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12.アイリス・サプスフォード

 






 王宮内、西にある神殿の、祭壇の間。

 一面真っ白な壁と柱。

 まるで、ヴィーセル様を初めて見たあの雪の日みたい。

 アイリスは記憶にある懐かしい日を思い浮かべる。雪が舞い散る中、アイリスはヴィーセルを見た。そして一目で恋に落ちた。

 銀髪で赤目ならばその少年は王子様だ、と父に教わったアイリスは、


 王子さまに相応しいのは、わたし。


 そう思った。

 父はいつもアイリスをお姫様、と呼んでいた。誰もが自分を可愛いと褒めてくれる。服を買いに行けば絵本の中のお姫様みたい、と称してくれていた。

 だからアイリスは自分が『お姫様』になることを信じて疑わなかった。

 その後すぐに『正式な挨拶』を交わして王子様、ビンセンスやヴィーセルと顔を合わせた。似た容貌の二人ではあったが、アイリスは雪の日に出会った少年のお姫様になるのだと決めた。なぜならアイリスの心を惹くのは常にヴィーセルだったからだ。常に射ぬかんばかりに自分を見つめる赤い目。その目に自分だけが映りたいと思った。

 だから、アイリスはいろいろと頑張った。ミドルクラスの時は傍にいたいが故に彼につきまとった。どれだけ自分が彼を慕っているのか知ってもらいたかった。彼が口にしない心の思いを代弁したりしていた。

 けれど、それではいけないと父に窘められた。なにがどういけないのかわからない。

 ただ、


「必ずお前をヴィーセルの妻にさせるから」


 アイリスは父の言葉を信じた。父は今までアイリスのどんな夢も叶えて来てくれたのだ。だからアイリスは父の言う通りにハイクラスに入ってからはヴィーセルに触れたい気持ちを我慢した。話したいことはあったけれど、声をかけることを控えた。

 我慢するのは婚約の儀までの間だと必死に自分に言い聞かせた。アイリスの努力を知っているステンは、休みの日にはアイリスの好きなものを買ってくれた。だから一年近くもヴィーセルと離れていても何とか頑張って来れたのだ。昨日も一日中指示されたことを頑張って守った。今日もドレスは指示された素材の物を身に纏い、飾り物は一切付けていない。

 今日アイリスは夢だった未来の第一歩を歩む。待ち望んだこの日。とうとう願いが叶い、ヴィーセルと婚約するのだ。

 白色の祭壇の前に濃紺の衣装に身を包んだヴィーセルが立っている。紅色のドレスを纏ったアイリスは静かに歩み寄り、ヴィーセルの横に並んだ。

 神殿にいるのはサプスフォード家から父と父が連れてきた魔導士数名。現国王と王妃、ビンセンス。彼らを護衛する第二騎士団の団長と彼に従う騎士たち、そして立会人である神官数名。

 二人の正面には白衣の高齢の人物。水の国の神官長だ。


「これより婚約の儀を執り行います」


 白衣の人物、神官長の厳粛な宣言に、アイリスは前に立つ精悍な男性を見上げた。

 初めて会ったときは同じくらいの背丈で、でも、北の館の庭で駆け回るなびく銀髪と輝く赤目に惹かれて。

 彼のお嫁さんに、お姫様になりたい、と強く思ったのだ。あれから約十年。色々と努力し、様々な我慢をしてきた。それでも彼に惹かれる思いは変わらなかった。だから頑張れた。

 今の彼は当時の面影は残っているものの、背は高く肩幅も広くなり頼りがいある男性となった。

 私は今日、正式にこの人の婚約者となる。やがて妻になる。

 アイリスは天にも昇る気持ちだった。


「私、ヴィーセルは学園での時間を一年共にしてきたアイリス・サプスフォードを婚約者として迎え入れたいと思います」


 ヴィーセルが放つ宣誓の声に、アイリスはその浮き上がる心を沈めることに努めた。

 彼は片膝を着いて、アイリスを見上げた。

 心惹かれている赤い瞳に、アイリスが映る。その瞳の自分を見つめながらアイリスも宣誓をする。


「殿下の思い、お受けいたします。私、アイリス・サプスフォードはヴィーセル殿下の意志に従います」


 そう告げてヴィーセルが差し伸ばしている手に手を重ねようとした瞬間。ヴィーセルは目を見開き、小さく息を呑んだ。


「……神官長、即刻この婚約の儀の中止を」


 動きを止めていたヴィーセルは言うなり手を引き下げて立ち上り、神官長と向き合った。そこに笑みはなく、むしろ怒りを含んだ表情だった。


「中、止?」


 ヴィーセルの突然の言葉に、その意味がわからずこれ以上ないくらい目を見開いてアイリスは混乱する。神官長も回りの立会人からも『どういうことだ』といった動揺の声が大きくなっていく。


「ヴィー、セル様? 一体どういう……」

「貴女がアイリス・サプスフォードではないので、婚約の儀を中止させてもらう」

「わたくしはアイリス・サプスフォードですわっ!」


 それは紛れもない事実。故にアイリスの表情は、瞳は、声は、真実の響きを持っている。アイリスの甲高い声に周囲は静まり、それを間近で目に、耳にしてヴィーセルは顔を下に向けた。


「失礼しました。確かに貴女はアイリス・サプスフォードなのでしょう」


 言ってから数秒目を閉じたヴィーセルは静かに顔をあげた。


「しかし、先ほど宣誓した『この一年、学園で私と共に過ごしたアイリス・サプスフォード』は貴女ではない」


 ヴィーセルの断言に、アイリスの眉根が寄る。


「何を、言って……」

「今、貴女の爪は色付けしておらず自然のままでしょう」

「爪?」


 ヴィーセルの赤い瞳がアイリスの手の爪先を見据える。


「私はハイクラスに入ってからずっと、アイリス・サプスフォードに薬を飲んでもらっていたのですよ」


 ヴィーセルからの思わぬ告白に、薬? と眉を顰めて周囲が囁きあう声が聞こえる。身に覚えのないアイリスは首を傾げた。


「薬など、知らな……」

「誰にも知られぬよう、飲んでもらっていました。そしてその薬は、爪にその痕跡を残します。あなたの爪はとても健康的で綺麗なピンク色です。だから薄紅色の爪をしていない貴女は、先に宣誓した『学園での時間を共にした』アイリス・サプスフォードであるはずがない」


 ヴィーセルは呆けるアイリスと憤りの表情を浮かべるステンに視線を交互に巡らせ。


「よって、貴女は私の婚約の相手ではない。私の婚約者となる『アイリス』は、今どこに?」




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