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しんでしまうとはなにごとだ


「おお、勇者よ。死んでしまうとは何事だ」


目の前の倒れている男を見下ろして、私は大袈裟に言った。

男はむくりと体を起こすと、無表情にただ私を見つめる。


いつものように。




…これで通算149回目の死亡である。


私は深くため息を吐いて、姿勢を崩した。


「…こう幾度も死なれては、国民に示しがつかん。お前が本当に勇者なのかと疑問の声すら上がっているのだぞ」

「……」


無視をしている訳でも、言葉を話せないわけでもない。

それなのに反応が薄いのは、彼の性格なのか。


無口な勇者はただひたすらじっと私を見る。

最初は居心地が悪かったこの視線にも、最早慣れてしまった。


「…もう一度機会を与えよう。今晩はこの城で休んでいくが良い」


幾度目になるかわからない台詞を読み上げて、玉座から立ち上がる。

この謁見の間にて彼に何を言っても、まともに会話が成立したことがない。これ以上は無駄だろう。


退室するその間も、背中には痛いほどの視線を感じていた。






半年程前、魔王に妹が拐われた。

妹の誕生時に母を、数年前に病で父を亡くした私にとっては唯一の肉親だった。


他に候補もおらず、その時既に政に関わっていた私が女王として即位した。


その傍ら年の離れた妹をそれはそれは大事に育て上げ、何処に嫁に出しても恥ずかしくない程の娘に育て上げた。

その結果がこれだ。


絶望していた私に、神託を受けた勇者の誕生は一筋の光だった。


初めて謁見した彼はまだ若く、その上無口だったが、意思の強そうな瞳が頼もしかった。

彼ならばきっと妹を救ってくれる。

そう思った。


褒美も約束し、可能な限りの権限全てを使い全面的に協力した。


…だというのに。

まさか、こんなに幾度も死亡するだなんて。


勇者は新しいダンジョンに足を踏み入れる度、死に戻る。

罠に掛かっては死に、新しいモンスターに出会っては死ぬ。

だというのに何故かパーティは(かたく)なに組まない。


…正直、何を考えているかわからない勇者が不気味で仕方がなかった。


それでも彼に頼るしかない私は、諦めと呆れを滲ませながら彼を送り出す。

そんな状況がずっと続いていた。






…今宵は中々寝付けない。

諦めてベッドから降り、バルコニーへと出た。


少し高いところにあるこの城からは、この国が一望できる。

街の灯りがとても美しい。


…普段はこの国の王として、国のことで思考を埋められる。

けれど勇者が帰還した日には、どうしても妹のことを思い浮かべずにはいられない。


あれから半年。

あの子は今どうしているだろうか。


食事はとっているだろうか。

怖い思いをしてはいないだろうか。

泣いてはいないだろうか。


無邪気に笑っていた姿を思い出す度、胸が締め付けられるようだ。


たった一人の私の妹。

どうか、どうか無事でいてほしい。


祈るように両手を握りしめたその時、バルコニーの端へ影が降り立った。


曲者か。

人を呼ぼうと息を吸い込んだ瞬間、その影は自ら明かりをつけた。

ランプに灯った光がゆらりとその影を照らす。


「…勇者?」


そこには、先程謁見の間にて顔を合わせた勇者が立っていた。


「…このような時間に、何用だ」


ここは女性、ましてや国王の寝室へと続くバルコニーだ。

神託を受けた勇者といえど随分な無礼である。


…護衛は扉の向こう側、それに下階にも待機している。

大丈夫だ。何かあったらすぐに呼べる。


警戒しながら問いかければ、勇者は少しだけ逡巡する素振りを見せてから無言で何かを差し出した。


見ればそれは数枚の紙を丸めた書状のように見えたが、何よりもその留め具に全ての意識が集中した。


あの、小花の飾りは。


「それは…あの子の…っ!」


勇者から奪うようにその紙束を手に取り、それを様々な角度からじっくりと確認した。


間違いない。

これは私があの子に贈った髪飾りだ。


「これを何処で手に入れた!!」


吠えるように問うが、勇者は何も答えない。

その様子にカッとなり、思わず勇者の胸ぐらへ掴みかかった。

彼は驚いたように目を見開いたが、無抵抗にそれを受ける。


「言え!!」


息が掛かるほど近くへと迫ればようやく勇者は反応を見せ、胸元を掴んでいる手に彼の手が添えられた。


…震えている?


