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世界の終わりと生まれ変わり

 亜子が死んでから随分時間が経った。

 いよいよ来週百五十歳になるという今も、亜子の生まれ変わりは見つけられずにいる。もう私には時間も金もない。

 いっそのこと、あと一週間の時間を時間屋に売ってしまおうかとも思った。しかしそれでは、亜子との約束を自ら破ることになる。今は残り少ない時間で亜子に会える奇跡にかけるしかない。

 今も昔もあまり変わらないが、私の生活の中で変わったことは亜子がいなくなったことと、自分でできないことが増えたことぐらいだ。

 百歳を過ぎたあたりから、意識や考えははっきりしているのにできないことが増えていった。きっとこれは身体が寿命を超えて生きていることを拒否しているからだと思う。私の身体はもうとっくに限界を超えているようだ。

 そんなことを考えながら外を歩いていると、私の世界がぐるっと回った。ほんの一瞬の出来事だったから、いつもの勘違いかと思ったが、すぐに違うとわかった。車に轢かれてしまった。自分が轢かれたことを自覚すると同時に、私の意識は遠のいた。


 *


 気が付くと白い天井を眺めていた。

 ここはどこだろうと考えていたら、私の名前を呼ぶ声がする。

「名倉さん、気が付いたんですね、ちょっと待っていてください。 先生を呼んできますから」

 若い看護師だなと思いながら、今日が何日か確認する。幸いすぐ近くにデジタル時計があり、今日の日付を確認できた。

「まいったな……」

 明日が私の誕生日だ。もはや亜子に会うことは絶望的だろう……。

「名倉さん、あなた、百四十九歳でしょう。 なのに車に轢かれて無事だなんて。 あなたには幸運の女神かなにかがついているのですか。 ……というのは半分冗談です。 名倉さんは車との衝突のショックで、数日眠っていただけです。 大きな怪我もなく、すぐ退院できると思います。 ですが詳しい検査のため、一週間ほど入院していただきますね」

「わかりました、よろしくお願いします」

 といっても私は明日死ぬのだが。最期くらい自分の好きなものが食べたいと思い、ナースコールを押す。さっきいた若い看護師がやってきた。

「久しぶりに、ショートケーキが食べたいのだが、買ってきてもらえないかな。 もちろん、無理なら断ってくれて構わない」

 看護師は少し困ったような顔を見せ、こういった。

「師長と先生に聞いてきます」

 私の返事も待たずに彼女は行ってしまった。


 *


 三十分後、彼女がケーキを持って戻ってきた。まさか本当にもう一度食べられるとは。

「どうぞ、食べてください」

 にこにこしながら皿を差し出す彼女に、どこか懐かしさを感じた。

 ケーキなんていつぶりだろうか。あの夜のことを思い出してしまうからずっと避けてきたショートケーキ。クリームがふわっと甘くて、苺がすこし酸っぱいし、大きくて食べづらい。

 昔のことを思い出しながら食べていたら、涙がこぼれてきた。

「大丈夫ですか……?」

「いや、ちょっと昔を思い出しただけで。 心配しないでください」

 看護師は心配そうに私を見つめてくる。

「そうですか。 そういえば名倉さんってとてもお元気ですけど、何か気を付けていることとかあるんですか?」

「それはですね……」


 彼女と話していると、いつの間にか夕食の時間になっていたようだ。昼から私のところにいた彼女は師長から軽く怒られたようで、夜に来た時に申し訳なさそうに話していた。

「調子が悪いところ、ありませんか?」

「体調はとてもいいよ。 今日は特に」

「それはよかったです。 では、おやすみなさい、義孝さん」

「おやすみなさい」

 もう覚めることのない眠りにつこうとする。

 やはり亜子には会えなかった。やはりこの世には生まれ変わりなどなかったのだろうか。

 この期に及んで、今までの自分を全否定する考えが頭に浮かぶ。こんな考えはさっさと打ち消して、早く寝てしまわなくては未練ばかりが残ってしまうだろう。

 ……おやすみ、亜子


 *


 翌日、病院では意識を取り戻したばかりの老人が息を引き取ったそうで。

 だが、彼は見事その目標を達成していた。彼にショートケーキを買ってきた看護師、彼女こそが彼の妻だった。二人とも気付いてはいないが。

ショートケーキはおいしい。

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