第9革 模擬戦→後編
第一グループが終わると、次は俺たちの出番だ。
前半グループの人たちがシミュレーターから降りていく。15番機に乗っていたのは見た事のない男子、そして入学式でのぶねぇにマイクで小突かれていた女生徒だった。
《沢森》って呼ばれてたっけ、彼女も革命科の学生だったらしい。
「さぁ、勝ちましょう総一くん!」
刀道先輩に誘われ、16番シミュレーターの前へとたどり着く。
先輩が先に乗り込み、観戦の興奮が冷めやらぬ中、俺も中へと乗り込んだ。
座席そのものは検査の時と一緒だが、こちらは結構広い。後部座席との段差はそこそこな高さがある。
シート前方にあるのは検査時のようにボタン類ではなく、スイッチが多数付いた操縦桿が左右に2本。
そして足の位置にもペダルが2つ並んでいた。
『リーヴハーヴァー刀道愛紗、及びパイロット織田総一の搭乗を確認しましたぁ。アジャストを開始しますね!』
可愛らしい声が内部に響き、同時にシミュレーターの入り口が閉じられた。
今の声はAIちゃんだろうか、シミュレーター内部にまでAIとしての権限が行使されているのか。
まぁ革命科棟のありとあらゆる機器を支配しているのだから当然かな。
シート前方にある操縦桿とペダルの位置が、身体に合わせて前後左右へ自動的に動く。
それが終わると、『それでは操縦桿に触れて下さいっ』とAIちゃんが指示を飛ばす。
指先が操縦桿に触れると、少しだけピリっと刺すような痛みが走った。
静電気の弱いやつみたいなかんじ?
『わぁ……調整完了ですっ。ミッション開始まで暫くお待ち下さい!』
AIちゃんがそう言ってアジャスト作業を終えると、今までただの閉鎖空間だったシミュレーター内部が外の現実世界を映し出した。
うわ、すげーな全天ディスプレイかこれ。
「あー!」
シミュレータ内部スピーカーから中々に大きな声が鳴り、俺は辺りを見回す。
そして全天ディスプレイの視界端に声の主を見つけた。
さきほどまで15番機に乗っていた沢森さんだ。なにやらのぶねぇに食ってかかっているようである。
あー、そう言えば入学式の時、『片付けが終わったら報告ね』とかなんとか言ってたな。
昨日、のぶねぇは俺と八枷と共にすぐに帰宅した。
待っていろと言い放って一時いなくなったのも少しの時間だけだ。
到底、沢森さんからの片付け終了の報告を受けられたとは思えない。
つまり沢森さんは、のぶねぇに盛大にすっぽかされたということになるだろう。
わざわざ革命科棟までオーカーで報告に来てそれは、怒るね。
「かなちゃん、のぶねぇと何話してるんだろ……」
ぽつりと刀道先輩が呟くと同時に、表示されていた現実の視界が消えた。
現れたのは先刻まで観戦で見ていたの同じ旧市街地ステージだ。
しかし、すごい克明なグラフィックだなぁ。
最新ゲームでも、ここまでリソースを割いて建物のグラフィックを描いでいる作品はなかなか無い。俺が緻密に描かれたCGに感動していると、視界の端にAIちゃんが表示される。
『準備完了ですよー! カウントダウン開始ですっ』
AIちゃんが唐突にそう宣言すると、カウントダウンが始まった。
えぇ!? ちょっと待って、まだ調整しか終わってないじゃんか!
