氷の魔王~凍てつく心が溶かれる日~
昔々とある世界に冷酷無比な魔王さまがいました。
その魔王さまの心を揺り動かしたのは…。
昔々とある世界に冷酷無比で有名な魔王さまがいました。
手下たちの魔物たちが魔王さまの不興を買うと、「お前たち…よくその間抜けた面私に見せられるな」
と冷酷に笑い、お得意の氷を使って手酷く仕打ちをします。生ける氷人形作ってしまうほどに…。
その為人間魔物問わず「氷血の魔王」と恐れられていました。
だから昔は彼のどんな永久凍土も叶わないほど凍てついた心を溶かす存在など
現れないと言われました。ほんの数百年前に「彼女」が現れるまでは…。
冷酷無比で有名な魔王さまでしたが、彼女には違ったようです。
それは人間の、それもなんも不思議な力も持たない女性でした。
昔は「人間は愚かでか弱い生き物だ」と嘲っていましたので、そのことを知る者たちにとって
寝耳に水な話だったでしょう。
とにかくその女性の前ではいつも凍てついて相手をすくませるオーラをこれっぽちも見せず、
春の雪解け水のような優しさを見せていました。えぇ普段の恐ろしさをこれっぽちもださずにです。
まぁその女性の知らぬところでは相変わらず冷徹な魔王さまだったのは別の話です。
まずはその女性との馴れ初めを話しましょう。
数百年前の魔界は群雄割拠の時代でした。力なき者は無残に滅び、あるいは吸収されました。
その動乱の最中魔王さまは命に関わるほどの重傷を負ってしまい、人間界に落ち延び倒れ果て、
その女性に介抱されたのが出会いでした。
手負いで動けない魔王さまは人間に介抱されるのをひどく拒みました。
「私に構うな。お前ごときに触れられたくはない…」
息絶え絶えでろくに体を動かせないのに魔力もすっからかんなのに眼だけはあの他の誰でも追従させない凍てついた目で彼女を拒もうとしました。魔界の動乱でひどく傷つき、意図せずに人間界に落ち延びる羽目に
なったとしても普段見下している人間どもの世話になるのは氷の覇者たる己の誇りが許せない。
息を荒く乱し、全身がボロボロで血だらけで抵抗を試みました。
しかし彼女は日溜りのような笑顔で介抱する手を止めようとしませんでした。
「きっとひとく辛い目にあわれてたのだから心が荒ぶっているのでしょう。
困っている人は見捨てることできません。」
日溜りのような笑顔を持つ彼女は意思を定めたら譲らない眼差しで魔王さまに語りかけました。
魔王さまはそのまなざしに虚をつかれてしまい、「す、好きにしろ…」となすがままにさせました。
すると彼女はあの笑顔で「好きにします」と微笑みました。
その笑顔に魔王さまは凍てついている心の持ち主のはずなのに、ほんのりと熱くなった気分になり
「そ、そうか」決まり悪そうにそっぽ向きました。
介抱中その娘は色んな話をしました。この地域のこと、季節のことなどいろいろです。
最初は魔力は数日経たないと戻らず従って自己治癒を高められないので、魔王さまは仕方なく耳を傾けていました。だがしかし魔力がある程度戻っても彼女のつむぐ話を聞きたくてあえてそうしませんでした。
というのも彼女の語る話が機知に富んでいて面白く興味深ったからです。
今まで魔王さまは人間を蔑みはしても関心を持つことはありませんでした。
「今度人間界征服を思い立ったとき、戦略の参考にしてやるか」とか
「力がなかなか戻らない故退屈だから聞いてやっているのだ」とか変に口実をつけて聞いていました。
ところで彼女は魔王さまのことをどこかの戦いに敗れて落ち延びたどこかの騎士かなにかと
思っていたようです。
「騎士様は回復されたら故郷に帰られるのでしょうか。故郷では貴方の帰りを待つ人いるのでしょうね。
故郷はどんなところかしら?」
ようやく体を起こせるようになった頃彼女はそんなことを聞いてきました。
というのも魔王さま人間界に渡って力を失った時、普通の人間と変わらない姿に
なってしまったからです。魔王さま自身もどうしてかは分からないようですが。
(隠すべきことは隠す。だがそれは嘘ついていることではない)
自分の正体を伏せて、すごく寒い地域から来たことと敵対する陣営と一戦を交えてひどい手負いで
倒れてしまったことを話しました。
最初の頃は「もし彼女に自分の正体を知らせたらどうその穏やかな笑顔が恐怖におののいた顔に
満ち溢れることやら」と意地悪くほくそんでいたのにです。