触れられた男性らしいゴツゴツとした手は確かに震えている。

放せ、という意図なのだろうが、それにしては力も弱々しい。


それに気付いて、自分の手からも力が抜けた。


様子を伺うように、勇者の顔を覗きこむ。


…綺麗な目だ。

それに、今までは気づかなかったが顔立ちも悪くない。

無表情なのが勿体無いくらいだ。


毎回死に戻っているとはいえ、経験値はそれなりに稼いでいるらしい。

出発時に比べ、体躯もかなり良くなっている。


いつの間にか怒りは引いて、勇者が何も言わないのを良いことにジロジロと顔を眺めた。


すると、彼の顔が段々と朱に染まっていく。

…なんだその反応は。面白いな。


「…っ、手紙を…」


とうとう堪えきれないといった様子で、勇者は顔を背けた。

…一言だったが、まともに声を聞いたのは始めてかもしれない。

そして指摘されてようやく、己の手に握られているものを思い出した。


勇者から離れ、先程よりも大分落ち着いた気持ちで紙束を見る。


手紙?もしかして、あの子からの?


そっと髪飾りを解いて、その中身を確認していく。


…そこには繊細で丁寧な、あの子らしい筆跡が並んでいた。






一通り読み、また読み返す。

それを繰り返してなんとか内容を噛み砕いていく。


その間も、勇者はずっとそこにいた。

何も言わず、ただじっと私の横に立っていた。


そうして時間を掛けて全てを理解した後、思わず深く息を吐いた。


…拐われた先で、妹はなんと魔王に恋をしたらしい。

大変見目麗しく、優しく、頼れる…人?なのだそうだ。

最初は怖かったが今は本当に幸せで、どうか結婚を認めてほしいと。今まで育ててくれてありがとうと、そう書いてあった。


…もう一枚、妹とは違う筆跡で綴られた手紙にはお互いの国の和平の申し込みと、謝罪と、改めて妹を嫁に欲しいので許しを、などと書かれている。


…到底理解しがたい内容だが、その文の端々からのろけ(・・・)と幸せそうなオーラが伝わってくるのだ。


「…はは」


乾いた笑いが漏れる。

力が抜け、その場に座り込んだ。


…生きていた。


生きていた…!


