七年後、待ち焦がれた日
それから七年の月日が流れた。いつしかガルフも自分の事を『ボク』では無く『俺』と言う様になり、王子としての風格も付いてきた。すっかり元気になったメアリーは、風使いとしての素質は相当だった様で、ティアに会う為にドラゴニアへ向かうガルフを空で追い抜き、彼が着く頃には優雅にティアとお茶を飲んでいる事も多々あったりしたのだった。
そして遂にこの日、バードリバーの教会で遂にガルフとティアの結婚式が行われようとしていた。
「式を挙げる前にティア様からお渡ししたい物があるのですが、よろしいですか?」
デュークが新郎姿のガルフを捕まえ、花嫁の控室へと誘った。
「渡したい物?」
ガルフは何事かと思いながらもデュークの言うままにティアの待つ部屋へと急いだ。
「では、私は外しますのでごゆっくり……とはいきませんか。式の時間には間に合う様にお願いしますね」
扉の前でデュークは去ってしまった。仕方が無いのでガルフが声をかけると扉が開いて真っ白なドレスに身を包んだ花嫁姿のティアが現れた。
「ティア……綺麗だ……」
思わず口に出していってしまったガルフに照れくさそうな顔をしながら彼女は部屋に入る様促した。
部屋に入って扉を閉めるとティアとガルフの二人きり。花嫁の父であるジェラルド王を始めとするティアの親戚が集まっていると思っていたガルフの緊張が一気にほぐれた。
ティアは部屋の隅から白い布が巻かれた長い棒の様な物を手にするとガルフに近付いて来た。ドラゴニアの儀式か何かだろうか? また緊張してしまうガルフの目の前で棒に巻かれた白い布が解かれる。
「ガルフ、私を選んでくれてありがとう。これが私の気持ちです」
ティアが手にしていたのはガルフがジェラルド王に献上した大剣、ドラゴンキラーだった。
「夫婦喧嘩になったら勝てる気がしないって言ったよね。もし私が竜になって、自分を見失って、あなたを傷付けそうになったら……コレで私を殺して下さい」
ガルフはそれを受け取ると一振りして床に置いた。
「ティアの気持ちは確かに受け取ったよ。でも、コレは必要無い。こうも言ったよね、この生命かけて君を守るって。ボクが君を殺すなんて出来るわけ無いじゃないか」
ガルフの言葉にティアの目から涙が零れ落ちた。ガルフはティアを抱き締めると彼女は目を瞑った。近付く二人の顔。唇が触れる寸前、扉をノックする音と共に声が聞こえた。
「ガルフ様、ティア様、そろそろよろしいですか?」
デュークの声だ。二人は目を合わせ、笑いあった。
「ティア、行こう。みんなが待ってる」
「はい、あなた!」
二人は手を取り合ってチャペルへと走った。
*
「私、ガルフ・ウェンガーはティア・ドラゴニア・シュナイゼルを妻とし、今日よりいかなる時も共にあることをここに誓います」
ガチガチに緊張しながら誓約の言葉を言い切ったガルフに神父が問いかける。
「その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
ガルフは真剣な顔で答えた。神父は満足そうに微笑むと、ティアに向かって問いかけた。
「ティア・ドラゴニア・シュナイゼル、あなたは幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死が二人を分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることを誓いますか?」
「はい、誓います」
ティアは笑顔で答えた。
「では、指輪の交換を」
神父の言葉でガルフはティアの左の薬指に指輪をはめ、それが終わると今度はティアがガルフに指輪をはめる。
左の薬指の指輪を嬉しそうに見つめるティア。ガルフは彼女の肩に優しく手をかけると、ベールを上げた。顔を上げ、目を閉じるティアの唇にガルフの唇が近付く。そして……二人の至高の瞬間が訪れた。
湧き上がる歓声と拍手の中、二人は並んで指輪がはめられた左の薬指を皆に見える様に合わせた。ガルフの指輪には竜の右翼、ティアの指輪には鳥の左翼がそれぞれ刻まれていて、二つを合わせると一対の翼となるデザインとなっている。
「夫婦というのは翼と同じ。どちらか一方でも欠けてしまっては飛ぶ事ができなくなってしまいます。これからずっと二人で羽ばたいていこうと思います。みなさん、これからもよろしくお願いします」
