12.自信家の空回り
世の中には運命とやらが存在するらしい。
例を挙げると、出会うべくして出会う二人だとか、不幸にも事故にあったりだとかだ。
しかし、それ以上に理不尽極まりない運命を過ごし中であろうの亮は重い瞼を半分程開け、意識を覚醒し始める。
幸い、動けないほど体は損傷していないらしく、前世の家のベッドに寝かされているらしかった。
そして以前のように、ベッドの横でナイフを振り下ろそうとする危ない少女もいなかった。
「む。気がつかれましたか」
変わりに、意識が途切れる寸前で聞いた、図太い声の主が居座っていた。
丸椅子に腰掛けているので分かりにくいが、身長はざっと175cm辺りだろうか。顔はいかにもスポーツマンといった感じの、キリッとしたもので、おまけには筋骨隆々である。
「あの……どちら様で?」
目の前の筋肉Xに戦慄し、亮の声は無意識に小さくなっていた。
「私の名は【トール】と申します。貴方は以前、母上からお伺いした、オーディン様で間違いないでしょうか?」
亮はトールという名に聞き覚えがあった。確か、フーリがオーディンの子供だと言っていたはずであった……。
六道 亮。齢は17にして20歳程の息子がいるとはこれ如何に。
「あぁ、多分それで合ってる。じゃああなたは依代の生徒会長さんですか?」
亮が尋ね返すと、トールは誇らしげに胸に手を当て、
「いかにも!わたしが依代高校の生徒会長を務めさせて頂いている二階堂 蓮であります!それにしても、危ないではないですか!危険な戦況で腕輪を外さないとは!」
言われて気づく。自分はあの重い腕輪を着けたままであった。これさえ着けてなければ、殴られた痛みで、現世に逃げれるのだという事も、今気づいた。
「悪い。ここに来てまだ日は経ってないから、よく分からなかったんだ。それで、あの女の子は?」
「はい、それについては御心配なさらず。あの天使は駆除しておきましたよ」
あれが天使だった事を驚く以前に、駆除と言う単語に、亮は嫌な悪寒を覚えた。
「く、駆除って……まさか殺したんじゃ……」
「まさか、神の使いを殺めたりはしませんよ。私達で威嚇をしたら、尻尾を巻いて逃げていきましたので」
駆除なんて変な言い方をするから……。
いや、それはともかく
「今、私達って言わなかったか?俺は寝ていた筈だし…」
「えぇ、私の他に二人。来ていますよ。二人共人見知りな故、ずっとそこのドアに隠れていますが」
なるほどよく見ると、ドアに僅かな隙間が空いており、そこから覗く目が二人分。興味津々といった目でこちらを見ていた。
「こら、お前達。ずっとそんな所にいてどうする。父上が折角来ておられるのに」
父上というのはやめて頂きたい。トールにそう言われ、のそのそと出てきたのは、二人の幼女。両方ともサラサラとした金髪で、片方はロング。もう片方はショートで、髪の長さ以外、非常に似通った二人だった。
「は、初めてまして」
「「は、はじめましゅて…して」」
二人共同じ所で、噛んだ。な、なんだろうこの抱きしめたくなる生き物は!?
「ちなみにこいつら二人は、神話上でわたしと兄妹の関係にあります」
亮が未知の感覚に浸っていると、トールが唐突に爆弾発言をしてきた。
「え、でもフーリはそんな話一つもしなかったが……」
するとトールはなにやら渋い顔をし、
「無理もないかも知れませんね…。なにしろこの二人。【バル】【ドル】は、父上と母上の娘ではなく、父上と女神ニョルズの間にできた双子ですから」
「…………」
例え前世の俺が浮気性だったとしても、オレは絶対に悪くない。と、亮は責任を受け流す姿勢を取る。あと、フーリの奴は知ってて言わなかったに違いない。
「その点の御心配もいりません。男神は浮気をするものが多かった様ですよ」
「何の助けにもなってねぇ!」
「ま、まぁ、そんなにお気にならさず。書物で調べた所、本妻はフリッグ。つまりフーリ母様です」
「だから何の助けにもなってねぇ!」
はぁ……。だめだ。トールのペースに持っていかれてはならない。
「そう言えば聞き忘れていたが、さっきの【天使】とやらは不定期に人の家に入って来たりするのか?」
トールは大きく首をかしげた後、少し困った顔をした。
「いえ、普段は天使自体を滅多に見ることがありません。ましてや家に入ってくるなど、聞いた事も」
そこでふと、亮は夢で例の天使を見た事を思い出す。
「あ、あと、天使に会う前とかって、その天使の夢を見たりするのか?」
するとトールはまた首を反対に傾げ。
「はて、天使の夢ですか……。いえ、自分は何度か天使に遭遇した事はありますが、夢などは一度も…」
……もしかしたらフーリの言っていた神の能力とやらが発現したせいか?
