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第一話 怖いモノ知らず。

 貴方は、貴方の傍にいる人間が本当に人間だと、信じることが出来ますか。

 貴方は、貴方の見ている世界が夢ではないと、証明することが出来ますか。


 貴方は、本当に――



―――――――――――――――

第一話 怖いモノ知らず。

―――――――――――――――


 晴れた初秋の朝。

 夏の名残が残った空気は僅かに湿り気を帯び、生温い陽だまりの空気は私を眠りの世界へと誘いゆく。


 辛うじて保っていた意識の遠くの方で、クラスメイト達の声が聞こえてくる。

 様々な声は折り重なるようにして、ぐちゃぐちゃになって響き合う。



 いつも同じ夢を見る。


 薄暗い空間。ピチャン、と滴り落ちる水の音。

 老朽化した換気扇からは生温い空気が流れ、鼻をつくのは(ドブ)の匂い。


 命尽きかけた蛍光灯の黄ばんだ光が、明滅を繰り返している。

 眼前にそびえ立つ灰色の扉は、いつだって私をこの部屋に閉じ込め続けてきた。


 「  」


 夢はいつも、数刻私を閉じ込めた後に助け舟を出してくる。

 扉の外から私を呼ぶ声がして、その声を聞いた私は、枯れ果てた声で叫ぶのだ。


 「  」


 ――私をここから出してくれ、と。


 「  」


 やがて扉が開き、光がこちらの世界に注ぎ込んでくる。

 光溢れる外の世界に目が眩んで、思わず手を(かざ)す。


 と同時に、学校のチャイムが鳴り渡った。

 そして私は驚愕の事実を知ることになるのであった――



 「では、うちのクラスの今年の文化祭はお化け屋敷ということで! 今日のホームルームは終わりです。皆の衆、解散!」


 え、ちょっと待って、難聴。


 寝ぼけた耳に衝撃的な事実が飛び込んでくる。

 何、私がちょっと寝てた間にそんなことってある?


 クラスが盛り上がっている中、起き抜けの私の顔は次第に青く染まっていく。

 私がうたた寝を決め込んでる間に事態は最悪な状況へと進行していたのだ。


 何で。なんで。


 何故に()()()()()()、私の一番恐れていた()()()()()になるんだああぁ――――!



 「それは夏奈子(かなこ)が寝てて発言しなかったのが悪いね~」

 「うっ、正論」


 昼食中、隣でお弁当のタコさんウィンナーを頬張りながら、クラスメイト――笹倉舞花(ささくらまいか)がにこにこと笑っている。

 私は深いため息をつきながら、先程見た悪夢のことを彼女に打ち明けた。


 「その寝てる間に見てた夢っていうのがホントに怖いんだって。もうね、本当に不気味なんだ。なんかこう、どこか暗い部屋に閉じ込められてるみたいな夢でさ……」

 「ほほう!」

 うーん、この反応。大体分かるけど一応聞いておくか……。

 「ねえ舞花さん。何でそれ聞いてわくわくしてるのかな?」

 「だって~。楽しそうなんだもん、そういうシチュエーション! 何か起こりそうですっごくわくわくするよね!」

 「へぇ……」


 唯一無二の友人である笹倉舞花は、有体に申し上げると――変人だ。

 彼女のカテゴリーの中に「怖いモノ」などはない。人生に刺激とスリルを求める彼女のような人種の場合、そういった類は寧ろ「ウェルカム」と諸手を挙げて歓迎するのがセオリーなのだ。絶対に早死にするに違いない。


 「で、どうなったの、その後! 何か出てきたりしたの?」

 「妖精さんいるかな、みたいなノリやめようね」


 目前の少女がきょとん、と小首を傾げるのに合わせて、茶味がかったショートヘアがふわりと揺れた。

 大きくて丸い眼鏡の中からは相変わらず好奇心に満ちた瞳が覗いている。


 (相変わらずだな、舞花は)


 薄桃色に染まったハリのある頬に、ぽってりとした唇。

 黒豆のようにつぶらな瞳の上で、厚めの眉毛が困ったように垂れ下がる。


 幼い顔立ちをした、マイペースな乙女。

 一見すると大人しそうな普通の女の子に見えなくもないが、彼女の場合――


 「お化けさんも妖精さんも、本当は皆同じなの。普段は目に見えないけど、話しかけたらすっごい優しいんだよ、きっと!」


 怖いもの知らずというか、メルヘンというか。

 正直、舞花が何かに対して「怖い」と言ったところを私は一度も見たことがない。全く恐ろしい人種である。


 「暗闇は本当に怖いんだよ、舞花? いいかい、舞花が知らないだけでお化けは本当に怖――」

 「そういう夏奈子はお化けさん見たことあるの?」

 「そ、それはないけど……見えないから怖いんだよ!」

 見たくもないけどな!

