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15.ロザリンド・アナフガル

 





 ―――トモダチを悲しませた人なんて、絶対に許さないんだから。







「婚約成立の後に偽造硬貨の件が発覚したのではヴィーセル様に害が及ぶと、団長様やダニエル先生が婚約成立前にサプスフォード家の悪行を暴こうとしていたんですよね。証拠を揃えて、いざ乗り込もうとしたらヴィーセル様がアイリス様を見分けていて、一波乱起こしていて。どうしたもんかと皆でハラハラしてたんですよ」

「そうか」

「ステン・サプスフォードは偽造硬貨製造と王族殺害計画を企てていた罪で極刑間違いなし。アイリス・サプスフォードは偽造硬貨を使っていたことについて『お父様がお作りになったものなのに何がいけないのですの?』と一カ月たった今もご立腹。お父様を牢から出せとまったく事情を理解する気配がなく、まともな後見人も現れなかったことでこのまま修道院で更正指示。光の魔法使いは魔法を完全封印され、幽閉中。そうそう、砂漠の国から前王暗殺容疑で引き渡し申請が来たとか」

「そうだな」


 馬車の中で、砕けた口調でロザリンドが向かいに座るヴィーセルに話しているが、ヴィーセルの目は外を向きロザリンドの話に耳を傾けている様子はない。

 返事も適当だ。

 そんなヴィーセルの薄い反応を気にすることなくロザリンドは続けて口を動かす。


「ローレンさんはアイリス・サプスフォードの罪状軽量を条件に、サプスフォード家の悪行の証拠をダニエル先生に渡して、ダニエル先生が騎士団に通報。監視付きだけれど拘束は免れた。学園をやめて、目下アイリス様に毛嫌いされながらも定期的に面会に行っている……健気ですね」

「そうか」

「一連の騒動で王宮にも薬術師が必要と判断されたのは薬学協会として喜ばしいと思うんです。それにアナフガル診療所にご用達のお声がかかったのは大変名誉なこととも思っています。でも、お師匠様が今日私を指名したのは納得できないんですよ。だって腑抜け野郎……いえ引きこもりの王子……いや王子様の視察の案内役なんておこがましくて」

「誰が腑抜け野郎だ」

「やだ、しっかり聞いていたんですね。人が悪い。しかし何でここに、もっと人が悪くてお忙しい団長様もいらっしゃるんですかね」


 ここにきてようやくロザリンドがヴィーセルの横に視線を移した。車内にはロザリンドとヴィーセルしかいないというのに、優雅さと麗しさを微塵も損なわずアンドレイが座っていた。


「団長様……今日も無駄に見目麗しくていらっしゃる」

「君も無駄に元気ですね。ここにいるのはヴィーセル様の護衛だからですよ」


 当然でしょう、と涼しい微笑みを浮かべたまま片眉を上げる。それもまた絵になるなとロザリンドは思い、そんなことを思ってしまったことが不本意だと、湧き上がったもやもやを押さえるようにして腹を撫でた。


「護衛なら騎馬列でも良いでしょう。なんで車内にいるんですかね」

「動物つか……年頃の女性と王子を二人きりにさせるわけにはいかないでしょう。貴女は十六ですからね、見た目はどうあれ」


 言葉終りにアンドレイが、ふっ、と鼻で笑えば。

 また子ども扱いされた、とロザリンドはアンドレイに向かって舌を出した。

 二人のやり取りをぼんやりと眺めていたヴィーセルが、そういえばと口を挟む。


「ロザリンド。今日はフィデー鳥とドラゴンはいないのか? というか、よくあんなの連れていて学園は無事だったな」

「どちらも視察先、薬草園で待っていますよ」


 さすがに凶暴性ある二種は王子と一緒の馬車には乗せられないと、ロザリンドは視察前日にアンドレイからやんわりと断られた。それでも小竜の方は透明化してロザリンドと共に馬車に乗ろうとしたのだが、アンドレイに見抜かれて下ろされてしまった。ちなみに今回のヴィーセルの仕事は『診療所と薬草園の視察』であり、平民の診療治療とはいかなるものかを知ることが目的だ。

 小竜はヴィーセルの警護に同行していたアルジャックにお願いして、馬で駆けて薬草園へと先に向かってもらっている。薬草園には先にフィデー鳥が到着しているので、向こうで暇を持て余していることはないはずだ。