混乱して操縦レバーのボタン類を押してみるが、ディスプレイ前方にウィンドウがどんどんと表示されていくだけだ。
どうしたものかと、刀道先輩のいる後ろを振り返る。
その間にも瞬く間にカウントは進む、7、6、5――。
「総一くん落ち着いて! ほら動いてます! 動いてますよレヴォルディオン!」
振り返り、そう言っている刀道先輩と目が合った! と思えば、そこにあるのは旧市街地ステージの景色だった。
「え?」
ポカーンと口を開ける。
そして下を向いて自分の手のひらを確認したつもりだったが、そこに映っていたのはレヴォルディオンの無骨な両掌だった。
『ミッションスタートですっ!』
AIちゃんの声が轟く。
――まるで、自分自身がレヴォルディオンに、機械の巨人になったかのような奇妙な感覚。
体中を見回せば、透き通るように真っ白な体躯。
周りを見渡せば、俺たち以外の機体が散開していく様子。
それを見ながら、立ち尽くすレヴォルディオン。
「10時の方向! ライフル弾、きます!!」
刀道先輩の声に、俺は咄嗟にそちらを見やる。
が――その瞬間、俺の左胸に盛大な音を立ててライフル弾が当たった。
「うあああああ、痛ってえええええええええ」
抉られるような痛みが左胸に走る。
視界が強烈な痛みを受けてか明滅する。
全身の力が抜けていくような感覚。
「落ち着いて総一くん! ほら、痛くない。痛くないでしょう?」
先輩の声に意識を向ける。
すると、本当に痛くない。全然痛くなかった。
さっきまでは痛みに膝を付いて地面をのたうち回ろうかとしていたのに、全く痛くない。
俺は当惑しながらも立ち上がった。
同時に、レヴォルディオンの巨体が持ち上がる。
これが、『乗れば分かる』ってことか。
あたかも俺自身がレヴォルディオンになったかのように、自分の体を動かすように機体が動いた。
分かってきた、現実世界の俺は操縦桿を握りペダルを踏んでいるだけだ。
俺はこいつだけど、こいつじゃない。
「まさか最初から《オーバーシンクロナイズド》するなんて……総一くん大丈夫?」
「ええ、大丈夫です先輩。恥ずかしい所みせちゃいましたね」
「恥ずかしいなんてそんな事無いよ、むしろ――」
刀道先輩がそう言いかけ、「6時の方向! 真後ろ!」とはっとして告げる。
「こういうこと、ですよねっ」
俺は反時計周りに振り返ると、左腕で飛んできた127mmライフル弾を払い落とすように平手で殴り飛ばした。
左側で大きな音がして建物を破壊する。
俺の、レヴォルディオンの左手はほぼ無傷だ。
とても不思議な感覚だった。
だっていまレヴォルディオンで払い落としたのは弾丸だ。
紛れも無く、秒速1500メートルを超える速度で迫る、500口径127ミリメートルの砲弾地味た大きさのライフル弾なのだ。
それにも関わらず、飛び交う小蝿を叩き落とすくらいの感覚で払い落とすことが出来た。
段々とわかってきたぞ感覚が。
「先輩、飛びます!」
俺は両足のスラスターに動力を回した。
大きく跳躍し、放物運動を描いて南へ後退する。
さっきまで立っていた場所には、いくつものライフル弾が撃ち込まれて地面を抉る。
空を飛べば、装甲越しに心地よく感じられる風。
「鳥になるって、こんな感じなんですかね」
「総一くんじゃないと分からない感覚だろうね、いいなぁ」
着地すると、もうライフル弾は来なかった。大分距離が稼げたはずだ。
俺は右手で、右足に備え付けられていた携行武装のブレードを引き抜く。
「刀道先輩、『アレ』を試してみようと思います」
「うん、たぶん総一くんならできるよ」
弾むように刀道先輩が答えてくれる。
だから、自信を持ってやってみることにした。
やり方もなんとなく分かる、こうすればいいはずだ。
ゆっくり瞬きをするように目を瞑る。
そして創造する。
「先輩、見てくださいこれ!」