そうなると亮の能力は、次に合う天使の予知夢らしきものを見る。というものになる。
「どんな能力だよ……」
「?…どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。が、少し疲れたな」
実際は少しどころでは無いが……。
亮は立ち上がり、自分の体に痣などができてないか確認するが、何一つ傷は無かった。神の体が頑丈なお陰だろうか?
「それならば、本日は現世に戻り、ゆっくり休まれてはどうでしょう。明日、星天観測部で色々と話し合えますし」
亮が、明日もゆっくりできない事を確信し、内心で愕然としていると、バル、ドルの二人が両の足にそれぞれしがみついてきた。
「パパ、もう行っちゃうの?」「行っちゃうの?」
「そ、そんな呼び方をしなくても大丈夫だよ」
「だって、トールがそう言えって言ったー」「言ったー」
お前の仕業か!!
「次に合う時迄にはパパは辞めるように言っといてくれ……」
「はい!承知致しました!」
全く信用ならない。
「それじゃあ帰るか。…………どうやって帰んの?」
変える気満々でいた亮は、その帰る手段の事まで頭に入っていなかった。
フーリとローズルはこそがし合って帰った様だが、馬鹿ではあるまいし、そんな手段は用いたくない。
かと言って、以前のように局部を蹴られた痛みで帰るなどは、もってのほかだ。
「それであれば、私がお助けいたします」
「え、何するの?股間を蹴ってきたりしないよね?」
ないとは思うが、経験した事があるので一応聞いておく。
「そ、そんなまさか。そのように母上が悲しむような事は致しませぬ。私は軽い手刀を首に浴びせ、昏睡状態にさせるだけです」
「今なんて言った!?」
聞き捨てならない言葉を亮の耳が探知。
「ですから、軽い手刀を父上のお首に当てるのです。護身術教室でマスターしました故、痛みなどはほぼ感じないと思います」
「そこじゃなくて、その前!」
「む?母上が悲しむ点について、ですか?」
「あぁ、なんで俺の股間が蹴られることでフーリが悲しむんだよ」
「それは……その…。息子である私が言うのもなんですが、他にお子を産めなくなってしまう可能性が──」
「だまれっ!」
「これは失礼。お子を作るのが目的でなくとも、お楽しみになるだけでも──」
「だからだまれっ!俺とフーリは会って三日だし、それに神話上の夫婦だったとしても、現人間である俺達が関与する必要もないだろ!」
こんな奴が生徒会長で大丈夫なのか?うちの学校は…。
「なるほど!不肖このトール。全くそこまで頭が回っていませんでした!さすが父上です」
いや、頭が回る回らない以前の問題ですよね?
「それで……前世に戻る手段の話でしたか?私が早急に済ませますので、腕輪を外し、少し目をお瞑り下さいませ」
とっても不安でならないが、他に手段がある訳でもないので、従う。
「それでは。また明日、お会いしましょう」
そこで、ふと亮は思う。
確か、現世に戻る方法は、感情を昂らせることではなかったか?と。
つまり今からトールが亮を気絶させる方法は、効果的では無いのではないか、と。
つまりそれらが招く答案は……。
「ちょっと待っ──」
「せいやっ!!」
刹那、ゴキッという鈍い音。
「いっっっ!!!───」
気が飛びそうな痛みの中、次に開けた視界は……
「ってぇぇーーー!!」
以前と同じ、現世の見知った森林公園だった。