 「ふふ、夏奈子は怖がりさんだね」


 舞花はにこにこと笑いながら、お次のタコさんウィンナーを口に頬張った。

 ああ、こういう話はいくら彼女に相談しても無駄だということをすっかり失念していた。もうこの話をするのはよしておこう……。


 「舞花は良いだろうけどさ、お化け怖くないし」

 「むしろ万歳という気持ちだよ~」

 「でもお化け屋敷なんて、お化けや暗闇が怖い人の気持ちにもなって欲しいっていうか……」

 「脅かす側が怖がってどうする」

 「脅かす脅かさない関係なく怖いものは怖いんですね?」

 どうせ流すんでしょ、あの世からの声です、的な。やばそうなBGM。


 舞花は親指を立ててこちらに向け、にこにこと悪意のない笑みで言い放った。


 「いざとなったらお客さんと一緒に怖がっちゃおう! ほらよく言うでしょ、自分は大して怖くなくても、隣の人が驚いてると逆にそれに対して驚いちゃうっていう」

 「確かに恐怖の相乗効果っていうのは話に聞くけれども」

 本当は怖くないのに怖がるフリして急に叫んだりする輩とか、本当にタチが悪いと思うんだ。

 「よし、じゃあ、その線で決まりね」

 どの線だい?

 「夏奈子はお化けさん役として『逆に自分が驚く事でお客さんを脅かす係』を担当したいって言ってた、って委員長に伝えとくね~」

 なんじゃそりゃ。

 「待て待て、そんなこと言ってないでしょうよ」

 「え~いいでしょ~。夏奈子も一緒にお化けさんやろうよ~」

 「駄々こねてもダメ。ゼッタイ。」

 「夏奈子は本当に怖がりさんなんだから~。それじゃあ今年の文化祭何にもできないよ~?」


 舞花の御尤(ごもっと)もな指摘に、私は為すすべもなく閉口せざるを得なかった。

 中学生最後の文化祭。何も出来ないのは確かになんとも言えぬ空しさがある。彼女の弁当箱の中から、最後の一つになったタコさんウィンナーが寂しそうにこちらを見上げていた。


 「夏奈子、せっかくなんだから一緒に中学の想い出作ろうよ。皆でやればきっと楽しいよ。怖くなんてないよ」

 「そうかな……」


 未だに不安の顔色を拭えない私を案じてか、舞花は顎に手をあて「夏奈子の怖がりが治る方法……」と思案を始めた。

 暫しの沈黙。私は、すっかり食べ進めるのを止めていた自分の弁当に箸を伸ばし、白箱の隅にあった卵焼きを一つ口に運んだ。再びチラリと彼女に視線を移すと、彼女の真剣な表情が目に入る。


 (舞花……)


 唯一無二の友人のさりげない心遣い。

 酸味を伴った感情が、胸の奥をキュッと締め付けていく。


 笹倉舞花という人間は確かに変人だけれど、同時に、芯の熱い優しい人間なのだ。


 彼女はこうして今も必死に考えてくれている。

 中学最後の文化祭に、怖がりの私がどうやったら一緒に楽しく参加できるのか。どうすれば不安をなくせるのか。


 「うん、この方法が最善であると見た」


 彼女は自分で納得したようにうんうん、と頷いてから、両目に光を宿らせた。

 何かを閃いたような効果音が聞こえたかと思えば、途端、彼女はものすごい勢いで私の両肩を掴む。


 「決めたよ、夏奈子。そう、ショック療法だよ! 文化祭までに夏奈子の怖がりが治るように、ショック療法を実施します!」

 「え」

 「夏奈子、学校の七不思議って知ってる? それを全部解き明かすツアーをするの! そうすればきっと、夏奈子の怖がりも……」


 前言撤回。どうやら彼女は真剣に私のことを考えていた訳ではなさそうだ。


 「待って、何でそうなる!」

 「真相が闇に包まれた七不思議……でもそれとちゃんと向き合って、怖いのは全部ただの思い込みなんだって分かれば、夏奈子ももう怖くなくなるんじゃないかと思って~」

 怖がりはそれと向き合えない人のことを言うんですよ……。

 「大体そんなツアー、いつどこでやるつもり? 昼間は人が居るし、夜は……」


 怖くて無理だよ! という叫びは、彼女の言葉に遮られ決して届くことはなかった。


 「何言ってるの、夏奈子~。もちろん夜に実施するに決まってるじゃない!」


 舞花は「ドキドキするな~」と言いながら、最後のタコさんウィンナーを口に頬張った。

 こうと決めた彼女はもう何を言っても言う事を聞いてくれない。

 私は深い深いため息をつきながら、こうして今回も()()()()に振り回される運びとなったことを嘆き、今後待ち受ける恐怖体験を憂うのだった。


 「あの……舞花さん……」


 そちらの方がですね、その、お化け屋敷より、よっぽど怖いんですね……。

※一つ目。理科室の人体模型:夜中になると理科室の人体模型が歩き回るというもの。足りなくなったパーツを探し夜な夜な彷徨っているらしい。

※二つ目。生首を蹴る子供:サッカー少年が自分の生首をボール代わりにしてリフティングするというもの。巧みな足捌きは、将来サッカー選手を目指し毎日リフティングを欠かさなかった故の賜物だとか。

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