出来事だった。
まあこんな声を発したわけだけど、改めて解説するとこうだ。
まず、私の突きがすんでのところでかわされた。剣道を習っていたことがある身として、渾身の一撃をよけられたのは結構悔しい。ひらりと、無駄のない動きだった。
そして両足を踏み込み、猛スピードで駆け寄ってきて、倒れ伏していた私に一蹴り。攻撃に集中したことで、防御がおろそかになっていたようだ。私は宙を舞い、思いきり体を打ち付けた。いったぁ…………。
一連の動きは華麗で、流れるような捌き方だった。あんな器用なことができるキョッカイー、初めて見た。……ん、器用?
「君は……もしかして『咲いた恋の花の名は。』に登場する『倉田邑』のキョッカイーか?」
しっちぃさんの『咲いた恋の花の名は。』。
恋に悩む江川智恵が、闇を抱えてしまった用務員の倉田邑にその恋心を伝える物語。作者が女性と間違われるほどの繊細な心理描写と柔らかな表現が評判の百合恋愛小説だ。そこに登場する「倉田邑」はとても器用で、なんでもできる。あと用務員という職業柄、彼女は普段から青いツナギを着ている。
「違うな」
私の問いに答えたのはキョッカイーではなく、静かな男性の声だった。
「……誰だい、君は」
「俺は闇の魔法使い『バッドエンダー トートイ』」
「尊い……?」
彼はそう言って、ゆっくりと自身の名を紡いだ。