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第三話 元の世界に帰らなきゃ

 教室に流れ込む爽やかな夏風。

 授業中の教師の声は耳心地の良いBGMとなり、体育の授業だろうか、風に混じって生徒の声が聞こえてくる。


 私の意識は次第にうたた寝の中へと吸い込まれていった。



 (いかないでくれ……)


 最近、妙に危機迫った悪夢を見るのだ。

 脳内で再生されるのは毎回同じ夢。

 まるで正夢になるとでも言わんばかりの不吉な夢の中で、唯一無二の友人である笹倉舞花はいつも私にこう言い残して消え去るのだ。


 (私、元の世界に帰らなきゃ)


 叫ぶ私の声は彼女に届く事はなく、夢はいつも私の情けない声で終わる。


 (わたしを、ひとりに、しないで……)



 「秘術、目覚めの一撃!」


 突然、頭部に割れるような痛みが走る。

 明らかに外界からのものと思われるその刺激に思わず目を覚ますと、目の前には件の彼女のしたり顔があった。


 「痛いってば、舞花。今のは一体……?」

 「授業が終わってこれから私とせっかくのお昼休みなのに、夏奈子がずっと起きないから~。これはついに秘術を試す時かと思った次第」

 秘術とは。

 「奥義もあるよ~」


 《私、元の世界に帰らなきゃ》


 目の前でいつものように変な事を言ってふざける彼女を見ていると、先程までうなされていた悪夢の出来事が嘘のように感じた。


 二人でこうして一緒に過ごす時間が幸せだった。

 このままずっと一緒にいたい。本気でそう思える友人が彼女で本当に良かったと思う。


 「結局、来週までにその課題、やってこいだとさ」

 舞花は寝ていた私に連絡事項を伝えながら、不満そうに弁当箱の中のタコさんウィンナーを口に運んだ。


 「り、量が多過ぎてヒトには無理な所業だと言わざるを得ないな」

 「本当だよ~! 折角の学生生活が勉強で台無しだよね~」

 学生は勉強が本分って言葉があるけど、黙っておこう。


 「とにかく、教えてくれてありがとう」

 私はジェスチャーでかたじけないのポーズを取りながら、彼女に感謝の言葉を伝えた。


 最後に七不思議探検をしてから、もう一週間になる。

 あれ以来、彼女の口からそういった類の言葉を聞く事は無くなった。


 あれだけ頻繁に開催していた夜の学校大肝試し大会が、最後の一つを前にして急に無くなってしまった。

 そうなってくると、それはそれで少しだけ、ほんの少しだけだが。そのことに対して一種の寂しさを覚えている自分がいるのも、否定はできないのだ。


 だからといえ、私の方からわざわざ「やろうよ」と言う気にもなれず。

 かといって、あれだけ怖い物好きの舞花がここ最近七不思議の話をしなくなってしまったのが気にならないと言えば、それも嘘になる。


 一体、彼女に何があったのだろうか。


 「舞花さん、その。最近は七不思議ツアーやりたいって言わなくなったよね? そういう話もしなくなったし……」


 一瞬、彼女の表情が固まった。

 しかし、それもすぐさま元通りの笑顔に戻る。


 「なんかさ~、飽きちゃったんだよね~。ほら、秘密っていうのはさ、真実が謎に包まれたままだから美しいっていうか。だから全部解き明かしちゃったら、もうつまんないと思って~」

 「ふむふむ、なるほどなるほど」


 納得したわけではなかった。


 咄嗟に作ったであろう彼女の笑顔は歪なものだった。

 彼女の傍にいた私には分かる。


 舞花は、何かを隠している。


 でも、その隠している「何か」を問いただせば彼女がどこか遠くへ行ってしまうような気がして、私には何も出来なかった。

 あの悪夢のように、彼女がどこかへ消えてしまうような気がしたから――。



 昼食を食べ終えて、午後の授業が終わる。

 一緒に学校から帰って、途中で別れて互いの家へ帰る。


 彼女の笑顔はいつも通りだったけれど、どこか遠くにあるような気がした。

 彼女の瞳が、ここではない別の世界を見つめているような気がした。



 次の日も彼女のテンションはいつも通りで、私達は他愛もない会話を楽しんだ。

 彼女が隠したいというなら、私にそれを聞く理由はない。そこに踏み込んでいく権利はない。


 そう思っていた。

 唯一無二のクラスメイトと過ごすこの日常を失いたくなかったから。


 ――その日の帰り道、彼女の()()()()を聞く事になるまでは。



 「急にどうしたの、舞花……?」

 「いや、そんなに驚くことでもないでしょうに」


 真っ赤な夕暮れが、少女の頬を緋色に染め上げていく。

 舞花は苦笑を浮かべながら「何となくね」と付け加えた。


 「だって昨日、『全部解き明かしちゃったらつまらない』って……」

 「ちょっと気が変わっただけだよ~」

 「…………」


 嫌な予感がした。


 「でも、夏奈子はついて来ちゃダメだよ。もうツアーはおしまい。夏奈子は十分強くなったの」


 嫌な予感がした。


 「だから私、一人で行ってくるね」


 彼女は学校に向かって引き返した。

 深紅に染まった天の下、その背中は次第に小さくなり、やがて夕闇の中へと消えていく。


 あの時、どうして「行かないで」の一言が言えなかったのだろう。

 どうして、彼女を止められなかったのだろう。


 (私、元の世界に帰らなきゃ)


 次の日の学校に、彼女は来なかった。

 次の日も。その次の日も。

※五つ目。階段の数の怪奇現象:夜中になると、階段の数が十二段から十三段になるというもの。十三段目の天井からは首吊り用のロープが下がっているらしい。幻の十三段目を踏むと異界へ繋がるという説もある。異世界転移ってやつですね(違う)。

※六つ目。美術室の絵画の謎:死んだ生徒の遺した描きかけの絵が、日毎に完成へ近づいていくというもの。


さて、七つ目を知ってしまうと不幸になるという言い伝えがあります。

七つ目は最終話で記載予定ですが、読み進めて万が一貴方の身に何かが起こったとしても、作者は一切の責任を負いかねますのでどうかご了承ください。

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