「恋は芽吹いて百合が咲く」編 part1
閲覧ありがとうございます。
「……やはりこちらにいましたか、司先生」
顔を上げると、そこには毛先をくるっとまとめた茶髪の女性がこちらを見下ろしていた。
「さ、サボってないですよ?」
「ならばなんだというのでしょう」
「取材です。しゅ・ざ・い。……ほら見てください。これ、登美司つかささんという人が書いた『恋は芽吹いて百合が咲く』という百合小説なんです」
「それがなにか?」
「この小説は、ネットで集まった百合小説家が各々二人ずつ女性キャラを生み、シャッフルして同じ世界観の中でそれぞれ物語を書いて投稿する『星花女子プロジェクト』という企画から生まれたものなんです。この『登美司つかさ』という人は、その企画主。純情ものからアブノーマルものまで幅広くの百合小説を世に生み出してきた偉人、つまり『えらーい人』なんですよ。そんな人が書いたこの小説は、同じ学園に通う三人の少女が出会い、恋人同士になっていくまでの物語でして」
「要するに三角関係のガールズラブ小説である……と」
「いいえ、それが違うんです。確かに三人の相関図は三角形ですが、三人はお互いに愛し…………」
「……とにかく、締め切りが近いんです。早く書いてくださいね。角谷司先生」
「……はい…………」
私、十深石ツカサは大学の法学部を卒業後、百合小説家として生計を立てている。そのペンネームが「角谷司」。元々は公務員志望だったのだけれど「自分らしく生きていけるのはどちらなのか」って考え直していたら、いつの間にかこっちの道に進んでいた。今は決して裕福ではないものの、なんとか印税で暮らしていけるくらいにはなった。これも読者のおかげ。ありがたい限りだ。
「……そうだ。もう何回もしているけど、この小説の感想をShoutterで叫んでおこう。……『恋は芽吹いて百合が咲く、十八度目の読了。kkkよ、永遠に幸あれ』っと。つかささん、見てくれているといいなぁ」
そんな私は、執筆に行き詰まるとこの大型書店「弦矢BOOKS」へ立ち読みもとい座り読みをしに訪れる。ここは売り場にベンチが設置されていたりカフェが併設されていたりして、暇潰s……気分転換にはうってつけの場所なのだ。稼ぎのほとんどは生活費で溶けてしまうため、資料用の本はここに置いてあるものを読んでいる。両親も健在だし姉もいるのだけれど……ちょっと頼りづらい。
「……混んできたなぁ。ちょっと外の空気でも吸いに行こうかな」
◆
何者かが、いた。
その長いローブを人相がわからないほど深く頭から被り、特殊な本を携えている「何者か」が。
その特殊な本の名は「マジナイ・デ・ノロウンダー」。紫の表紙には、金色の魔方陣が描かれている。
何者かは二ページ目を開いたマジナイ・デ・ノロウンダーに栞のような形状の魔法具「カタリ・デ・シオリー」をその上部に差し込んだ。
『燐火の響きィ……』
マジナイ・デ・ノロウンダーからは、カタリ・デ・シオリーから流れ込んできた魔力が空気に触れて振動させた音が、まるで人の男の声のようになって響いた。
「チュッチュバ・スイタイ・カレハテロウ」
何者かがノロウンダーを撫でて呪文を唱えた直後、表紙の魔方陣から異形のモンスターが現れ、十深石ツカサのいる弦矢BOOKSへ向かって飛び去っていった。