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最終話 七不思議、最後の秘密

 どこかでピシ、と皹の入る音が聞こえた。

 眼前に広がる世界は、割れた鏡のようにバラバラと音を立てて崩れ落ちていく。


 何もかもが崩壊していく中で、私は真実を、現実を思い知った。


 《その寝てる間に見てた夢っていうのがホントに怖いんだって》

 《ほほう!》

 《なんかこう、どこか暗い部屋に閉じ込められてるみたいな夢でさ……》


 ずっと、悪夢に怯えていた。

 いつかこの幸せな日常が崩れ落ちて、大事な何もかもが掌から零れ落ちてしまうのではないかと――そんな悪夢に怯えていた。


 私はようやく思い出した。

 この(おぞ)ましい悪夢こそが、現実だったのだと。


 私は初めから夢を見ていたのだと。


―――――――――――――――――

最終話 七不思議、最後の秘密

―――――――――――――――――


 「ねえねえ、皆、かくれんぼしようよ!」


 小学生の自分。


 「いいよー。じゃあ俺鬼やるから皆は隠れてろなー」

 「わかったー!」


 無邪気な生徒達は散り散りになって、各々隠れ場所を探しに行く。


 「ふふっ。私、絶対見つからないんだから。男の子が入ってこれるはずないものね。女子トイレ」


 ここに居ればいつだって見つからなかった。

 この場所はお気に入りの隠れスポットだった。



 「ねえ、花子ちゃんどこー?」


 鬼の声が廊下の外から聞こえてくる。

 絶対に見つからないもの――幼い私は息を殺して笑っていた。


 「花子ちゃん、見つかったー?」


 皆の声。


 「もう、最後の一人なのにねー」

 「見つからないねー」


 (ふふっ。私、絶対見つからないんだから)


 「あっ、先生が呼んでる!」

 「行こうぜ、皆!」


 (そんな見え透いた罠に、私は引っ掛からないもの)


 生徒達は皆教室へ戻っていった。

 私はずっと隠れていた。


 ずっと隠れていた。


 ずっと隠れていた。



 「ぐすっ。みんなぁ、まだ来ないの……?」


 ずっと待っていても、誰も自分を探しに来なかった。

 さみしかった。

 一人で取り残された気がした。


 目の前の扉をじっと見つめる。

 この扉が開くのを、私はじっと待っていた。


 早く、来て。

 誰か。

 お願い、誰か……早く私を探しに来て……!


 そのときだった。


 近くでとても大きな音がして、

 幼い私はそのまま、眩い光に飲み込まれた。



 外の世界に出られなくなってから、どれ程の月日が経ったのかは知らない。

 私はずっと、扉の中に閉じ込められていた。


 扉に手を伸ばす。

 しかしその扉に手が届くことはなく、私の叫び声は誰にも届くことはなかった。


 すぐ隣で、小さな私の亡霊が泣いていた。


 『ぐすっ。みんなぁ、私はここだよぉ。探しに来てよぉ』

 「静かにしてくれ……泣いてもしょうがないんだよ。所詮私は、ずっとここから出られない」


 いつだっただろうか、悪戯好きの男子が扉を叩きにやって来たことがあった。

 いつだっただろうか、オカルト好きの女子が扉の向こうから私の名前を呼んだことがあった。


 全てまやかしだった。

 目を覚ました私はいつだって、ここにいたから。


 『嫌だ嫌だよぉ。こんなところに一人は寂しいよぉ』

 「五月蠅いな……諦めさせてよ。夢見たところでどうせ永遠に、私はここから出られないんだ」



 再び、外から声がした。


 一体誰だろうか。

 こんな暗いところに、一体誰が好き好んで……。


 「そんなこと言うんなら、お前が行ってこいよ」

 「お化けさんはお友達、なんだろ? だったら最後の一つくらいお前がやってこい」


 ……なんだ、またふざけてこんな場所に来たのか。


 理解していたはずだ。

 自分という存在に気付いてくれる人間なんて、どこにもいないということを。


 私はただここでずっと、いつ終わるか分からない時を過ごすだけ。

 いつも、いつも。

 そう思って過ごしてきた。


 この暗闇の中で、たったひとりで。


 「は……花子さん?」


 扉の外から、少女の声がこちらに届いた。

 嘘偽りのない真っ直ぐな声。



 「もう……寂しくないよ!」



 項垂れていた顔を僅かに持ち上げる。

 今まで声をかけてきた人間は(ことごと)く、私を馬鹿にしたように笑っていたから。


 少女の声が、冷め切っていた筈の私の心に僅かな熱を灯す。

 扉の外の声は照れくさそうにはにかんでから、言葉を続けた。


 「私も、ずっと寂しかったの。一人ぼっちだと思ってたんだ。でもね」


 次の一言に、私は思わず耳を疑った。



 「もう、一人じゃないよ。私とあなたで、二人いるんだもん!」



 その瞬間――薄暗い空間に、ふわりと花が舞った。



 心の奥の寂寥感を押し殺しながら紡がれたであろうその言葉は、周囲の闇を明るく照らしていく。

 思いもよらぬ彼女の言葉に、私は両目を見開いた。


 ああ、きっと。

 彼女は本気で言っているのだろう。


 (どう……して……)