力も失い人間と変わらない自分を見て誰が魔王と信じるでしょうか。
だから魔王さまは力満ちるのを待っていたはずなのでしたが共にいる時間が長くなるにつれ、
正体を知られるのが怖くなり躊躇いました。
「まずいな。我らが命半分にも満たぬかよわき人間の女に躊躇いを覚えるようになるとは…
いっそ我が氷を持ってこの陽の光を凍らせて粉々にしてしまえばいいのではないか」
自分は『氷血の魔王」…。孤高を尊び、永久氷土の冷徹さで蹂躙する。
それが己の生きる道だと定めていたのに…。
そもそも彼女とは寿命が違いすぎる。彼女といられるのは自分にとってほんの一瞬…。
彼女に取り残されたらどう自分は生きていけようか。
彼女と出会って1週間後の更けた晩。
自分が寝ているベッドで顔を伏せて眠っている彼女を黄金の天にそびえる2本の角を持つ頭とどこまでも深い蒼を持つ瞳と鋭い牙を持つ本当の姿で眺めて苦悶していました。
(これでは…私が彼女に心を許しているようではないか)
このまま長居していてはお互いによくあるまい。
そっと起こさないように起きないか彼女を観察しながらベッドを抜け出しました。
(本当によく寝ているな。まぁ、起きないように氷の眠り魔法をかけておいたから無理もないか…)
魔王さまは寝ている彼女の頭に手を触れようとするも触れるか触れないかの距離でやめました。
「…この私がお前に触れる資格はないか。この幾重の黒ずんで血まみれになったこの手では…」
と空を切って掴んだ手のひらを眺めて魔王さまは小さく苦笑しました。
「だがこれだけは言わねばなるまい。世話になった。ありがとう。」
彼女に向けた人差し指に力を込めながら挨拶しました。その時の表情はどこか寂しげに微笑んでいましたが
これならば自分に関わったからと害するものが来ても当面大丈夫だろう。
彼女に密かに結界を施しました。
そして振り切るかのようにマントを翻し、彼女から目を背けました。
「さらばだ。達者でな」
魔王さまが消えたその翌朝。
彼女は気だるい眠気に苛まれながら体を起こすと、
看病していたはずの男がいなくなっていることに気づきました。
「どこにいってしまったのかしら?」
彼女は慌てて外に出て男を探しましたが、見つかりませんでした。
一通り探した後で疲れ果て、自分の家に戻り床に崩れ込みました。
息を切らし整えながら彼女は男のことについて考え込みました。
彼はやっぱり普通の人間じゃなかったんだわ。
近くで戦があったと聞かないのに全身傷だらけの男。
例え遠くで戦に出ていたとしてもここまで落ち延びることは難しいだろう。
だから普通の人間ではないと思った。
彼が普通の人間じゃないと気づいたとしても、傷だらけになっている人を放っておけなかった。
男は何故か殺気立っていて人間がどうのこのと小さく喚いていたが、怪我で気が立っているのだろうと
気にしなかった。今思えば彼は人ではなかったのかもしれない。
看病がてらに色んな話を聞かせると彼が次第に耳を傾けてくるのがわかった。
時折面白そうに小さく笑ったかと思えば、ハッと思い出したように恥ずかしそうに布団に潜り込む。
不器用で殆ど何も話さなかったけど、彼は本当は優しい青年だと思い、彼の吸い込まれそうな深い蒼の瞳
とともに惹かれていった。
いつか本当にどこから来たのか話して欲しいと思っていたけれど。
自分から聞くのは躊躇われた。それをした時の彼と答えを知った時の反応が怖くて聞けずじまいだった。
いつか彼から話してくれる。どんな答えでも黙って受け入れよう。
そう思っていたはずだった。けど何も言わずに彼はいなくなってしまった。
例えどんな答えが返ってきたとしても聞けば良かった。
それなら胸の奥に芽生えた想いを凍らせ、終わらせられたのに
床にポツポツと大粒の雨が流れた。凍らせて終わらせたい想いがいつまでも溢れ出てきた。
「おい、いいのか?」
「これで良かった。お互いにこれが最善だった」
どこかの世界の果てでヒソヒソと会話する男どもの声がする。
とある世界のとある場所で2人の男どもがなにやら覗き込むような格好で言葉を交わしていた。
一人は深い蒼の瞳を持ち黒髪の偉業の男。もうひとりも同じような姿だったが、全身黒ずくめだった。
「氷結の。お前まさかこのままで終わると思っているのではないだろな」
そのやや挑戦的な言葉に「氷結の」と呼ばれた男は戦慄した。