この半年、幾度も最悪の想像が頭を過っていた。

せめて亡骸だけでも帰ってきて欲しいと、そう思っていたのに。


生きている。しかも、幸せそうに。


「良かっ、た…」


手紙を強く抱き締める。

良かった。本当に良かった。

あの子は今も笑っているのだ。


油断をして涙が滲んだが、勇者がそこにいることを思い出し、咄嗟に顔を背けた。


王たる私が、人前で泣くわけにはいかない。


「…この手紙を届けてくれたこと、感謝する。…すまない、今は、少し時間をくれ。詳細は明日聞こう」


先程までの燃え上がるような怒りなど何処かに吹き飛んでしまった。

欄干を支えに立ち上がろうとするが、どうにも力が入らない。


それでもなんとか、と欄干にすがりながら無理矢理足を立てようとしていれば、不意に体を力強く抱き込まれた。


断りもなく肌に触れるとは。

これは流石に許容できず、非難するように声をあげた。


「おい、離…」

「女王さま」


耳元で低く呟かれ、思わず体が強張る。

夜風で冷えきっていた耳にあたる息が、酷く熱い。


引き離そうと手で体を押すが、びくともしなかった。

体にまわされた腕は自分のそれとは比べ物にならないほど逞しい。

なるほど、頻繁に死に戻っているとはいえ、常日頃から剣を振り回しているだけのことはあるのだな、なんて危機感のない考えが浮かんだ。


…あたたかい。

あの子が居なくなってから、人の熱など久しく触れていなかったな。


「ごめん、なさい」


小さなその声は、今にも泣きそうなほど震えている。

一体何への謝罪なのか、心当たりが多すぎてわからない。


「…それは、何に対する謝罪だ?」


なんとなくこの大きな図体に、叱られている子どもを重ねてしまって、強く言えない。


勇者は腕に一層力を込めて、答えた。


「…あんたが、好きだ」

「……は?」


その口から飛び出た予想外の言葉に、間抜けた声が漏れる。


城下の俗語(スラング)にはあまり詳しくないが、『あんた』は二人称を指す言葉のはずだ。つまり私のことだろう。


…私のことが、好きだと?

この、無口で無礼な男が?


その一言だけでも充分混乱したというのに、無口であったはずの勇者は立て続けに言葉を並べた。


「初めてお城に呼ばれたときから、ずっと好きだった。妹が拐われたってのに不安とか我慢して、立派に王らしく振る舞うあんたが。いつも夜こうやって祈ってるのも知ってた。旅の途中でもどうしてもあんたの顔が浮かんで、会いたくて…いつも死んだらあんたが居てくれるから、自分でもわかるくらい無茶して…何回も死んだ」


田舎なまりの強い言葉で捲し立てるので、理解するのに時間がかかる。

その上、こんなに口が回るのか、や、思ったより良い声をしているな、など関係のないことが気になってしまって尚更。


「その度に言おうと思ってたんだけど、お貴族言葉は苦手で、声がでなくて…。それに、その…あんたのその目に見られるとなんも言えなくなるんだ」


目?

