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スーサイド・ロケット

作者: しゅばるつ

 豊嶋には富があった、友があった、信頼できる仲間がいた。

 彼は一流企業の勤めであったが、その非凡な才能から、同じ会社の武田と共に信頼のおける仲間を連れて起業をすることにした。流石は天才、市場の繊細な動きにも機敏に反応し、先見の明はとどまることを知らず、数年のうちに会社は大きくなって、業界で彼らの名前を知らないものはいなくなった。

 それから数年後のある年の暮れ、例年よりもわずかに伸び悩んでる業績をこの男が見逃すはずがなかった。豊嶋は武田に訳を話したが、こちらの男は顔色一つ変えることはなく、「気にしすぎだ」の一言で片づけられてしまった。信頼出来る武田が言うならとその場は見過ごした豊嶋であったが、やはりその年度の決算では例年よりも売り上げは大幅に落ち込んでいた。豊嶋の不安とは裏腹に、武田はそれでも表情を崩すことはなかった。

 翌年度の暮れ、またもや業績が伸び悩んでいるのを見ると、豊嶋は武田に報告しようと探してみるが、何故かなかなか見つからない。というのも、あの男にしては珍しく体調を崩し、ここ数日は会社にすら来ていなかったということである。妙なこともあるものだと思った豊嶋が直接連絡を取ろうと電話をしてみるが、それすらも繋がらない。いよいよ不審に思った豊嶋のもとに、経理の栗田が会社の金が消えてしまった旨を伝えにきた。何事かと調べてみるも時すでに遅し、策士武田が昨年の営業不振を見るや否や、金の持ち逃げをしたようである。富のないものに世間は冷たいもので、彼が10年近くかけて作り上げた社会的地位は数日にして瓦解してしまった。

 豊嶋は富を失い、友を失い、信頼できる仲間すら失ってしまった。彼が自殺を思いつくのには十分すぎる理由であろう。

 しかしそんな時、彼は元同僚であった山井のことを思い出した。その男、器量こそ良いのだが精神が弱く、上司のパワハラや過酷な労働環境、終わらない残業などから心を病み、遂には屋上から飛び降りて死んでしまった。豊嶋は飲みの席で、かつての親友武田と共に、この軟弱な男を笑い飛ばしたのだった。豊嶋はもとよりプライドの高い男、今さら仕事の挫折で自ら命を絶つなど死んでも死に切れないと思い立った。とはいえ、命の他全てを失い、全てに絶望した男には、死ぬこと以外に気力が湧くはずもなかった。

 そこで彼は、どうせ捨てた命ならと、凡庸な死に方をするくらいなら、他にはない自分だけの死に方を探すことにした。首吊り、練炭、服毒、焼身...人間とは可笑しなもので、生き方の分だけ死に方があるというが、自ら絶つ命すらこれに則しているようであった。どうしようかと悩む豊嶋だったが、彼が思い立ったそれは自殺の原点であり非常にわかりやすい、そしてなによりも彼らしい、誰よりも高い位置から飛び降りるというものであった。誰よりも高い位置...。高層ビルか?スカイツリーか?はたまたエベレストか?否、そんな生易しいものではない。あるではないか、この世界いやこの惑星で1番高い点が。成層圏からの飛び降り、彼の目指すものは階段では足りず、飛行機でもまだ足りず、ロケットの打ち上げによって完遂出来るものであった。豊嶋は自らの人生に決着をつけるために―つまり、死ぬために―ロケットの開発を決意した。

 全てに見放されたこの男も、経験にだけは縁を切られず、皮肉なことに自分を裏切ったあの会社での苦い経験が、彼のロケット開発の出発点となった。彼は新たな会社を起業し、自らのロケットを開発するために日々研究し、実験を重ねた。

 世間は立ち止まる文無しにこそ冷たいものの、努力を重ねる貧乏人に存外優しいものだ。この男、ただ一心、死ぬことのためだけに生きた。生まれながらの才能か、はたまた努力の賜物か。あれよあれよといううちに彼の周りに人は集まり、会社は薄利ながらも着実に成長し、豊嶋の人望は高まっていった。

 10年経ち、20年経ち...。そして、ついにやってきた打ち上げ当日。この計画の真の目的を知っているのは豊嶋本人と秘書の河本だけである。

「豊嶋さん、どうしても今日死ななければならないのですか。あなたは以前とは違います。今は昔と変わることなく、富があり、友があり、信頼できる仲間がいるではありませんか。どうか考え直してください。」

 河本は柄にもなく目に水をため、必死にこの自殺志願者を説得する。それとは対照的に彼は笑い飛ばしてこう言うのだった。

「何を言っているんだ。たしかに今の私には昔のように全てがある、富も友も仲間もいる。だからこそ、今死ななくてどうするのだ。私はもう、これら全てを失う苦しみを味わいたくはないよ。」

 河本は、彼の心からの笑顔に一切納得が出来ないまま、空高く打ち上がる豊嶋を涙溢れる眼で見つめていた。

 なぜ毎日を生きるのか、なぜ自ら命を絶つのか。生きるという行為は皆同じはずなのに、どうしてその終わり方には齟齬が生じてしまうのか。人生の終着点の理由など、その者にならなければわからないものである。

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