「まさか、お前。彼女に何か手を出したんじゃ…それならばいくら悪友とは言えど…」
男が激昂するにつれて周囲が冷え冷えとしたオーラに包まれた 男に触れたものに霜や氷柱が
できかけていた。にも関わらずもうひとりの男は余裕の姿勢を崩さず意地悪げに笑って見ていた。
「お前があの娘に守りを与えた時点で、お前を恨みのし上がりたいものらにとって格好の口実を
与えたんだよ。お前は彼女を巻き込みたくないと思いついしてしまったかもしれないがな。」
男の目とは対照的に血のように紅い瞳で睨み返しながら言葉を続けた。
まるで何かを測っているかのように彼を見つめる。
「くっ…!」
それを告げられて男~魔王さまは唇を噛みました。
聡い魔王さまは迂闊に彼女に加護を与えたことがかえって彼女を危険にさらすことになったかもしれないと
思い立ってしまったからです。
「な、ならば…。私に仇なそうとする輩の芽を見つけ次第早急に摘んでしまえばいい」
「何を馬鹿な事を言っている。それでは余計な敵まで作ってしまうぞ。」
眉をひそめもうひとりの男はいつも冷血なほどに落ち着いてる男が妙に気がはやっているなと嗜めた。
「ここは力が制する世界だ。強きものこそが君臨し、弱きものが滅ぶ。
その暗黙の掟を貴公は忘れたとは言わせまい?」
と軽く鼻で笑い魔王さまは挑むかのように言った。それを聞きもうひとりの男はしばらく黙って見ていた。
しかし軽くため息をつき、返した言葉に魔王さまは返答に窮してしまうこととなる。
「今の姿…彼女に知られたらどう思うのだろうな。まさかその冷酷無比な姿を彼女に見せたわけではあるまい?」
「…っつ!」
「ならば、取るべき手段は一つだ。だからお前は私のところに来たのだろう。凍てつかない想いをどうにかしたくて」
「答え」を聞いたあと魔王さまはしばらく考えていましたが、やがて「検討する。ではまた」とだけ言って消え去りました。取り残されたもうひとりの男はしばらく黙って見ていましたが、やがて深い溜息をつき呟きました。
「人間と魔族の長の恋か…。ありえないこととは言っても同じ心を持つ者同士惹かれあい、己のそれぞれの立場を顧みて苦しむ。さて、我が友人の結末は一体どうなることやら」
先程まで見ていた水鏡の様な物に目を移した。
それから約1か月後。
あれから彼女は時折男のことを思い出しながら平穏に暮らしていました。
いつもよりもひどく寒い日でした。
(あの方を助けたのもこんな風に寒い日だったわね。)
そう独り言ちながら窓の外を眺めていました。
その時唸るような風の音がしました。ほぼ同時に扉をノックする音がしました。
誰だろうと彼女は思いました。
ほとんどひっそりと暮らしてきた彼女を訪ねるあてなんてほとんどいません。
不思議に思いながら扉を開けてみると目を見張り息をのみました。
ややきまり悪そうに目を泳がせていますが、先日助けた彼だったのです。
「ど、どうして…。こちらへ」
驚きのあまり彼女はようやくそれだけを言いました。
「先日瀕死になっていたところを助けてもらった礼をしなくてはほかの者に示しがつかぬと思ってな。恩を返すまでにお前のそばにいようとおもったのだ」
魔王さまは再び訪ねた理由と自分の正体を話しました。
「お前が直々に彼女を守っていればそうやすやすと手出しできないだろうし、何よりお前自身が安心するだろう。人間界での生活も悪くないかもしれないぞ。」
魔王さまは悪友に助言され、実行するために1か月かけて根回ししました。
(その間魔王さまの周囲ではかなり殺伐としていたのは別の話である。)
「…というわけだが、お前は嫌か?」
ややためらいがちに手を差し出しました。
すると彼女は涙を目に浮かべ、「いいえ。こちらこそよろしくお願いします。」
にっこり幸せそうな笑みで男の手を取りました。
それから間もなく魔王さまは彼女に自分以外には知らない真名を教えることになります。
二人が時が許す限りいつまでも幸せに暮らしたということです。
。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
魔王さまと心優しき少女がどのように暮らしたのかまだ作者である私ですらも分かりません。
結末を決めるのはあなた次第です。
この後「もしかしたらこうなるのかも」という話でこの物語は完結します。
(気になる方はそちらもお読みいただけると嬉しいです。)。