 サプスフォード事件から一ヶ月。今回の視察はヴィーセルにとって一カ月ぶりの公式の仕事だった。学園以外出かけることなく自室にこもってばかりのヴィーセルに対し、


「カビが生えるから、仕事しておいで」


 にっこりと笑んだ兄のビンセンスに自室から蹴り出されたのだ。ヴィーセルは、扉向こうで控えていたアンドレイに捕まりそのまま馬車まで連行された。その車内にロザリンドがいたわけであるが。

 目下アナフガル診療所の視察を終えて薬草園へ移動中である。


「あ、ヴィーセル様。フィーちゃんとドラコちゃんのこと、あんなのって言わないでくださいよ。わたしのトモダチですし、学園でもトラブルは無かったくらい良い子たちなんですからね」


 フィーちゃんとドラコちゃんに告げ口しちゃうぞと拳にした右手を振り挙げる。二種どちらも『あんなの』と称されたことを聞いたら、気を悪くして攻撃するだろうことをヴィーセルも察したようだ。


「すまない」


 小声での謝罪ではあったが、ロザリンドはまあいいかと拳を下ろした。そこで馬車が動きを止めた。

 目的地である薬草園に到着したのだ。広大な敷地を持つ学園と同じくらい広い薬草園だった。





 薬草園経営者の兄妹に挨拶し、薬草園内をロザリンドがヴィーセルを連れて歩きながら案内する。薬草園には小竜がいることで護衛の魔導士は同行しておらず、薬草園内はロザリンド、ヴィーセル、アンドレイの三人で移動していた。

 薬草のエリアごとにロザリンドは薬草名、薬草の特徴、効能などを何も見ていないのにすらすらと説明し、ヴィーセルの問いには間を置かずに簡潔明瞭に答えていく。いくつかのエリアをそうして廻っていると、ヴィーセルはとある薬草を見つめて足を止めた。


「あれは……」

「ああ、ウィダー草ですか。よくご存じですよね」

「嫌みな女だな」

「そりゃそうです。知らなかったとはいえわたしのオトモダチを悲しませていた相手ですからね。嫌味はいくらでも言いますよ」


 ヴィーセル様はもっと苦しめば良いんです。彼女は本当に素敵なオトモダチだったのですよ。

 ロザリンドは立場が上である相手にも関わらず思いを隠すことなく辛辣な言葉でヴィーセルに伝える。それに対し、ヴィーセルは顔を顰めるだけで一切反論はしなかった。


「で、ウィダー草には拮抗する草があるんです。コルネリ草……あれです」

「コルネリ草? あの白いヤツか」


 ロザリンドの指し示した先には白い葉の群生。一面真っ白で、一瞬雪と勘違いするような、白。

 そこには麦わら帽子を被った薬草園のスタッフが一人、ひざ丈のイスに座ってせっせと白い葉の上にある明るい黄色の実を摘んでいた。


「コルネリ草は葉が解毒作用を持っていて、実が滋養作用を持っているんです」

「解毒、か。……俺は様々な教育を受けてきたが、無知に等しいな」


 正しい知識を持たず、人の心も理解していなかった。

 そんな呟きが風に乗ってロザリンドの耳に届く。そして足元にはロザリンドの到着を待っていた小竜がすり寄っていた。ロザリンドは寂しかったよと尾を丸くする小竜に、しゃがんでその頭を撫でた。


「ヴィーセル様。わたし、ローレンさんに依頼されたんです」

「ん?」


 小竜を相手しながらの、独り言のような科白。けれど、始めに会話相手を指名したので、ヴィーセルは耳を傾けていた。


「アイリス様の影となっている人物を助けたい。ステン様は速効性の毒を求めているが、自分はそれを打ち消す解毒剤が欲しい。用意できるか、って。ステン様は彼女を使って毒の効果を確かめるつもりだから、って」

「……え?」

「丁度実験中だったので、良かったです。彼女の身体には毒が蓄積されていたし配分が微妙だしで難しかったけれど、彼女が仮死状態になるようにウィダー草にコルネリ草を混ぜたものを『毒』として渡しました」

