2.混乱とその名
「お兄さん新しい人だよね!よろしくっー!」
突如として知らない場所で目が覚めた了解の耳に甲高い声が響いた。
新しい人とは何だろう?何らかの宗教の勧誘だろうか? 入った覚えなどないが。
「ちょっと待って、君は誰?死神じゃぁ、なさそうだけど」
人物の特定とついでに死神の類でもないことを、一応確認する。……自分は強面と呼ばれることがあるが、内面は小心者であったりするのだ。
「しにがみ〜?あはは、お兄さん何言ってるのっ?私の役神はローズル!好きな食べ物はおうどん!」
一般人に分かるよう説明してほしいものだ。
ひとまず死神でなかったことを安堵する。好物などは聞いていない。まず顔は間違いなく日本人のそれなのに、ローズルという名は顔に合っていない。
初めて聞く「ヤクシン」とやらも気になるが、一番最優先で聞かねばならない質問をする。
「この場所はどこ?」
至極まっとうな質問である。そしてこれさえ分かれば落ち着くような気がした。
「ここ?前世だよ!」
考えが甘かったようだ。
「えっと、ホントのことを教えて欲しいんだけど」
「ん〜〜」
彼女はなにか困った様な顔をするといそいそとおもむろに上の服を脱ぎ始めた。
「なっ、なに!?なにしてるの!!」
服を脱ぎ終えたかと思えば次は背中を見せつけてきた。残念ながら俺にはそういう趣味は無い。
などと考えていたのは束の間、彼女の背中には赤く、そして神々しく光る【Logaþore】の文字が。
背中に刻まれたその文字は刺青のようなものかと思ったが、発光する刺青など聞いたことがない。
突然目が覚めた場所で、状況も掴めず、あまつさえ幼女の背中を凝視するという非常にシュールな光景が広がる部屋に、突然また誰かの足音が聞こえてきた。
「ちょっと、ローズルー?あんまり困らせちゃだめでしょー。」
先程、ローズルという少女が入ってきたところからの声。その声からするに女性であることが伺える。
「新しく来た人にアンタの説明じゃ混乱を招くでしょー!だから私が……って、きゃっ!!?」
バタンっ!
一度開かれたドアは可愛らしい悲鳴と、とてつもない力で再び閉められた。
「ちょっとローズル!服着させてっていったじゃない!」
ドアの向こうからそんな声。
服?嫌な汗をかきながら、自分を見下げてみる。
ベットにあった毛布のおかげでかろうじて局部は隠されていたが、そのほか全て肌色である。
つまるところ今、自分は全裸であった。
「…………」
勘弁してくれ
「あっ、忘れてた〜。えへへ〜」
そう言うとローズルは持ってきていたらしい服を渡してくれた。ちなみに脱いでいた上の服はいつの間にか着用している。
ローズルが満面の笑みのまま部屋の外に出ていく気がなさそうなので、先刻俺の裸を見るのが恥ずかしくて出ていったと思っていた部屋の外にいる女性に、ローズルへの退場コールをお願いしようと思っていたのだが、その女性まで部屋の中に入ってくる始末。
状況はカオスを極める。
仕方がなく、毛布に隠れてこそこそと着替えることにした。
痛いほどの視線が注がれる。俺は悪くない。
ひとまず着替え終えたので、冷や汗の止まらない中、後に来た女性に質問を投げかけてみる。
「この場所とあなた達のやってる事を教えて頂きたいのだけど」
「ここは前世よ。私はフーリって言って、この世界では神様をやっているわ」
だめだ、他の人を探そう。
「ちょっと!なによ!その絶望の顔は!?私は嘘はつかないわよ」
フーリと名乗るこちらも日本人の顔の女性が、怒鳴り立てる。
まぁ、確かにあんな事故が起きて傷一つないことがイレギュラーなのだ。他の異常も少し信用してもいいかもしれない。
しかし前世?死んだとして、行くところがあれば来世なのではないか?
「えっと、やっぱりふざけてる訳じゃないんだよね?」
「まぁ、普通はそうなるよね〜。私だって最初こっち側に来た時、びっくりしたもん!」
とローズル
「えー、簡潔に説明するとね、ここにいる私達は全員前世が神だったの。そして現世、つまりもといた世界で死ぬと私達は前世の世界に来てしまう訳」
……イマイチピンと来ない。仮に彼女の言っていることが本当だとしても、それを受け入れろというのはさすがに無理がある。
「ま、落ち着いたらまた今度詳しく話すし、今は役神だけ見せてもらうわね」
ここでまた疑問がひとつ。先程ローズルが言っていた役神とは何か。勝手に話が進んでいくのはいい気分ではない。
「その役神っていうのは、一体何?」
「役神ってのは私達神様の名前。簡単に言うと、前世の自分の名前ね」
何故か亮の座っているベットの方に来て、ゴロゴロしだすローズルとは違い、フーリが懇切丁寧に教えてくれる。
「その名前がローズルのように俺の背中に書いてあるの?」
「そうね」
「赤く光って?」
「そうだよー!」
と横のローズル。
「まぁ、感情が昂るほど、強く発光するみたいだけど」
2人は話しながらも自分の背中を凝視してくるので、複雑な気持ちで上の服を脱いだ。
即座に2人は顔を近づけ…………
「なんて書いてあるの?」
「お、おー、おでぃ……」
「オーディン、ね」
そこには、かの有名な魔法の神、すなわち魔神の名が刻まれているらしかった。