ガルフの挨拶で式は締められ、二人がチャペルを出るとカリヨンの鐘が鳴った。階段を降りる二人に祝福のフラワーシャワーが降り注ぐ。ジュリアにシェリー、ブレイザー先生の姿も見える。
「みんな、ありがとう!」
手を振るガルフの目に一人の男が止まった。
《ジョセフ!?》
あの日、竜の姿となってティアとガルフを襲ったジョセフがバードリバーに、二人の門出の場所に居る。式をぶち壊そうとでも企んでいるのか? ガルフはティアを守る様に身構えた。
「ジョセフ君なら大丈夫ですよ」
ブレイザーは穏やかな声で言うと、ジョセフに「行け」と目配せした。それを受けたジョセフはガルフの前に進み出ると口を開いた。
「ガルフ、ティア、おめでとう。ティアも言ってたとは思うが、俺は王配になりたくてティアを自分のモノにしたかった。俺はもっと上に行きたかったんだ。それであんな話に乗っちまって……」
寂しそうに溜息混じりに言ったジョセフ。
「わかってる。ジェラルド様が全てを話してくれたから。『全ての責は自分にある』って。だからジョセフはもう気にしなくて良いんだよ」
ガルフは優しく彼を許そうとするが、ジョセフは首を横に振った。
「最初はそうだった。でも、あの時、デュークが出て来た時思ったんだ。騎士団長を殺してでも、他の全てを敵に回してでもティアを手に入れたいって」
ジョセフは淡々と話し続ける。結局彼は何が言いたいのだろう? やはりティアを奪いに来たのだろうか? いや、それならブレイザーは大丈夫だとは言うまい。
「テイアって、よく言ってたんじゃないか? 『みんな私を好きなんじゃ無く、王女を好きなだけだ』ってさ」
確かにティアはよくそう言っていた。しかし何故ジョセフがそんな事を知っている? そんな話はよほど気の知れた相手にしかしていない筈なのに。ジョセフってもしかしたらストーカーだったのか? 不審な顔をするティアにジョセフは尚も話を続ける。
「おいおい、花嫁がそんな顔するモンじゃねぇよ。何もストーカーしてたわけじゃ無いぜ。自分達の行いを考えたらそういう結論に至っただけだ」
ジョセフは自分の日頃の行いがティアを傷付けてしまった事に気付いた様だ。
「貴族とか王族とかに囚われてるうちに肝心なモノを見失ってて、気が付いた時には他の国から来た王子に好きな女を奪われちまってたんだからな。間抜けな話だろ。こういうのをどこかの国じゃ『鳶に油揚げをさらわれる』って言うんだってよ。バードリバーのバードってのは鳶の事だったんだな」
ジョセフの笑える様な笑えない様な微妙なジョークによって生まれた静寂を破ったのは女性の声だった。
「でも、今は私が居るじゃない!」
言葉と共に一人の女性がジョセフに後ろから抱きついた。
「シェリー!?」
ガルフとティアが驚きの表情で声を上げた。ドラゴニアの学校に転入した時、隣りの席だったアッシュグレーの髪の女の子シェリー。ジョセフやミッシェル、貴族の息子が何かやらかす度に小さくなっていたシェリーがジョセフと? ジョセフは照れた顔で左手を二人に見せた。その薬指には瀟洒な指輪が光っている。
「俺、コイツと一緒になったんだ。王族でも貴族でも無い、商売人の娘のコイツとよ。この意味、わかるよな」
ジョセフの言葉にティアが答える。
「王族とか爵位とか、身分に関係無く、本当に愛する人と一緒になったってコトよね」
ジョセフは大きく頷く。するとシェリーは左の薬指を突き出した。
「そのおかげで私は男爵家にお嫁に行けたんだよ。いぇ~い、玉の輿~!」
シェリーの指輪は大きな石が入った豪華なものでジョセフの指輪とは大違いだった。
「お前がそんなコト言うか? 身分とか爵位とかそんなのはどうでも良いって俺に教えてくれたお前が……」
嘆くジョセフに「冗談よ」とシェリーは言うが、本当のところはどうなのだろう? やはり女は恐ろしい生き物だ。
こんにちは、『すて』です。ご覧いただきましてありがとうございます。
『竜の花嫁(以下略)』もおかげさまで残すところあと二話となりました。めでたくガルフとティアは結ばれたのですが、次回は新郎の妹、言ってしまえば二人が出会うきっかけとなったメアリーがえらい事を言い出します。最後までお付き合い下さいます様よろしくお願いします。