「ロザ、リンド」


 上目遣いのロザリンドの瞳はヴィーセルを射ぬくように鋭い。

 そこにあるのは非難。

 ヴィーセル様は許せない、という思い。


「仮死状態の『死体』を、先生とお師匠様が解毒剤を持って隠れていた森に遺棄するようローレンさんが誘導して」

「……」

「で、彼女はお師匠様の治療で毒性は全て排出されて、先生の治療で無くしていた記憶を取り戻しました。今は長く離れてしまったご両親が到着するのを待っています」

「……ロザ……」

「そういえば、アイリス・サプスフォードは幼い頃、とある少女を気に入らないからと川の中に突き落としたことがあるそうですよ。その痕跡はステン・サプスフォードが綺麗に隠したみたいですが」

「な……」


 段々と神妙な顔つきになっていくヴィーセルを無視して、ロザリンドは二十メートルほど離れた、コルネリ草の実を摘むスタッフに声をかける。


「お疲れ様でぇっす! 頼んでいた分、摘めましたぁ?」

「ええ。これだけ詰めば足りるわよね」


 ロザリンドの言葉でスタッフは立ち上がり、摘んでいた籠の中の実が見えるようにロザリンドの方へ向けた。うなじまでしかない短い茶色の髪の、空色の瞳の目立つ所など特にないスタッフの少女はロザリンドが一人ではないことに気付き、身を強張らせる。手にしていた籠が揺れ、中の実がいくつも零れ落ちた。

 風が白の群生を揺らし、さわさわと音を奏でている。

 スタッフの肩には楽しそうに唄う、青い小鳥。しかし青い鳥はヴィーセルに気付いてピーと鳴き、威嚇する。

 しかしヴィーセルの目はそれを気にするでもなく、おそらくは気付いてすらなくスタッフの少女を凝視していた。


「ヴィーセル様は彼女のことをご存じですか」

「……知って、いる。ずっと……前から」


 わからないと言ったらそれまでだ。絶対に彼女のそばには近付けない。

 ロザリンドはそう決めていた。

 けれど掠れた声でのヴィーセルの返答。潤んだ瞳。小刻みに揺れる身体。その姿にロザリンドはこのまま何も言わずに見守ることを決めた。

 ヴィーセルはふらつくように少女へ近づいていく。あと数メートルで、というところで立ち止まり。


「会いたかった……ノエル」


 ヴィーセルが一気に距離を詰めて彼女を抱き寄せれば、彼女が手にしていた籠が地面に落ちた。

 彼女の肩から弾かれた青い鳥が、離れろと言わんばかりに嘴で何度もヴィーセルの首を突くが、ヴィーセルは


「ようやく、掴めた」


 そう言って腕の力を緩めることはなかった。

 痛い思いをすればいい。

 ロザリンドは友達に突かれているヴィーセルを見てそう思う。

 彼女を悲しませていたことは簡単には許せないのだ。

 簡単なことだったではないか。痛む足を抱え顰めた顔を見て


「痛むのか」


 そう聞くくらい誰にだってできることだ。なのに、足が痛んでいるのを知っていながらそんな簡単な一言を一度も言わなかったなんて、酷いではないか。

 薬草のことをよく知らないのに、ウィダー草を彼女に盛ったことだって許せない。己の不甲斐なさと、してきた仕打ちを全て打ち明けて謝罪して、彼女に許してもらえるまで頭を下げ続けて……まあ、彼女は早めに許すだろうけれど。

 彼女はヴィーセルのことが好きだから。記憶を無くしても彼のことは夢を見ることで忘れたりしなかったし。記憶を取り戻す邪魔をする魔法を掛けられていたけれど、それでも彼の夢を見続けていたのだから。毒物だったけれど、彼からの贈り物を嬉しく受け取っていたのだから。彼女は口にしていないけれど、ヴィーセルのことを好きなことは間違いない。