 私という存在に、気づいてくれる人間がいた。


 私は一人じゃなかった。

 私にだって、声を掛けてくれる人間がいるのだ。


 熱い涙が溢れて、止まらなかった。

 私の隣で、幼い亡霊が泣き喚いていた。


 『ぐすっ。やっと探しに来てくれたのぉ~』


 本当は嫌だったんだ。


 『遅いよぉ~。私、ずっと、ずっと、待ってたんだよぉ~』


 暗いところも、怖いところも。


 『怖かったよぉ~。もう私のことなんて誰も迎えに来てくれないかと思ったんだからぁ~』


 一人きりでこんなところにうずくまっているのも、本当は嫌だった。


 小学生の私が泣き叫んでいた。

 私も泣いていた。


 だって、やっと迎えに来てくれた。

 やっと私に気がついてくれた。


 《もう、一人じゃないよ。私とあなたで、二人いるんだもん!》


 本当は、明るい世界で誰かと一緒に過ごしたい。

 生まれ変わりたい。


 《夢見たところでどうせ永遠に、私はここから出られないんだ》


 このままずっと幽霊でいるなんて、本当は嫌なんだ。


 《自分はここに居るんだよ、って示そうとしてるだけなんだよ》


 寂しい。寂しい。誰か気づいてくれ。私は此処にいるんだ。

 私だって、新しい世界で皆と笑って過ごしたいだけなんだ。


 私だって、生まれ変わりたいんだ……!



 扉の外から目の眩むような光が差し込む。

 光の奥から、彼女の手がこちらに差し伸べられた。


 私は藁をも縋る思いでその手にしがみついた。

 そして――


  ♪♪


 扉の外から、ピチャン、ピチャンと水の垂れる音が聞こえる。


 気がつけば、私は暗闇の中にいた。

 いつも、暗闇の中にいた。

 本当はいつだって、外に出た事なんてなかったのだ。


 外に出ようと手を伸ばす。

 しかし、手を伸ばそうとすればするほど、扉は遠く、身体は重くなり、再び闇の中へと戻される。


 これが現実だ。


 現実の世界はいつだって暗くて、怖くて、

 だからこそ、明るい世界を夢に見るのだ。


 「マイ、カ……」


 いつか、自分に声を掛けてくれた少女がいたような気がする。

 私という不確かな、けれど確かにここに存在するものを認め、微笑みかけてくれた少女が――


 《もう、一人じゃないよ》


 心臓がドクン、と跳ねる。

 誰もいないはずの空間で、誰かの声が聞こえた気がした。


 しかしその声は二度と響くことはなく、

 私の目の前には無機質な鉄扉が広がっているだけだった。


 ああ。きっとその少女は、現実ではなかった。

 その少女は、私の見た夢の世界の一部でしかなかったのだろう。


 誰も、自分の持つ記憶が夢ではなく真実だと、証明することができないように。



 暗闇の中で一人、私はこの悪夢が終わることを願う。

 暗闇の中で一人、私は光を求める。


 そして、再び夢を見るのだ。


 「ああ。君も私を迎えに来てくれたのか……!」



 いつまでも、いつまでも。

 終わりのない、夢を。




  ☆★☆


 貴方は、貴方の傍にいる人間が本当に人間だと、信じることが出来ますか。

 貴方は、貴方の見ている世界が夢ではないと、証明することが出来ますか。


 貴方は、本当に――



 ――人間ですか。

※七つ目。トイレの花子さん:言わずと知れた有名な七不思議。学校の校舎3階のトイレで、扉を3回ノックし『花子さんいらっしゃいますか?』と尋ねると、3番目の個室から返事が返ってきて、扉を開けると花子さんにトイレの中へ引き摺り込まれるというもの。地方によって出現方法やアソビカタは様々。

花子さんの正体としては、作中で紹介したように戦時中に亡くなった女の子が遊び相手を探している説の他、変質者に追われ逃げ込んだが殺されてしまった女子の霊などの説がある。

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[良い点] 最後まで拝読しました。 ドキドキする物語の運びが興味深くて、とても面白かったです! でも、終わりは切ないですね……なんだか、胸が締めつけられるような気持ちになっちゃいました。 第二話にお…
[良い点] 三話から四話に移るあたりで真相はわかりました。 ネタバレになるので書きにくいのですが、真相に行き着くことを阻害する要素が入っている点が、上手いと思いました。
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