「恋は芽吹いて百合が咲く」編 END
「紙は骸、筆は羽! インクの軌跡が私を綴る! 魔法書羽女…………ツカサ!」
変身バンクを終え、私は名乗りポーズをきめた。特に意味はないけど…………こうするとなんか、かっこいい。
私が悠長に名乗っていると、キョッカイーは口を開けて光弾を発射してきた。さっき私達を襲ったのは、きっとこの攻撃だろう。私は左手を上空に突き出して、光弾を払いのけた。周囲の地形に被弾してしまったから、あとで直しておこう。
「はぁぁぁ……はあっ!」
駆け出し、右足で強く地面を蹴って飛び上がる。私は自身の背中に羽根ペンを模した二対の翼を生成し、大きく空へ飛翔した。魔法少女だからね。空も飛べる。
「ぅえいっ!」
空中で体を捻り、その勢いで右足による一蹴りをキョッカイーの腹部に叩き込んだ……が、軽自動車ほどの体躯を誇る奴はびくともしなかった。
「おぐっ!」
反撃を食らった。
六本あるうちの下部二本の足で体を掴まれ、地面に叩き落とされたのだ。関係ないけど、足に細かい毛が何本も生えていて気持ち悪かった。
「ううっ、いったぁ……」
さっき叶織ちゃんを庇ったときのに今受けたダメージがプラスされて、背中がとても痛い。ジンジンする。……まあ、逆に言えばそれだけだけど。
魔法少女である今の私は、交通事故レベルの損傷ならコスチュームで和らげることができるのだ。普通なら入院してる。もちろん変身していない時はただの人間。コスチュームの耐久性が優れているからこその芸当だ。ちなみに……まあ温度にもよるだろうけど、変身さえしていればたとえ間欠泉にぶつけられても「あっつぅ!?」くらいで済む。以前キョッカイーとの戦闘でそうなったから実証済み。結構露出度の高いこのコスチュームだけど、なかなか侮れない。
「お姉ちゃん大丈夫!?」
とてとてと駆け寄ってきたのは、さっき助けた叶織ちゃん。澄んだ綺麗な瞳で、私をのぞきこんでくる。うわ、めっちゃ吸い込まれそう……。
「……って見惚れている場合じゃない!」
見上げると、キョッカイーは第二撃を繰り出そうとしていた。それもただの攻撃じゃない。口と六本足で、それぞれ巨大な光球を形成していた。口のものは私と叶織ちゃんを。六本足のものは他の逃げ遅れた人達を同時に狙っている。私はともかく、それ以外の人間があれを食らったらきっと怪我どころじゃすまない。
どっちを助ける? ……なんて、愚問だよ。
「おねえ……ちゃん……?」
立ち上がって振り返ると、そこには不安そうな表情の叶織ちゃんが。こうして見ると、だいぶ身長差があるなぁ。なんて。
「見てて」
「……わぁ……っ!」
私は叶織ちゃんの目の前に右手を差し出すと、魔法で小ぶりな百合の花を出してみせた。彼女の表情が、一気に明るいものになった。
「……『大丈夫のおまじない』。described by 北川かおり」
「かおり……?」
「そ。私が大好きな物語の登場人物。安心して。必ず、みんな助ける」
人生には、二つの選択を迫られることもあるだろう。誰しもが、それに悩み、苦しむ。どっちだって、本気だから。
でも、どちらかを選ぶ必要なんてない。
本気なら、どちらも選ぶ。教えてもらったよ。「この物語」で。
私は左手にヨンダーを召喚すると、その二ページ目を開いた。そこには、何かが差し込めそうな空洞がある。
その何かは、よく知っている。
私は懐から栞状のアイテムを取り出すと、それをヨンダーに差し込んだ。
『恋は芽吹いて百合が咲く!』
そのアイテムの名は「カタリ・デ・シオリー(以下「シオリー」)」。物語が記録されている、魔法具の一つ。装填された瞬間、ヨンダーからは女の人の声が発せられた。シオリーからヨンダーへ流れ込んだ魔力が空気に触れて振動させた音が、まるで人の声のようになって響いているのだ。
「咲かせろ! 三つの想い!」
呪文を唱え、ヨンダーを閉じる。すると私の斜め前と斜め後ろに計四台の印刷機型オブジェクトが地面に発生した魔方陣から現れ、そこから大量の紙が飛び出て私の体にまとわりき、変身時と同様に柔らかい光を伴って徐々に変化し、コスチュームのマイナーチェンジが行われた。算用数字の「3」を象った装飾が追加されたのだ。いわゆる「フォームチェンジ」というやつだ。
『これこそ原点にしてイレギュラー! 「美しすぎるカプ名」部門、栄えある第一位に輝いたのは……『恋は芽吹いて百合が咲く』! で! しょう!』
ヨンダーから音声が流れ、フォームチェンジが完了した。今の私の名称は「魔法書羽女ツカサ 恋は芽吹いて百合が咲く・ノ・ドクシャー」だ。やたら長い。
「わかる。わかるよ。水藤叶美、城咲紅葉、北川かおり。三人の気持ちが」
私はシオリーに込められた魔力と自身の魔力を調和させることで、その物語にちなんだ能力を使えるようになると共に、登場人物の感情を得ることができる。といっても、完璧に得ることはできない。所詮は私の中から生まれたものだ。……まあ、感情移入の延長線だと思ってもらって差し支えない。
「はあっ!」
遂に、キョッカイーが二つの光球を発射した。けれど、今の私なら二つとも対応することができる。
私は自分達に向けられた光球は魔方陣によるバリアで、他の人達に向けられた光球は背中に追加されたマニュピレーター、いわゆる副腕でそれらを防いだ。腕が三つになったことで、できることも増えた。
「えりやぁあっ!」
私は二つの光球を処理して間髪入れずに、副腕を思いっきり伸ばして上空のキョッカイーに重いパンチを食らわせた。バランスを崩したキョッカイーは、ふらふらと落ちてゆく。
左手にヨンダーを召喚して、二ページ目を開いてからもう一度閉じる。こうすることで、魔力を一時的に上昇させられる。電圧を上げるようなものだ。あまり長時間やると体に相当な負担が掛かるから、必殺の一撃を繰り出す時くらいにしか出来ないけれどね。
『恋は芽吹いて百合が咲く・デ・ブックエンド!』
ヨンダーから、ナビゲーション音声が発声された。
私は大きく飛び上がり、副腕に大振りな三叉の槍を生成した。槍の名前は「Kissing-Keen-Kitty」。略して「KKK」だ。
「あとがきの言葉は決まったかい?」
決め台詞でしっかりと締めて、落ち行くキョッカイーにKKKを突き刺す。深く、深く。
魔力の籠った一突きがキョッカイーの魔力を分解し、空中で爆発四散した。
戦いを終えた私はゆっくりと着地し、戦闘によって破壊された周囲の地形を魔法で修復してからヨンダーの一ページ目を開き、変身を解除した。私のコスチュームが紙となって宙を舞い、やがて消えていった。
「ふう……」
一つため息をついて、胸を撫で下ろす。いくら慣れてきたからといっても、下手をすれば死ぬ。どうしても気を張ってしまうものだ。
「お姉ちゃんっ!」
木の陰に隠れていたらしい叶織ちゃんが、とてとてと私に駆け寄ってきた。その表情は、とても晴れやかだ。
「……うん!?」
「ありがとね。……お姉様」
……あれ、今……された?
ほっぺに、された?
え、え?