 ロザリンドは彼女には幸せになって欲しい。好きという思いが相手に届いてほしいと思っている。

 けれど、ヴィーセルが簡単に許されてほしくないとも思っている。

 まあ、彼女が許したとしても。

 ヴィーセルが泣いて事情を説明したとしても、ヴィーセルが彼女を愛していると繰り返し言ったとしても許さないと決めたトモダチがいる。彼女の『相棒』たるフィデー鳥だ。

 自身も幼くて悪意から守ることができず、消えてしまった『相棒』。

 大陸中を探し続けていたけれど見つからない『相棒』。

 『相棒』の微かな気配を感じて水の国王都にやって来て、騎士団に追われてロザリンドと出会ったフィデー鳥。

 そのフィデー鳥が、十年越しにようやく『相棒』に再会できたのだ。彼女とフィデー鳥は『相棒』に戻ったのだ。

 今度こそ彼女を守るのだとフィデー鳥は張り切っている。

 だからヴィーセルは頑張るしかない。情にほだされることのないフィデー鳥が、ヴィーセルを認めることができる『何か』を示すまで、ひたすら頑張るしかないのだ。

 『相棒』に許される日まで、苦しめばいい。


「貴女はヴィーセル様を彼女に会わせないと思っていたのですけどね」

「わたしが?」


 ロザリンドはいつの間にか隣に立っていたアンドレイを見つめたまま、心外だと言わんばかりに勢いよく立ち上がった。


「確かにわたしはヴィーセル様の味方はしません。でも、ノエルさんの応援は全力でします!」


 友達だもの。

 応援の理由はそれだけだが、ロザリンドにとって十分な理由だ。

 ヴィーセルに全身を包まれてその表情はうかがえないけれど、きっと困った顔をしているであろうノエル。今のノエルはヴィーセルを抱き返すことはない。なぜなら彼女は思い出したのだ。彼が誰であるのか、自分が誰であるのかを。

 水の国の王子であるヴィーセルと、天上の国で自然と共に暮らす鳥使いの一族。健全な精神と体を持つヴィーセルと、身体に障害があるノエル。

 ノエルは身分違いたと、ヴィーセルとは釣り合わないと決めてしまっていた。

 けれど、ロザリンドは白い群生の中で抱き合う二人の姿を数十年先の未来でも見ることができるだろうと確信している。

 根拠などどこにもないけれど、ヴィーセルとノエルが出会ったのも、ノエルとフィデー鳥が袂を離れたのも、ノエルがアイリスに成り代わったのも、ロザリンドとノエルが学園で出会ったのも、ヴィーセルとノエルが再会したのも、全てが神の思し召しと思っている。


 ―――ノエルが家族に囲まれて笑うことができるようになりますように。

 ―――悲しい笑顔ではなく、心から、周りから見ても幸せな笑顔になりますように。


 ロザリンドは心の中で姿見えぬ神に祈った。


「あの二人がハッピーエンドを迎えるには、ヴィーセル様が死ぬ気で頑張るしかないんですけど。でも、王子様と庶民という身分差は大丈夫なんでしょうか」

「現王妃は花屋の娘でしたし、王妃もあの『アイリス』を認めていたのでしょう? 身分など大した問題ではないですね」

「そっかぁ……わたし、ノエルさんなら王族の一員になっても大丈夫だと思います。わたしはごめんですけど。二度とマナーの授業なんて受けたくありません」


 個人授業と呼ぶにふさわしかったマナーの時間を思い出し、ロザリンドが身震いをする。

 それを見てアンドレイは唇の両端を上にあげた。


「ああ、そういえば学園でダンスの授業受けたのですよね。今度一緒に踊りましょう」

「まっぴらごめんデス!」


 ムキになってNO!を強調するロザリンドにアンドレイは笑みを零す。


「ではお茶を準備させますから、ご一緒にどうですか」

「……以前いただいた、天上の国のお茶を飲ませてくれるのならいいですよ。ドラコちゃんも一緒に」

「もちろん、よろこんで」


 アンドレイと合意に至ったロザリンドの足元で、小竜が楽しみだと言わんばかりに尾をピンと伸ばした。







 その後、ジョルディ・ロメイ家に天上の国から一人の少女と一匹の鳥が客人として招かれ、その少女はジョルディの後見のもと、王立学園に通うことになる。

 ヴィーセルが一つ年上の異国の転入生を常に気遣い、彼女の移動の際はどこからともなく現れて彼女の手を引く姿が見られるようになり。周囲は二人の姿や雰囲気を羨ましく思い、お似合いだと話題にしている、という話がロザリンドの耳に入ったのは、サプスフォード事件から一年経った頃のことだった。





次話で完結です。

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