星に 願い を
「イズミ、ちょっと相談がある」
彼、御厨 征四郎はその端整だけどどこか感情の欠落したような顔で私に言った。
「またしょーもない話でしょ?」
「仕様もない話なんてお前に話したことはない」
まったく、一体どういう脳回路をしているの?と思う。ついこの間も横断歩道の白塗りとアスファルト、どっちに足を下ろすのが本来の正しい在り様なのかなんて、相談という名の演説を繰り広げたくせに。
「まあいいわ、それでどうしたのよ?」
せーしろうは、小学校の頃からの幼馴染だ。中学の時も、高校に入った今も成績は常に学年の三指に入るほど、頭はかーなーり良い……
「星に願いを、って言うのがあるのは知っているだろう?」
「珍し、ロマンチックな話じゃない」
「今、どうしても叶えたい願いがあって、毎晩流れ星に3度願い事をしようと試みているものの……どうしても流れ星が消える前に願いを言いきれない」
……けれど馬鹿だ。
せーしろうは要領がよくって、2,3を以って10を知る人間のくせに、それに理解が伴わないと気持ちが悪いらしい。
つまり、知るっている、覚えている、ではなくて、事象を掌握したい、識っていたい人間だ。そのための演説は昔から繰り広げられてきて、もう私はすっかり慣れっこになってしまった。
「そりゃそうでしょ、アレは『言い切れない』からこそ、言い切れた時ご褒美に願いが叶うんじゃないの?」
「そんなことはわかっている。ただしそんな理屈で諦められるような願いとは違うんだ」
馬鹿正直に声を張るせーしろうの目はキラキラしてた。
「ほんっとに不器用馬鹿ねぇ」
「馬鹿め、馬鹿といった人間こそ馬鹿なんだ」
で、時々本当に馬鹿。顔が整ってるせいで感情が顔に出にくいけど、こんなときくらいはまあ、可愛いとは思う。
馬鹿のなんたるか、なんてことを延々脱線して話し始めたせーしろうを手で制した。
「はいはい、脱線しちゃってる。馬鹿なんていってゴメンナサイでした」
テキトーに謝ったら不完全燃焼気味に頷いて、せーしろうは咳払い。
「それで?大体話の筋が読めたけど、ソコまでわかって次は何をしたのよ?」
こんなときに、高々言い切れないくらいで諦めるやつなら、私にこんな話を持ちかけてなんてこない。それはわかっていた。せーしろうは、うむ、なんてまた何度か頷く。
「まずは、どれくらい早口で願いを言えるかを考えてみた。同時に願いの文章を効率化して、いかに早口で言いやすく直すかということも考えてみた」
「……まあ、その辺りよね」
既に敗北の匂いが濃厚に漂っているものだから、思わず苦笑してしまった。
「願いの文章を効率化することについてなのだが、これは不可能だ。もともとそれ程複雑な願いではない上に、これ以上効率化しようとすると願い自体が意味不明な単語の羅列になってしまう。よってそれは真っ先に却下。次が早口言葉なのだが……」
「ねえ、話の腰を折ってしまうけど、そのどーしても叶えたい願いってなんなのよ?」
「ん、……まあそれは追々話すとしてだ。順を追って話していきたい」
珍しくせーしろうは少しだけ言葉を濁した。話の腰を折られるのが嫌いな癖に文句も言わず、なんだか急かされたように話を続ける。
「次が早口言葉なのだが、仮に、流れ星が最大で1秒間流れるとして、24文字の3倍、計72文字を唱えあげるというのは、人間の言語能力の限界と言う意味で、不可能に近い。そもそも言語が発達した人類には、残念ながら一瞬で意思疎通をするための言語というものも一部の寒い地域の方言などを除き、既に殆ど残されていない」
「話始めに『まずは』って言ってたから概ね予想通りだわ」
「しかし、特訓の結果、一度ならば24文字を唱えきることが出来るようになった」
「へぇ、1秒で24文字も?凄いじゃん、ちょっと聞かせて?」
「うむ」
せーしろうは大きく深呼吸をしてみせた。
「■■■■■」
なんだか、グレイとかアダムスキー型円盤が地球との更新に発しそうな、人類の文明の斜め上を駆け抜ける音がせーしろうの口から流れ出た。
「気持ち悪っ……何よそれ」
「願いを言ったんだ。これくらいじゃなきゃ唱えきれない」
「もう既に願い云々って言うより人間の言葉じゃないわよ」
「録音して早送りした音を目標に特訓した。これを録音してスロー再生させるとちゃんと願いになるのは確認済みだ」
「そ、そう。……頑張ったのね」
「む、それ程でもないのだが」
照れ隠しらしい咳払いを何度か繰り返して、せーしろうはまた口を開いた。
「それで思いついたのが、今の声を録音し流れ星が流れた瞬間に再生したらいいのではないか、という案だ」
もったいぶって、せーしろうは天に向けて指を突き上げる。
「流れ星に願いを唱えるという、古来伝承の資料を読み漁り、研究した結果、いずれの資料にも『肉声でなければならない』という文章は添えられていなかった。つまりこれは必ずしも願いを肉声で唱えなくてもよい、という意味としても取れる。これを利用しない手はない」