確かに自分でも目付きは悪いと思っている。

なるほど、平民の出である勇者は今まで緊張して話せなかったのかもしれない。


…いや、しかしそれならば何故好きだなどと言うのだろうか。


言葉を理解しようとすればするほど、混乱していく。

ああ、心臓がうるさくて敵わない。


「…ごめん。その手紙、本当はずっと前に預かってたんだ。4ヶ月位前に、姫さんから直接」

「…何?」

「言わなきゃって、思ってたんだけど…言おうとしてたんだけど…言えなくて…」


そういえば4ヶ月ほど前から、急に死亡回数が上がったような。

そうか、そんな理由だったのか。


呆れを乗せて大きく息を吐くと、勇者はビクリと体を強張らせた。


「…何も知らず虚勢を張る私は、さぞかし滑稽だっただろうな」

「…ちが…」

「お前の姿を見る度に今回も駄目だったのかと絶望した。149回だぞ?それがお前のその惚れた腫れたの為だったと」

「っ、ご、ごめ…なさい、ごめんなさい…!」


勇者は震える声で謝罪する。

とうとう堪えきれなかったか、肩が生暖かいもので濡れていった。

王の服を濡らすとは良い度胸だ。


「顔を見せよ」


そう命令するが、勇者は無言で首を横に振る。


「見せよ」


口調を強めてみるが、見せないどころか回された腕へと更に力を込めた。

…痛い。肩がへし折れそうだ。


「…これ以上、失望させてくれるな」

「…っ!」


そう冷ややかな声で告げれば、ようやく腕の力を抜いたのでなんとか抜け出せた。

それでも顔は俯いたままだ。


押し殺したような嗚咽を漏らし、ぼたぼたと滴を落としている。

片手で顎を掴み顔を上げさせれば、今度は素直に従った。


その顔は、涙と鼻水で折角の端正さも台無しになっていた。


「…酷い顔だ」


堪えきれずに笑ってしまう。

しまったな。もう少しくらい仕返しをしたかったのだが。

その顔を見た途端、どうでもよくなってしまった。

それほど酷い顔だったのだ。


「…勇者よ、全て許そう。妹が無事であれば、それで良い」

「でっ、でも…俺が、」

「先程は意地の悪いことを言ったな。すまない。お前はよくやってくれたよ」


こんなことでだが、久々に笑った気がする。

なんだかとても晴れやかな気持ちだ。

つい先程まで泣きそうだったり、怒りに我を忘れていたのにおかしな話である。


細かいことなどどうでもよく思えた。

ああ、今日からはよく眠れそうだ。


目を見開いている勇者を見て、ふと約束を思い出した。


「そうだ、お前には褒美をやらねばな。明日、妹の無事を皆に伝える。それまでに何か考えておくと良い」


軽い気持ちでそう言った。励ますつもりでもあった。

約束であったし、国王である私ならば大抵のことは叶えられるから。


「褒美…」

「そうだ。お前の望みを言ってみろ」


失念していたのだ。

先程までのやり取りを。


「…じゃあ、女王さま」

「うむ」

「がほしい」

「……うん?」


ずいっと勇者が前に乗り出し、触れるだけのキスをした。


…は?


乾燥した唇が離れていくのを呆然と見つめる。


「俺と結婚してください」


勇者はぐちゃぐちゃな顔で、嬉しそうに笑った。






あの流れであれば、想定しておくべき事だったのだ。

そもそも、なぜ忘れていたのか。


「女王さま万歳!」

「ばんざーい!」


派手に飾り付けられた馬車の上から、歓声を上げる民に微笑み手を振る。

その付近の民衆は、更に沸き立った。


膝に置いた手に、少し荒れた手がそっと重ねられる。

その持ち主に視線を向ければ、緊張しきりいっそ無愛想な面持ちをが見てとれた。


「ご成婚おめでとうございます!」

「勇者さまー!女王さまー!お幸せにー!」



何度も死に戻った勇者の評判は、和平交渉が済むと掌を返すかの如く変わった。

危険な魔王城へ、単独使者として行き来した勇者、なのだそうだ。


そしてそんな勇者と妹を魔王へ嫁がせた女王の結婚を反対する者は居なかった。

強いて上げるとすれば年の近い宰相の息子が野心に破れてごねたくらいか。


出来る限りの褒美を、と約束していたのは己であるし、勇者が他には何も望まないと言うので渋々結婚を承諾した。

妹の事が落ち着いたら世継ぎの事も考えねばならないとは思っていたから、仕方がない。


「何を緊張する必要がある。民も祝福してくれているだろう」

「…む、無理、だ」


勇者は震える声で小さく呟いた。

その姿に胸が高鳴るのを感じる。


…実はあの夜から、勇者が可愛く見えて仕方がない。

叱られた子どものように震え、みっともないくらいに顔を歪めていたあの姿がどうしても頭から離れなかった。


私はどうやらこの男の情けない姿が堪らなく好きらしい。


「…お前の言った意味がようやく理解できた」

「……?」


『その…あんたのその目に見られるとなんも言えなくなるんだ』


彼はそう言っていた。


そしてあの時のように私が呆れや蔑みのような目で勇者を見ると、彼は謁見の間で見せたような目でただじっと私を見返すのだ。


どこか恍惚とした、それでも熱を秘めたような瞳で。


それはきっと、今の私と同じなのだ。



「しかたのないやつだな。私も、お前も」



目を丸くする勇者の顎を掬い上げて軽く口づければ、馬車は一際大きな歓声に包まれるのだった。



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[一言] とりあえず、魔王とやら・・・手紙じゃなくて直接謝罪しに来んかーい!とは思った というか、逆に4ヶ月も音沙汰が無くて向こうもガクブルしてたりして
[一言] ドM勇者……。 女王様、それでいいのか!? と思わざるを得ないのですが、彼女がいいのならそれでいいんでしょうね。
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