11.憎悪の果て
「ッ…!?今のは……」
それはほとんど悲鳴に近かった。その悲鳴は悲しみと怒りに満ち、どこか救いを求めているようにも聞こえた。
「なに?どうしたの?」
亮の驚愕した顔を、特に気にした様子もないフーリが聞いた。
「いや、聞こえただろ。泣き声…と言うか、悲鳴みたいなのが」
確かに聞こえた。が、フーリは頭上にはてなマークでもあるかの如く、首を傾げ。
「悲鳴?これっぽっちも聞こえなかったけど」
「うん。私も分からなかったな〜」
ローズルも続く。
そんなまさか……。脳に響くほど強く感じた今の悲鳴が?
「オーディンあなた。少し疲れてるんじゃないかしら?今日は沢山あって、色々混乱してるでしょうし」
そう言われるとそんな気がしないでもない。なにせ理解し難い現実を突き付けられ、神々の敵を討て。という無理難題を課されたことを知った直後なのだ。頭が参っても誰も責められまい。
「じゃあ家に戻って二階のベッドでぐっすり寝るといいよ!」
ローズルが珍しく気の利いた事を言う。
「ちょ!ローズル!?あれは私のベッ──」
「それは助かる。お言葉に甘えさせていただこう」
フーリが何かを言いかけた様だったが、気にかけて聞き返すほどの気力は沸いてこなかった。
「それなら、快眠の邪魔をしたら悪いし、私達は先に前世に帰ってるねー!」
「ちょっと待って!引っ張らないで!」
そういうフーリもローズルに引きづられるがままで、お得意の力づくで抵抗するつもりはない様子。
「あぁ、そういや」
まだ聞きたいことが一つ。
「お前らはいつも帰る時はどうしてんだ?毎回自殺でもしてんのか?」
「んなわけないでしょ。こっちで死んだらもう終わりよ。前世で死んだなら、現世ではその人は生まれてこなかった事になるわ」
「まじかよ……」
試さなくてよかった……と心底思う。
そんなこんなで三人は家に戻り、ローズルに二階まで案内された亮は、ここに初めて来た時と同じ、やたら甘くいい匂いがするベッドに横たわる。しばらくすると、二人分の甲高い笑い声が下から聞こえてきた。どうやらくすぐり合って現世に戻ろうと言う魂胆らしい。……馬鹿だな。あの二人。
のちに笑い声がなくなると共に、亮の瞼と意識も沈んでいった。
・-・-・-・-・-
夢を見た。普段見る通常の夢ではない。亮は暗くぼやけて、辺りに何も無い微睡んだ空間に立っていた。その空間には自分以外の人物が一人。ポツンと座っていた。その人物は、見た感じ自分と同じくらいの齢の少女で、一般で言う、容姿端麗であった。
そして、虚ろな目で、涙を一筋
頬に流していた。
亮が、「どうしたんだ?」と問うと
「とても怨めしいの」と返答された。
次に「何故」と問うと
「分からない」と……。
彼女は無機質な表情で続ける。
「分からないけど……全てを壊したい。かも、しれない」
「………」
なにを伝えたいのだろうか。回らない頭の中、その少女を見ていると。
彼女は急に立ち上がり、手に握りしめていたらしいナイフらしき刃物を右手に構える。
「お、おいっ!」
「だから…あなたも……」
「ッ…!?」
至近距離で避ける暇がなく、顔をめがけて振り落とされたナイフが直撃しそうになる、直後。半ば飛び跳ねるようにして起き上がった亮は、すぐに脳が覚醒していく。辺りを見回すと、最初に前世に来た時と同じ部屋に、同じベット。ひどく汗をかいている自分と、こちらを見ている先程夢であった少女。
ふむ。前世での睡眠で現世に帰る事は無いのか…………。ん?少女?
「なんで、避けれたの…」
その少女は今まで亮が寝ていたであろう枕元に、ナイフを深々と突き立て、そんなことを言うのだった。
「お前は、だれ──」
質問の時間も与えてくれず、彼女は間髪入れず、枕から抜いたナイフを振り回してくるが、それを頭を後ろに逸らしすんでのところで避ける。
亮は言葉での和解は現状で無駄だと判断し、とりあえず無力化を図る。……それが間違いだった。さっきのナイフ振り回しは、フェイントだったらしく、空いてる右手を後方に構え、掌底の構えをとる。ナイフを避けて体制を崩していた亮は、それを防ぎきれず、思いっきり鳩尾に受ける。
「がッ!? ハッ………」
それは普通の少女の力量とはとても呼べるものではなかった。器官を圧迫され、呼吸がままならなくなった亮には、自分が吹き飛ばされた後方を確認する暇もなかった。故に後方が脆い窓ガラスであったとしても対応は適わなかった。
次の瞬間、バリィン!という音とともに、亮は二階から外に投げ出される形になった。
(まず……死ぬ…!)
亮はすぐさま死を覚悟したが、次に襲ってきた衝撃は思ったより強くは無いものだった。
いや、痛い事は痛いのだが、二階から地面に叩きつけられて、少し痛いで済むはずがない。
どうやら神の体は人のそれより幾分か頑丈に作られているらしい。
そんな事に安堵しているのも束の間、今度は彼女が二階からナイフを両手に構えながら、亮の真上から降下してくるのだ。
それもまたギリギリ横に転がり回避するが、彼女は地面に突き刺さったナイフを軸に、よろけて立ち上がった亮に向けて、器用に回し蹴りを放ってきた。
すぐに両手で防御をとるが、ほぼ無駄だったと言ってもいいほど強力であり、数メートル先に体ごと吹き飛ばされ、横たわる。
脳が激しく揺れら次の動きが取れない。チカチカする視界の中、微かに見えたのが、彼女が猛スピードで、ナイフを構え近づいてくる姿。
もう、避けようが無かった。
軽い脳震盪で考える事もままならなくなった亮にトドメと言わんばかりのナイフが目前まで迫った刹那、目の前に眩むような光が広がった。
が、何が起きたのか理解出来ない状態の亮は、横になったまま、耳だけは働かせていた。そして最後に
「よかった!間に合って!」
と、図太く大きな声が鼓膜を震わせた直後、亮の五感と意識は再び闇に落ちていった。