中々の自信作だ。
先程までツイステッドブレードだったそれは、今は見事な西洋剣へと姿を変えている。
昔アニメで見た騎士の握っていた剣を良く再現出来てると思う。
大きさはロボットに合う大きさだけど。
「そう、それが私のアビリティ《刀剣変化》だよ」
視界の片隅には、『システム:刀剣変化』と書かれたウィンドウがポップアップし点滅している。
リーヴァーとしての先輩の能力は刀剣類を自在に操る、刀剣変化。
ツイステッドブレードを自在に、刀剣類に変化させることができる能力である。
「取り敢えず出来たけど、やっぱり先輩の能力なんだしこっちですよね」
俺は既に完成していた西洋剣から、再び思い浮かべる目指すべき形へと作り変える。
よし、出来た。
「名前は『愛紗真打』ってことで!」
完成したのは、ロボットが扱える大きさに合わせた日本刀だ。
ちゃんと鞘と鞘紐も付いている、イメージ通りに作れたようでほっとする。
「気にしなくていいのに、総一くんの好きな形でいいんだよ?」
「いえいえ、やっぱり刀道流剣術皆伝の先輩には、日本刀が一番良く似合います!」
先輩は「ふふっ」と可愛らしく恥ずかしげに笑っているが、ちょっぴり嬉しそうな声色だ。
これも刀剣変化やレヴォルディオンが空を飛べる、という事と同じように模擬戦が始まる前に教えて貰ったことだ。
先輩は有名な剣術道場の一人娘なのだ。
さっき聞いただけで詳しくはないがなんか憧れる。
先輩の所作一つ一つが流れるように美しいと思ったけど、それも訓練の賜物なのだろう。
「それじゃ、愛紗真打の試し斬りと洒落こみましょう」
「でも近くに敵機はいないよ、総一くん」
俺が「それなら問題ありませんよ」と答えると、先輩は不思議そうに疑問の声をあげているがお構い無しだ。機体の腰を屈ませ、愛紗真打を左脇に据えた鞘に戻す。
そして、閃くように一刀。
機体の動きに合わせて、白く透き通るような装甲が一瞬閃くように光った。
『あーっと!!』
AIちゃんの実況音声が飛び込んでくる。
『どど、どういうことでしょう!? Rev1、Rev2、Rev3、5号機に6号機。えーっと……8号機と10号機に、それから11、12に14号機も!?』
次々と機体番号が読み上げられていく。
『一挙に半数以上、いえいえ半数なんてものではありませんっ、10機ものレヴォルディオンが一斉に退場! 光へと還って行きましたー!!』
AIちゃんの混乱していそうな実況を聞きつつ、振りぬいた刀を再び左脇の鞘に納めた。
すると――目の前にあった建物が、ビルが橋が木々が、俺達の機体の眼前に拡がっていたそのすべてが、水平に切り裂かれて崩れ落ちた。
機体の前方で、破壊の痕跡が扇状に広がる。
「刀道流剣術奥義、唯之居合抜き! なんちゃって」
おどけてみせるが先輩からは反応がない、ただのダダ滑りのようだ、無念。
俺がそう思っていたら「……わぁ」と先輩が後ろから小さく声を漏らす。
『なっなんと今の攻撃はステージ南端にいるRev16からのものですっ! 撃破判定は16号機によるものとされています!』
「……凄いです」
そんな声が聞こえたかと思うと、パイロットシートに座っているはずの俺の首に後ろから腕が回される感触。
「すごいです! 凄いです! 凄い、凄いすごいっ、やっぱり総一くんは総一くんです!」
何度もそう言いながら、刀道先輩が俺の首に腕を回し、前へ寄りかかるようにして跳びはねているようだった。
唐突な現実世界での接触に狼狽えるが、それ以上にぐるじぃ。く、首、折れないよな?
訴えるように後方へと視線を移すと、今にも死にそうな俺の表情を見た先輩がはっと驚いて腕を緩め、そして俺の首とパイロットシートという支えを急に失った事で態勢を崩した。
先輩がコクピット内の段差で前のめりに横倒しになる。
危ない!
