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星天の家系図  作者: 夜城 宴
優美のハニエル
11/14

10.悲しき誤認

「ローズルゥ〜?」


「ひっ…」


怒りの矛先がローズルに向き、ローズルは短い悲鳴を上げる。次の瞬間フーリはローズルの背後に回り込み、両のこめかみを握りこぶしで、グリグリと痛めつける。


「うぅ〜!痛いよフーリお姉ちゃん。…!あ、そうか!今まではフーリお姉ちゃんって呼んでたけど、今度からはお義姉さんになるんだ!って、痛い痛い!!」


フリッグもといフーリがさらにグリグリの強度を上げる。


「もしかして…あの本をぶん投げた時、この事に驚いて現世に帰っちまったのか?」


「そ、そうだけど。……なにか文句でもある?」


「いえ、無いデス。全然。驚きますよネー」


うーむ、この怪力女が前世の俺の妻か……。前世の俺は一体どんな神経してるんだ。


「こんな長髪の白髪男が夫ねぇ……。前世のわたしは一体どんな神経してるのかしら」


考えている事は同じらしい。


「ん?白髪ってどういう……。あれ?な…なんだこの髪!?」


今の今まで気付かなかったことが不思議でならない。亮の髪は長さ35cm程になっており、色はというと、老人のそれとは少し違う、真っ白な白髪に染まっていた。


「どうなってんだ……」


「あなた、もしかして前世の自分と現世の自分の姿が同じだとでも思ってたの?私見て気付かなかった?」


そう言えばそうだったと今頃気づく。今ここにいるフーリは、髪の長さや顔つきこそほぼ同じなものの、色は黒ではなく赤で、普段の表情が寺坂より柔和なものだった。

しかし悲しいかな性格はどちらも無慈悲である事に変わりない。


「じゃあ、俺は……」


見下ろしてみると、変わっている所は多少見られた。だがそれは、少し背丈が長くなっている事と、肌の色がこれまた少し色白になっている事くらいだ。肝心は顔である。


「あ、鏡ならこっちにあるわよ。」


そう言ったフーリは、亮を玄関にある大きな鏡の前へと案内してくれた。その鏡に写った亮の姿は……


「誰だ。コイツ……」


そんな感想が出るほど、目の前の自分は別人だった。

自分の顔そのものは男で間違いないのだが、長い白髪のせいで女に見えなくもない。目つきは死んだ魚みたいだったのが、見違えるように眼光が鋭くなっている。そして、元々肥えてはいなかったが、現世の自分の姿と比べると、筋肉量がまるで違うことが分かる。

とても迷惑なビフォーアフターである。


「いいじゃない。その長ったらしい髪以外は素敵になったわよ。なんならその髪切ってあげましょうか?」


「あぁ、じゃあ頼む」


「え……切るの!?」


「お前が切ってくれるって言ったんだろうが……。それにこっちの世界では他に切ってくれる人がいないからな。自分じゃ無理だし、そのチビじゃもっと危ねぇ」


そう言って亮がいつの間にかグリグリから解放されていたローズルに指を指すと、ローズルはその指に噛み付いてきた。痛い痛い。


「そ、そうよね。私以外にはいないわよね……。あいつは不器用そうだし…」


「アイツ?」


まだ他に神様がいるのだろうか?


「一応、私達の他にも三人、いるわ。いずれ会うことになるでしょう。ひとりは男で【トール】って言うの。この本によるとあなたの子供らしいわ。あとの二人は【バル】と【ドル】って言って、まぁ……私にもよく分からない子達よ。あんまり会わないし」


俺とフリッグもといフーリが結ばれていたとして、そこで息子の名前が出てきたところは絶対に触れまいと、亮は念入りに頭に入れておく。


「それで?その三人も現世での知り合いだったりするのか?」


「ご名答。と言っても男の方だけね。トールは我が依代高校の生徒会長よ」


「……うちの高校には変な悪霊でも憑いているのか…」


世界は狭いもんだ。と再認識する。


「まぁ、こんな狂乱の最中といった時代に飛ばされるのなら、悪霊に違いないでしょうね」


そう言うとフーリは未だ亮の指に噛み付いていたローズルを力で離し、自分の膝の上に据え置く形で座った。


「狂乱の最中?詳しく説明してくれ」


「嫌よ。簡潔に説明させてもらうわ。…私はこの家にある本を全て読み、そして知ったの。今、私達がいるこの前世は、戦争の真っ只中だったり、この腕輪の使い方だったり、現代人の私達がこんな時代に来てしまった理由とかを、ね」


「知ってるのか!!」 「ひゃっ!?」


ガシッと驚きと興奮の余り、思わずフーリの華奢な肩を掴んで問いただそうとした亮は、後に己の過ちに気付く。


「わっ、悪い!つい気になって……」


「ちっ、知識に貪欲と言うにょは、ほ、本当のようにぇ……」


冷静に取り繕うとしているらしいが、上手く呂律が回ってない様だ。いや、それよりも殴られなかった事が不思議でならない。


「それで?現世に来ることになった理由は?」


「長いから、まとめて言うわよ。二度は言わないから」


そしてフーリの口から出た内容は大体こんなものだった。

この前世は、北欧・ギリシア・インド・エジプトその他諸々の神話に別れ、その全ての神々が天使を従えて争っている時代。

しかしそこに【星崩アポビス】と言う、神話上存在するはずがない、イレギュラーな邪神の集団が現れる。

その星崩共は何らかの術をもって、戦争の道具である天使を堕天使に変え、自分達の武器として占領する。

自分達の天使をほぼ洗脳のような形で奪われた、各神話の神々達は、これではたまらないと、他神話の神々同士で一時的な停戦協定を結ぶ。

しかし最大の武器である天使が無い神々は戦う手段が無いので、未来の知識を借りようと、自分達の来世を神々の時代に出現させることに成功。

しかし現代人の亮達は争い、ましてや戦争に対する知識など持ち合わせている筈もなく、非常に無力。

イマココ。


「………」


「大体こんなところね。ふぅ……。疲れた」


「あの…前世に俺らを呼び出した本来の神様達はどこに行ったんだ?」


「それに関しては……難しいわね。肉体は私達に預け、魂は今もこの案件を解決するまで彷徨ってるらしいわ」


なんと無責任な……。オマケに完全な他力本願だった。


「神様共は未来の自分達が、より凄い力を持っているとでも思っていたのか?」


「知らないわよ。そんな事。それより、外でも見てみなさいな」


フーリは膝の上に乗っていたローズルをどかし、亮の背中を、恐らく外に出る所であろうドアまで押した。

亮がイメージしていた神々の世界は、まるで花園の様な、穏やかで、居心地の良いものだった。しかし、ドアを開け、次に目に飛び込んできた世界は……


「!…ひどいな……」


それくらいの言葉しか出てこないくらいに、荒れ果てていた……。

地には花や草などが、一つも生えておらず、まるで干ばつ状態のようにそこらじゅうが裂けている。

空は、夕暮れの橙色より濃い赤に染まっていて、鳥も一匹と見当たらない。


そして、この世界から亮は微かに、そして確かに、溢れんばかりの嘆きの声を、聞き届けるのであった。

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