3.神様の家系図
オーディン。軍神オーディン。知恵者オーディン。死神オーディン。
そんな数多くの名で知られる、かのオーディン様がまさか自分だと分かった日にはどうするだろうか?
喜ぶ?まさか。
誇る?バカバカしい。
今、自分の中にあるのは 困惑それだけ。
そんなに神に詳しい訳では無いが、明らかに自分に合った人格ではなく・・・その、なんだ。ガラじゃないとてもいえばいいのか。
ともかく俺は他人をズバ抜いてトップに立つ器ではないし、平穏さえあればいいと思っているただの民間人だ。
そして今のところは、この背中の役神とやらの印の事もあるので、一応前世のことは信じてみることにする。
「ん?オーディン?え?」
おや?フーリの様子が・・・。
フーリは、なにやらブツブツと言いながら口をもごもごさせ、考え事をしているよう。
「どうしたんだ?」
「どうしたの?フーリお姉ちゃん?」
ブツブツと言っていたのも束の間、今度は突然顔を赤くし、ドアを突き破り、階段を駆け下りていった。
・・・・・・・・・。
「ローズルさんや?」
「なんじゃ?オーディンのお兄さんや?」
「フーリって情緒不安定?」
「ううん。私もあんなフーリお姉ちゃん初めて見た。取り敢えず追ってみよー!!」
そう言った元気いっぱいのローズルに手を引かれ、階段を降りていくと、見事にボロいLDKが見て取れた。
そのリビングに立ちながら何かを睨めつけて見ているフーリの姿が。
「お、おい。一体何見て───」
「ッッッーーーー!!!!」
声にならない叫びを上げてフーリは、手に持っていた何かをぶん投げ、次の瞬間、光の粒子になって消えていった。
「なっ!何が起きた!?」
「わぁ〜!フーリお姉ちゃんが急に帰った〜!」
気が抜けるような声で、ローズルはそんなことを言った。
「か、帰ったって、どこに?」
「んむ?もちろん現世だよ?」
………んむ?
「現世って、もといた世界の事だよね?」
「そだよ〜」
「帰れるの!?」
初耳です。ええ。
「当たり前じゃん!オーディンのお兄さんっておバカさんなんだね〜!」
いや、まじで聞いた覚えがないのですが……バカですか。そうですか。
「というより、どうやって現世に帰ったの?」
「えっとね〜、たとえば悲しい気持ちがドバーッ!てなったり、うれしい気持ちがゴワーッ!てなったりすると!なんと!帰れます!」
うん、とても分かり易い説明をありがとう。ローズル君。
「つまり、一定まで感情が高ぶれば、帰れるってことでいいのかな?」
「うん!多分そう!」
信用ならん。
まぁ、ひとまず帰れる手段があることに安堵した。まだ未練はたらたらである。
しかし、なぜ急にフーリは感情が高ぶったのだろうか?
フーリが消える前、何かをぶん投げていたのを思い出し、飛んでった方向に移動する。
そこには・・・
「なんだこりゃ?」
それは本だった。真っ赤で、とてつもなく分厚い本。
そして表紙には【神様の家系図】と表記されていた。
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フーリが消えてからしばらくし、亮はローズルから居間に案内され、お茶を頂きつつ、状況の整理をしていた。加えるとお茶は致命的に不味かった。
「えーと、いくつか確認するけど、前世が神だった稀な人間が命を落とすとここに来るんだよね?」
「そだよ〜。気絶とかでも来れちゃうの!」
ふむ。昏睡…つまり仮死状態でも来れるらしい。
「あと俺は、ここに来る前にトラックに轢かれて死んだのだが、このまま現世に戻った場合、俺の体はどうなるんだ?」
これが一番聞きたかった質問である。考えたくはないが、トラックに轢かれた後の血みどろ状態、その上骨バキバキでの生活などまっぴらごめんだ。
「う〜ぬ。最初から説明するとね、今現世のほうではお兄さんは存在してないってことになってるの。誰も今、現世でお兄さんの事を知っている人はいないの」
・・・・・・
「でも大丈夫!お兄さんが向こうの世界に戻ったら、明日の0時からちゃんと存在が認識された世界として、歯車が動くから!」
・・・・・・・・・
そんなことを信じろと?
でも今はそれを嘘だと言える証拠などは無い。嘘をついたとして目の前のアホが、なにかしらのメリットを得るわけでもない。
「あ、あと、お兄さんの体はちゃんと元通り綺麗になってると思うよ!」
どういった理屈でこの世界が回っているのかが、分からない。
「まぁ、聞くより体験するほうが早いよね〜。」
彼女はそう呟いた後、なにやらいたずらっ子のような顔を浮かべた。
「お兄さん。ちょっと立ち上がって足を広げて?あと、目も瞑ってくれるかな?」
自分に利があることが起きるような気は、とてもしない。
「なんか、とてつもなく嫌な予感がするんだけど?」
ローズルは満面の笑みなのだが、それが余計に亮の不安に拍車を掛ける。
「これしないと現世に戻れないよ?ほら、早く早く!」
現世に戻る。という響き。それは今の自分を従わせるには十分過ぎる言葉だった。
亮は即座に言うことに従い、言われた通り目を瞑り足の幅を広げる。
そ し て
「えいっ!!」
気合の入った掛け声とともに、
ローズルの精一杯振り上げられた短い足は、見事に・・
「んぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!??」
了解の股間にクリーンヒット♪
意識が飛ぶ寸前、最後に見たのは腹を抱えてケタケタと笑う、ローズルの可愛らしい笑顔だった。