5.星天観測部
教室の視線が自分達に集まる中、その女生徒は気にもしない様子で亮を見下ろしていた。
「えっと……何の用でしょう?」
普通、こういう展開は喜ぶべきなのだろう。 この前見とれた知らない女性が自分に対し、唐突に話しかけてくるのだから。しかもかなり端正な顔立ちと呼ばれる類であろう。恋愛などには興味もなかった自分が気に留めるくらいだ。……惚れてなどはいない。断じてだ。
だが、あいにく俺は昨日の件も相まって酷く疲れているのだ。真面目な会話など、できようもない。
「いいから早く来な…来てください」
そう言うと彼女は無理やりに亮の腕を掴み、教室の外に引っ張り出した。
清楚な見かけによらず、とてつもない怪力である。
「あの、俺なにかしました?」
もう一度言うが自分は小心者なのだ。相手の意図が読めない時などは特に怖い。
「放課後、星天観測部に来なさい。理由はあとで話すから」
彼女は亮の質問を無視し、そう簡潔に言い放った。
星天観測部?聞いたこともない部活だな..。しかし何故俺が今、勧誘された?特に星座に詳しい訳じゃないし、観測などはしたこともない。
「えっと、なんで俺が──」
「理由はあとで話すって言ったでしょ。早めに来てくださいね」
と、一方的に伝えるとそのまま去っていった。
「はぁ、なんだってんだ」
昨日の今日で疲れてるのに、さらに疲労を増やすのはやめて頂きたい。
やるせない気持ちを抱えながらトボトボと教室に戻ると、ドア手前の俺に凄まじい視線が注がれていた。
「六道に話しかけてたあの美人、誰?」「知らねーのかよ。この学校一番とも呼ばれる麗人、寺坂千秋様だぜ?」「なんでその寺坂さんが、あのいつも仏頂面の六道くんに話しかけてたの?」「まさか、付き合ってるとか?」「え〜、ないない。それはないよ〜」「寺坂さんって、授業もまともに出てない不良って聞いたんだけど。どこのクラスなの?」
………穴があったら入りたいとはこのことか。
その日は周りからの視線に、いちいち気をつかいながら過ごす事になった。
そして放課後。
面倒なので帰ることにした。
何も言わないのはさすがに可哀想な気もしたが、あの手の性格の人間は、帰る。と、一つ連絡を入れたが最後。首根っこを掴まれて、説教タイムが始まるということを心得ている。
第一に今の自分はここ一連の騒動のおかげで、心身共にボロボロだと言ってもいいほど重い疲労がのしかかっている。
明日怒られるようなことがあったとしたら、その時はその時だ。命れ……約束を破った非はこちら側にあるので、きちんと詫びようと思う。
そして翌日。
謝罪するひまもなく顔面を殴られた亮は(パーではなく、グー)その彼女に【星天観測部】と書かれている部屋に連れ込まれていた。
「まず、昨日来なかった事を謝罪してもらおうかしら」
……第一声が「何故来れなかったのか」ではなく「謝れ」の時点で、相当ご立腹であろうことが伺える。
「昨日は色々あってとても疲れてたんだ。悪かった」
バッチーン!!
剛力のビンタ一発。
「すいませんでした。ですよね?」
「すいませんでしたっ!!」
全身全霊を込め、音速の勢いで頭を下げる。
「ふん。まぁいいわ…。本題に入るんだけどいいかしら?」
「あ、あぁ。問題ない……」
これは嘘で、もの凄く頬が痛い。
「あなたこの前、前世に行ったわよね?」
「………えっ」
何故、知っている?……一昨日の事故はやっぱりあって、その事故を皆は覚えている?否、それだと辻褄が合わない。前世の事を一般人は知ってるはずがないから。
じゃあ、この女性徒も関係者?そうだったとしても一昨日前世に行ったことを知っているのは、前世にいたあの二人だけ……。
そして二人のうち、この女生徒と同じ口調の人物は……。
「もしかしてフーリ、か?」
「ええ、そうよ。でも現世では寺坂と呼んで頂戴。次言ったら思いっきり顔殴るから」
先程のは思いっきりではなかったのだろうか?もしそうだとしたら、首を中心とした胴体が泣き別れしかねない。
そしてこんな所に神様がいるなんて…世界は狭いな。
「コホン。話を戻すわよ。まず前世が神である私達の中ではいくつか決まり事があるの」
「ふむ。それは俺達が神であることは他言無用。だとかか?」
するとフーリ……いや、寺坂は意外そうな顔をし、
「……よく分かったわね」
「あぁ、こういう展開ではお約束だからな。それで?もし俺の正体を喋ってしまったら、存在が消えたりでもするのか?」
「いえ、恥ずかしい人だと思われるだけよ」
「いらねぇな!さっきのくだり!!」
さっきの驚いた顔は何だったんだ!
「冗談よ。いや、嘘ではないんだけど。同じ部員である私達まで変な人だと思われるの、嫌だもの」
ん?暴言はともかく、今、変な言葉が含まれてなかったか?
「ちょっと待て。同じ部員って……俺は無所属だぞ?」
「察しなさいよ。アンタは私と同じ、この星天観測部に入るのよ。言っとくけど強制ね」
理解し難いから察さなかったのだが……。
「嫌だ。と言ったら?」
「言っとくけど、強制ね?」
次はねーぞ。と言わんばかりに、握りこぶしを構える彼女。
部活動には、ましてや星空などには全く興味の無い亮は……
「喜んで入部させて頂きます!!」
圧倒的な暴力の前にひれ伏すのだった。