立場への回帰光
それは人間とは大きくかけ離れた存在であった。生き物かどうかも、私には結論づけることができなかったのだ。これはある種の観察記録であり、場合によっては遺書となる。私はいかなることが起ころうともこれを記載しなければならなかった。
まず私がそれと遭遇したのは■月■日の午後■時頃だった。天気は雨で、私は珈琲を啜りながらぼんやりと庭を覗いたのだ。そのとき、無意識ではあったが誘導されたのかもしれない。
庭にそれはいた。大きさ……という単純な言葉を当て嵌めることはできない。それは触ることなど叶わず、つねに朧気な虹色の発光体だ。ヴェール状に、三次元的に宙を蠢いていた。向こうから物体に干渉することは可能らしく、それは私に近づくと手に触れた。感触は無かったが、酷く凍えるような心地だった。
放置するのも気が引けて家にいれるとわずかに光は膨張した。私は最初、それがなんらかの科学的現象なのかと思ったが、やがてそれは交信してくるようになった。幻想、幻覚の類を疑い、旧友の一人を招いたが、彼にもそれは見えた。私以外も知覚できるのであれば、存在が真実であるという前提をもてるだろう。
それとの交信は単調だ。言葉ではなく、脳髄を鷲摑みにして頭に直接存在と知恵を授けてくるのだ。言葉が通じないわけではない。試しに一度、何故、知識を授けるのかと問うと、
「真実は膨張すべき次元である」
とだけ頭に響いた。言葉には言葉で返すようだ。さらに交信を続けていくうちにそれが人間の行動原理とは大きくかけ離れていることに気づいた。
人間が行動を行うとき、なんらかの目的があるものと、なんらかの原因があるものの二種類がある。理由もなく行動をするときは大抵、ある原因によって自暴自棄だったりするのだ。
だがこの光は違う。光の範囲を拡大し、知識を授ける理由を問いても、そうすべき次元であるからと答えるのだ。つまりは、そう行動すべき立場に自分がいるからだと言うのだ。だが、その立場を強いているのも光自身であり、行動原理がループしているのだ。
つまりは真に理由がない。いくら問答しようとも、
Aをするのはなぜだ? Aをする立場だからだ。
その立場を強いたのは? 私自身だ。
何故立場を自分に強いた? そういう立場だからだ。
などと終わりがない。
だが確かなことは交信をするたびに虹色の光は膨張していき、より広い空間を支配したことと、私はこの世の真実を知らされたということだ。
それはあらゆる存在が■■■■より産まれ、その立場であるから繁殖していたに過ぎないのだ。なぜ星が回るのか。なぜ分子はつねに振動するのか。なぜ食べるのか。原因、目的……あらゆる行為の原始へと回帰させる。
それはそういう立場にあった。