俺は即座に、先輩を抱きかかえるように両腕を伸ばす。
間一髪、先輩が頭から転ぶのを防げたようだ。
俺の腕の中に収まって支えられている先輩は、真っ赤な顔で俺の顔を見つめている。
「あの、その、ごめんなさい」
「いえ、なんか俺もすみません驚かせちゃって」
元々かなり段差のある前部シートに前寄りになっていたのだ。急にシートから手を離してしまえばこうなるのは分かりきった結末だった。驚かせた俺も悪い。
「そ、そんな! 総一くんは何にも悪く無いです、私が舞い上がっちゃって。
のぶねぇから聞いてた総一くんは、やっぱり総一くんだったんだって」
先輩を支えた状態のままでお互いに謝り合うが、なんとも恥ずかしい感じだ。
というか、のぶねぇは一体全体、刀道先輩に何を吹き込んだ。
後でしっかり問い質さなければならない。
「先輩、立てます?」
「あー、ちょっと難しいかな?」
先輩の足元を見れば、確かに地面に足はほとんど付いていない。
左足が辛うじて地面に掠っているだけで、ほぼ俺の腕に支えられている格好だった。
俺の腕もそろそろ限界であるし、なにより中腰のこの態勢はきつい。
「すみません、失礼します」
俺は両腕で支えている状態の先輩をしっかりと抱え直すことにした。
お姫様抱っこ、そんな感じになってしまったがまぁ仕方ない。
そうして、一度先輩の体全体を抱えて立ち上がると、今度はしっかりと先輩をシミュレーターの床に降ろした。
すると同時に、AIちゃんの実況が飛び込んできた。
『なんとー! さきほど凄まじい攻撃を見せた16号機、棒立ちのままRev4の射撃攻撃に飲まれる!! これはひとたまりもありませんっ、一撃でRev16退場ーっ!』
うん、なんか先輩といちゃついてる間に模擬戦終わった。負けてしまった。
完全に現実世界に引き戻されていたからか、レヴォルディオンがやられたというのに最初のような痛みは感じなかった。
「負けちゃいましたね。すみません先輩」
「ううん、私の方こそ試合中に変なことしちゃって。ごめんね、総一くん」
先輩の顔は赤い、更には俺を見る先輩の視線が眩しい。
模擬戦を始める前も輝くような熱い視線を向けてくれていたが、いまではそれがより一層熱を帯びている。今にも溶けてしまいそうだ。
シミュレーターの入り口ハッチが開かれて、俺達は外に出た。
すぐにのぶねぇが駆け寄ってくる。
「ちょっとあんた達なにやってたの!? 機体トラブルってわけでもなさそうだったのに棒立ちで!」
「いやぁちょっと、急に刀道先輩の具合が悪くなっちゃって……ね、先輩」
「え……あ、はい。すみません急に目眩がして」
先輩とその場で口裏を合わせるが、訝しむような表情を見せているところから察するにのぶねぇはたぶん信じていないだろう。
「……まぁいいわ。んじゃ、他の生徒たちと一緒に見なさい、クラスメイトの善戦をね」
「クラスメイトの?」
「そ、エルフィちゃんとエインハルト姉弟。さっき総一達を倒したRev4よ」
のぶねぇは、「まさか気付いてなかったの」と目を見張っているが、全く知らなかった。
「そういえば、なんかAIちゃんが射撃攻撃がーとか」
「……全く知らななかったのね」
のぶねぇは呆れるような言いようで俺を見やるが、それどころではなかったのだから仕方ないだろ。
しかし射撃攻撃でやられたとは一体どういうことだろうか。
127mmライフルでは短時間でレヴォルディオンを撃破にまで持ち込む事は出来ない。
そんな事を考えながら、俺たち3人は前半戦を観戦していたモニターへと向かう。
「今年の一年はチートだねチート! あたし達のさっきの善戦がまるでお遊びだよ」
モニターを見ている集団の横隅へとたどり着くと、沢森さんがのぶねぇと刀道先輩を見つけてこちらへやって来た。
「まさか初っ端から攻撃性アビリティの具現武装使ってるなんてさ、これがチートじゃなくてなんだって話よ!」
「凄いよね、今年の一年生!」
「……愛紗、一つはあんたの能力でしょうが」
訴えるようなジト目を沢森さんは刀道先輩へと向ける。
「私の能力だけだとああはならないよ、かなちゃん。やっぱり総一くんだから!」
「あーそうか、あんたが『あの』総一くん、ね」
沢森さんは刀道先輩へと向けていたじっとりとした視線をそのまま俺へとスライドさせ、更にその怪訝そうに訴えかけるような目元を強める。そして自らのエアリーな感じのボブカットである髪の先端をくるくると指で弄んだ。
「総一くん、紹介するねこの子は――」
「はいはい、《沢森かなみ》、沢森かなみ。革命科2年生でわたしや愛紗とそこそこ絡んでる~って感じ。んじゃ、観戦しましょうね~」
刀道先輩が沢森さんを紹介しようとすると、のぶねぇが割り込んできて手短に紹介を終えた。
「ちょ、のぶねぇなんか雑じゃない?」
「うっさい、別にいいでしょ」
信子がそう言い放つが、沢森さんは完全には納得できていないようだった。
「まぁいいけどさ、よろしくね総一くん」
「あー織田総一です。ども、よろしくお願いします沢森先輩」
「あーいいっていいって沢森で、あたし先輩って呼ばれんのなんか慣れなくてさ」
沢森さんは照れくさそうに笑った。