「ちょっと待って、それはおかしいよ」
本当に珍しい。せーしろうらしくない。そんなところに『せーしろう節屁理屈』の綻びが出来るのなんて何時以来だろうと思うほど、私にもすぐわかる破綻がそこにあった。
「む……」
せーしろうはむっつりと黙り込んだ。二の句を継がないということは、もしかしたらその綻びに気付いていたのかもしれない。というか、このせーしろうがそんなことに気付いてない筈は無いと思うんだけど……。
でも綻びに気付いていたならば、仮定の話であっても一つの手段として私に話す筈は無い。
「なんだ、どこがおかしい?」
「うん、『流れ星が流れている間に3度願い事を言う』とか、『3度願いを唱える』っていうのが一般的な伝承でしょ。確かにレコーダーとか、iPodとかで願いを三度に増やすことは簡単に出来るだろうケド、それは願いを『流している』のであって、『言っている』とも『唱えている』とも違うよ。そもそも、この2つの言葉は根本的に肉声であるという意味を含んでいるでしょ?」
たっぷりと間を置いて、せーしろうは噛み潰した苦虫を飲み下したようだった。
「うむ、確かにその通りだ」
力なく、突き上げていた指を下ろす。
「それに、この案にはもう一つの欠点があった。人間の反応速度の限界が0.1秒であるのは周知。仮に0・11秒で流れ星に反応してそれらの機器の再生を実行しても、タイムラグで録音した願いが間に合わなかった。『肉声ではない』という我ながら強引な理屈を押し通す為の、せめてもの礼儀として録音した願いをデジタル処理で更に早くするなどの処理はしたくなかったしな」
「やっぱり気付いていたの?」
「ああ。そこが、俺の限界だ」
本気でうなだれるせーしろうはなんだか小さく見えた。話している内容はお馬鹿なのに。
「じゃあさ、今夜乙女座流星群が来るって話だからその時に願いを言えばいいじゃない」
「駄目だ。流星群は複数の流れ星が見えるというだけで、『流れ星が消える前に三度』という文章と噛み合わない。やはり願いは一つの流れ星にのみ願うものだ。そして仮に、誰かがそれに願い、願いを叶えたとしても、俺は複数の流れ星の祝福ではなく、たった一つの流れ星の祝福が欲しい」
幼馴染だったけれど新発見。せーしろうは思っていたよりずっとロマンチストだ。なんだか背筋がむず痒いケド。
「だから、相談したわけだ。イズミ、知恵を貸して欲しい」
せーしろうはうなだれたまま、でもしっかりとした口調で言った。もしかしたら、これはせーしろうの敗北なのかもしれない。
「なんだろ?何かムカツク」
口を突いて、そんな言葉が出てきた。
自分のその声を聞いて、なんだか不定形だったもやもやの理由がはっきりと輪郭を持った気がした。
「あー、そっかー……そっかー」
一人納得した私を、怪訝な顔で見つめるせーしろうの肩を、ビシリと一発ひっぱたいてやった。
「あのね、その叶えたい願いがなんだか知らないけど、男のアンタが星に願いをなんて言ってる事がそもそもおかしい!それだけ一生懸命努力するなら、初めからそれを叶える為に努力しなさいよ!」
「失敬だな、そんな努力はとうの昔からしているに決まっているだろう!」
「だとしてもそんな無駄な努力をする暇なんてないはずでしょ!あー論点が定まらないっ!大体相談に乗ってるのにこれだけ引っ張って、願いって一体なんなのよこのトーヘンボク!」
せーしろうは一瞬気圧されたみたいに黙り込んでから、めちゃくちゃな抑揚で叫んだ。
「イズミイズミトケッコンヲゼンテイニコウサイシタイ、だ!」
「何!?はっきりと、明確に、聞き取りやすく!」
「……伊豆見 唯澄と結婚を前提に交際したい、だ」
「……え?…ん?」
あれ、今?
「伊豆見 唯澄と結婚を前…」
「ストーップ!」
咄嗟に頭に血が上って、体を重力に振り回される感じがした。で、とりあえずせーしろうに向けてばたばたと手を突き出した。
せーしろうはそれをいとも容易く捕まえて、真っ直ぐにこっちを見つめてくる。
「イズミ、俺と付き合って欲しい」
何だコイツは。
ロマンチストなんて大嘘だ。
油断ならならないわ。
全然雰囲気ないじゃない。
隙を見せてはいけない。
逃げてみようか。
そんな言葉が頭をよぎった。
「……う、うん」
せーしろうは掴んだ私の手を優しく離してから屈託無く微笑んできた。
ああずるい、その顔はずるい。やっぱり油断ならない。
やたら熱い顔を手で仰いで、ふと思い出した。
『ん、……まあそれは追々話すとしてだ。順を追って話していきたい』
さっき、せーしろうはそんなことを言った。
「なんだろ。なんかムカツク」
コイツはやはり油断ならないぞ、なんて耳元で私が囁く。
でも。
「今夜、乙女座流星群を見に行かないか?」
「……うん、わかった」
せーしろうの初黒星が私だってのは、まあ悪くないかな。




