「恋は芽吹いて百合が咲く」編 part2
「ふぅ…………」
ここは、弦矢BOOKSの裏にあるちょっとした裏庭。書店としてはかなり大規模なことを活かして、弦矢BOOKSは全店舗に自然溢れる土地を設けている。休日は、ファミリーやカップルでそこそこ賑わう場所だ。……といっても今日は平日。ここを訪れる者もちらほらと見かける程度だ。
「……ん?」
ふと、木のベンチで何かを書いている小学生くらいの女の子を見つけた。平日なのにこんなところにいるなんて…………なにか、訳ありなのかもしれない。
「……あっ、猫さんだっ!」
突然、女の子が顔を上げてこちらへ走ってきた。今にも「とてとて」という音が聞こえてきそうなくらい、足取りの軽くほがらかな走り方だった。
「……猫?」
私が下を向くと、足元には虎縞柄の小さな猫がいた。いつの間に。
「あー、逃げちゃった……」
女の子が走ってきて驚いたのか、猫は私の足の間をくぐり抜けてどこかへと走り去っていってしまった。
「……あれ」
結果的に私の方へ近づいてきたその子の手に握られている物に目がいった。間違いない、原稿用紙だ。
「……ねぇ君」
「ん? なーに、お姉ちゃん?」
「君、小説書くのが好きなの?」
私がそう聞くと、女の子はにっこりと答えた。
「うん! 大好き! 見て! 今ネコちゃんの小説書いてたの!」
「どれどれ……」
曲がりなりにもプロとして、いいアドバイスができるといいのだけど。
「ふんふん……。…………うんん?」
……本当にこれ、この子が書いたのだろうか?
「そのケはあるのに押し切れない女の子と、それをわかっててユーワクしようとしてる女の子のお話なの! どう?」
「え、ネコってそっちの!?」
まさかまさか、この子も私と同じく百合書きだとは思わなかった。人は見かけで判断してはいけないね。ツカサわかった。
「……まあ、強いて言うなら場面転換の印をもっとハッキリ書いた方がいいかなと思うけど……。どうしてこれを私に?」
「だって、こういうの好きって顔してるよ? ……お姉様」
今、その一瞬だけ、彼女が彼女でなくなった。「お姉様」と言った時だけ、この子は明確に「モード」を切り替えたんだ。穢れの無いその笑顔も、その瞬間だけは森羅万象を悟ったような妖艶なものへと変わっていた。
不思議な磁力を持った女の子だ。
「かおり」
「え……?」
「わたし、結城叶織っていうの。お姉ちゃんは?」
「……あー。えっと、私は…………」
本名を言おうか、それともペンネームを言おうか迷っていた、まさにそのときだった。
私達二人が、突然の光に包まれそうになったのは。
「危ないっ!」
咄嗟に私は叶織ちゃんを抱き抱えて駆け出した。
「うわっ!?」
後ろから何かに押される感覚がして、必死に体を捻った。
その甲斐あって、私は背中に痛みを感じつつも彼女を庇うことができた。
「叶織ちゃん、すぐに逃げて!」
「うん……?」
「いいから!」
「わ、わかった!」
彼女を避難させて息つく暇も無く、裏庭にいた他の何人かの人達のざわめきや叫び声が聞こえてきた。
私が周囲を見回すと……案の定、いた。
上空に、巨大な「虫」と呼称できるような六本足を持つ怪物が。見ると、その背中には本のような形状の翅があった。本来の意味合いとは異なるけれど「本の虫」という表現が最も適していると思う。
「……やっぱりキョッカイーか」
キョッカイー。
それは、闇の魔法使いによって生み出される「曲解された物語」の怪異。姿形から察するに、本の虫なキャラクターが登場する物語から生み出されたのだろう。「本の虫」って虫のことじゃないのに。だからこそ、曲解されたのだとも言える。
私は、キョッカイーに何度も出くわしたことがある。そしてその度に、生き延びてきた。
なぜなら。
闇の魔法使いがいるように、私が。
光の魔法使いなのだから。
『リーダー・デ・ヨンダー!』
私が手のひらを上に向けて左手を構えると、手の上に薄いピンク色の魔方陣が描かれ、そこからニュッと本の形をしたアイテムが天の声とともに出てきた。正確にはただのナビゲーション音声なのだけれども。
サイズにしてA5版くらいのそれ「リーダー・デ・ヨンダー(以下「ヨンダー」)」を手に持つと、私は呪文を唱えてヨンダーの一ページ目を開いた。
「捲れ! 運命の一ページ!」
次の瞬間、私の足元に薄いピンク色の大きな魔方陣が描かれ、魔法使い……いや、魔法少女への変身バンクが始まった。
足元の魔方陣から何枚もの紙が舞い上がり、私の体にまとわりつく。まとわりついた紙は柔らかい光を伴って徐々に変化し、やがてそれは魔法少女としてのコスチュームとなった。薄いピンク色と白色を基調とした、フリフリの可愛らしいドレスだ。
「紙は骸、筆は羽! インクの軌跡が私を綴る! 魔法書羽女…………ツカサ!」
……ちなみに、この名乗りは単に私の趣味。