7.邂逅のち死亡
「夢?」
「うん。なんだか暗い場所に一人でいるの。そこにいると消えてなくなっちゃいそうで…」
いつもにこやかな表情の美星は、珍しく悲しそうな顔をする。
「健康状態が悪かったりするんじゃないのか?ほら、ストレスとかが溜まってると嫌な夢を見るだろ?」
「う〜ん。そういうのじゃない気がするんだけどなぁ〜」
頭を抱えながらも、彼女は平均サイズである俺の弁当の二倍はあろう昼飯を平らげていた。
「だ、だから亮に看病を──」
「それだけ食えりゃ大丈夫だ。すぐ帰って早めに寝ろ」
「むぅ〜」
ふくれっ面になった美星は、机にぐて〜っとのしかかる。彼女は精神年齢こそ子供のそれだが、体と机に挟まれた二つの双丘は年相応。否、平均を大きく上回るものだったりする。
「あ!あと昨日の朝、一緒にいた人って、誰?」
おそらくは寺坂の事だろう。
「星天観測部だのとかいう部活に勧誘されてな。そこの部長らしい」
「ふ〜ん。その人の名前は?」
「寺坂千秋。そこそこ有名らしいぞ」
「寺坂さんねぇ。へ〜。ほ〜」
「なんだ?さっきから煮え切らない態度だな」
亮の顔と横をチラチラと見、落ち着かない様子の彼女。
「べっつに〜。私は亮のお目付け役だから、変な虫がつかないか見張ってるだけだよ〜」
「なんだってんだ……」
お目付け役に就任させた覚えはない。
だが美星は、亮の両親が他界してから無理に気をつかってくれているところがある。いや、それは有難いのだが、こちらとしては申し訳ないと感じる事もある。
昔から人に優しい美星は常に周りを気にするのである。
美星はふくれっ面のまま机を元に戻し、午後の授業の準備を始める。
「それで?その部活には入るの?」
まだ尋問タイムは続いていたらしい。
「ああ、だがなにも自分から入ったわけじゃねぇよ。強制だ。そして放課後、部室に来るようにも言いつけられた」
今日の出来事を愚痴るよう、衝動的に口が動く。
「なにそれ!なんで断らなかったの!もしかして、その寺坂さんが美人だったから!?」
握力600の熱烈な脅迫を断れたら苦労はしない。
「待て待て。なんでそうなる。お前、俺をそんな人間だと思ってたのか?第一、断れたら強制と言わないんだよ」
「もういい!亮と話してても埒が明かないよ!私も放課後直接話に行く!!」
美星はそう声を荒らげ、亮を軽く睨めつけてくる。だが、人見知りの彼女がよくそんな事を言えたものだ。
現に、一緒に行こうとしているところがその表れだ。まぁどうせ俺の背中に隠れでもするのだろう。容易に予想がつく。
「やめとけ。お前もたいがいだが、あっちもまともに話して通じる相手じゃない」
無駄だとは思うが、一応止めておく。
「ちょっとそれどういう意味!?それに亮じゃ埒が明かないって言ってるでしょ!」
美星はこういう奴だ。一度決めたら、何と言おうが聞く耳を持たない。
「強情だな……」
「ふんっ!」
気が重い昼休みを過ごし、話の聞かない隣の席の美星と5・6限、HRを過ごし、そして時は放課後。亮を星天観測部まで引っ張ってきた美星は、いざドア前になると、そそくさと亮の背中に隠れた。
予想的中である。
「は、早く開けてよ」
「へいへい」
ガラッ…
部室にいたのは寺坂千秋本人。で間違いは無いのだが、そこで細い脚を組み、本を読んでいた寺坂は、なんというか、纏うオーラが違うというか、周りとの雰囲気が違うというか……。とにかく、異質なのだ。
そしてその場の空気を知ってか知るまいか、美星はズカズカと大股で寺坂に近づいていく。
なんだ?妙に強気だな……。
すると、本に熱中していた寺坂もさすがに気付いたようで、ちらりと俺を一瞥し……
「ちょっと、え〜、あなた。そういえば名前聞いてなかったわね」
「六道 亮だ」
名前を聞き……
「六道君。私はあなたに来てと言ったのであって、そこのデカ乳女を連れて来いなんて。言った覚えがないのだけれど?」
そんなことを言うのだった。
「だ・れ・が・デカ乳ですって!?自分の胸が無いからって、他人のを妬むのは醜いですよ!」
ピクッ
「どうせその脂肪で数多くの男と寝てきたんでしょ?あぁ、私、股が広い女性とは親しくなれないから」
亮の目の前で、バチバチと目線の火花を散らす二人。
「お、おい寺坂。こいつ邪魔なら引っ張り出そうか?」
どうせ一般人に聞かれては色々とまずい前世関係の話だろう。そう考慮し、亮は寺坂に提案した。しかし、それはさらなる火種だったようで……。
「亮はこの女に味方するの!?」
美星は愕然とし、
「ええ、そうよ。六道君と私はとても親しい仲なの」
寺坂は嘘をつき出す始末。
「嘘!さっき亮の名前知ったばかりでしょ!」
……はぁ。いつまで続くんだこの口論。
「で、美星は外に連れ出した方がいいのか?」
その言葉にもう涙目の美星を置いて。
「あ〜。その必要はないわ」
そう言った寺坂は亮の目の前に来るなり、
「あなた。今ここで死んでもらうから」
非情な顔つきで、俺の心臓を素手で突き刺した。
「!?ぐっ……ゴホッ!……。」
あまりにも突然の事に、頭が回らない。
辺り一帯には赤黒い亮の血が散乱している。無論、返り血となった寺坂の体にも。
そして一瞬の激痛。だがそれものちに、何が痛みなのか分からなくなる。
「え?り、りょう……?う、そ………」
後ろに振り向き、状況を理解できてない美星は、震えた声を出す。顔こそはもう視界がぼやけて見えないが、青ざめているに違いない。
・・・・・・・・・・・・。
やがて考える力も無くなり、意識は闇に落ち、静まり返った部屋の中。
俺は、息絶えた。
そして残された二人。寺坂の視点では、俺は光の粒子になって消えていった。
一方、美星は、一瞬の立ちくらみのような感覚の後、
「あれ?なんで私、こんな場所にいるの?」
先程の事など無かったかのように綺麗な部屋の中、あっけらかんとした顔でそう言った。