11.ステン・サプスフォード
読み飛ばしても大丈夫な話です。
スタンサプスフォードは己の運命を過去に何度も呪った。
水の国第一皇子という立場。生まれた時から銀髪の赤目。父と自分以外にその容貌の人間はいなかったので水の国の誰からも次期国王と望まれていて、いずれは国王となるはずだった、のに。
二十年前、父王が急逝した運命の日。ステンの瞳は一瞬にしてオレンジ色に変わった。そして自分が座るはずだった椅子は、神殿の奥で隠れるように暮らしていた腹違いの弟のものとなった。白髪の赤目であったはずの弟の髪は実は生まれつき銀髪で。亡き王の妾であり腹違いの弟の母親でもある女が、無益な争いに巻き込まれぬようにと子の髪を鬘で隠していたのだった。
自分が手にできなかった水の国の王座を手にした弟は、数年後には神皇の信託で天上の国の王となった。空いた水の国の玉座。今度は己がと思っていたのに、切望していた水の国の王を継いだのは、瞳が青から赤に変化した従兄弟だった。
なぜ自分は王になれないのか。なぜ神は自分を選んでくれないのか。
ステンはずっと恨んでいた。弟を、従兄弟を、自分以外の国王を受け入れる水の国の国民を、神を。
妻は王妃になることを夢見ていた女性だった。病がちな女性でもあった、立て続けに夢破れて意気消沈した彼女は娘を産み、この世を去った。
「この子が、叶わなかった王妃になれたらいいのに」
愛し子にそんな嘆きの言葉を残して。
そして妻を亡くしてしばらくしてからステンは彼に出会った。全身黒づくめの白髪の男。見たことがない文字を用いた魔法陣と、聞いたことがない言葉の呪文魔法を使う魔導士。
「私が必ず貴方を王の座に」
白髪の男は言った。
「銀髪の赤目」ではないけれど、ステンを王にしてみせると。王候補者は全て消し去ってやると、そう言った。
アイリスが王妃の座を望むのであればヴィーセルをその座に、とステンは妥協したこともあったが
「わたくしはヴィーセル様のお嫁さんに、お姫様になれればいいの。お父様が王様だったら、素敵だと思うわ」
その言葉でステンは決めた。アイリスをヴィーセルの妻にし、邪魔者を排除し、王座は自分の物にすること、権力を我が物にすることを。
となれば、ステンが王になるには現国王を排除しなければならない。次期国王候補のビンセンスも。彼らを排除するにも王宮には神に仕える神官と、火水土風の精霊と契約をした魔導士がいる。彼らの魔法は強力だ。簡単に事が運ぶはずがない。
だが白髪の魔導士は必ず現国王とビンセンスを抹殺する、とステンに約束した。ヴィーセルはアイリスが欲しがっているからと抹殺の対象から外した。
ステンは自分の味方を作るために、金をばらまいた。足りない分は白髪の魔導士が金を「作った」。
彼の魔法はこの大陸では感知されないようで、偽造硬貨は誰に気付かれることもなく流通している。
彼と出会って話をしているうちにステンは彼が「大陸外の人間」だということを悟った。光か闇かわからないが、この大陸では使えるものがいない魔法を操る魔導士。
この男がいれば、王になるという夢は叶うとステンは信じることができた。
「ヴィーセル様のお嫁さんに、お姫様になりたい」
愛娘の、幼い頃からの夢。娘の願いは叶い、延いては妻の悲願が叶うのだ。
ステンはアイリスの夢が現実となるように様々なことをした。その努力が実りようやく明日、ヴィーセルとアイリスの婚約の儀を迎えることになった。
夜更けの書斎。この場にいるはステンと白髪の魔導士。書斎には通常よりも強い結界が張られているので、会話の内容を気にする必要はない。
「手筈は?」
「滞りなく進んでおります。かの娘も、計画通り」
そうか、とステンは頷いた。全ては順調。神は、自分に試練を与え、しかしこうして王座に関わりを残してくれた。
「かの娘はいい仕事をしてくれたな」
スタンは満足げに笑った。
「調達した毒薬の効果は確認しました。あれならば神官や魔道士の回復魔法は間に合いません」
「そうか。近々ビンセンス殿下は病死されるな。国王もすぐに……ふふ……っ」
夢見ていた王座。己の妻には与えられなかった王妃の称号を、いずれはアイリスが。なんと素晴らしい未来。
「貴殿には大変感謝している。貴殿と出会ったのは運命なのだろうな」
ステンは傍らに立つ魔導士を仰ぎ見る。
「そなたの魔法はこの大陸の誰よりも勝る。これからもよろしく頼む」
静かに頭を下げて了承を伝える魔導士の姿を目に留め、ステンは満悦の吐息を洩らした。




