第34革 神の遺体
八枷に連れられて、いくつもの厳重なセキュリティを突破して辿りついたのは、革命科実習棟の作戦指揮所の更に地下深く、重々しい巨大扉の前だった。
まさかその遺物とやらにご対面できるとでも言うのだろうか。
巨大扉をAIちゃん連携の虹彩認証と声紋認証で開いた八枷が、先を歩きながら俺に話しかけてくる。
「遺物とはすなわち、《神の遺体》。
そう我々は思っていたのですが、それは正確では無いという事が後に判明しました」
「神の遺体!? なんだよそれ、そんな話聞いたこと無いぞ。
ネットニュースにだってそんな話題は……」
物心覚えたときからネット漬けだった俺だって全く聞いたことが無い。
「それはそうでしょう。
神の遺体であるという推測が固まった段階で、超極秘機密入りした案件ですからね」
八枷の言葉にごくりと生唾を飲み込む。扉の先、大きな八角形の箱の目の前までやってきて八枷その足を止めた。
「申し訳ありませんが中身は総一さんであってもお見せできないのです。
と言いますか、わたしでも開封権限を持ち合わせていませんから仕方ないのですが……遺物はここ旧長野県の山中で、特区内で見つかったのですよ総一さん」
箱はなんらかの金属で出来ているようだった。
遺体というからには不動態のような酸化皮膜に覆われてボロボロになっているような金属や石造りの棺を想定していたのだが、目の前にある一辺が1.5メートルほどの八角形のそれはとても遺物とは言えないように美しい白銀色だった。
その表面には動植物と思わしきモチーフの鮮やかな彫刻が彫られている。
「これが神の遺体、その棺です。
中にはこれを《アーク》と呼ぶ研究者もいますが、我々はただ単に棺であると認識しています」
そりゃあ昔から神道に傾倒した国粋主義者達は、みんなこの国を神の国なんて呼んでいたらしいけれど、まさか本当に神の遺体がこの国から、それも特区から見つかったっていうのか。
それにアークだって? これが世にいう契約の箱だとでも言うつもりなのかよ。
箱に目を奪われていると、ふっと光のきらめきが頬を掠めた気がして、八枷のいる方へと振り向く。すると、そこにはいつの間にか姿を成長させた八枷が――イヴがいた。
「まぁ、中身がないわけではないのだけれど」
イヴは目を伏せながらぽつりとそう漏らしてから、髪を解く。
そして右手の指先を差し出してきて俺の唇に当てた。
「女の子の寝顔を殿方に見せるのは、ほら色々とあれでしょう?」
以前総長室で会った時と同じ、悪戯な笑みをイヴが浮かべる。
それから俺の唇に当てていた人差し指を自らの瑞々しい桜色の唇にそっと押し当て、
「秘密よ、総一」
そう前置きしてから、
「あの中に入ってるのはわたしなの」
と、ただそれだけ言った。
そして俺が「イヴ……」と彼女の名を呼ぶと、彼女は俺の背後へとすっと回り込んだ。
「ダメよ、振り返っちゃダメ」
イヴはそう言ってからそっと俺の耳元でささやき始める。
艶やかなアルトであるイヴの声と共に、背中からふっと柔らかい感触が一緒に伝わってきて頭が蕩けそうになる。
「神っていうか、そうねイヴって言うのそのままよ。
わたしは神が作り給うた《原生人類》、アダム達に望まれて生まれいでた女達、その最後の一人、それがわたし。
それと――あのね、総一、伝えておくことがあるの。わたし貴方にイヴって呼べって言ったでしょう?」
「あぁ、確かにそう言ったと思うけど」
「でもね、わたしの本当の名前は――」
彼女は静かに耳元でそっと囁いて、俺に本当の名を伝えてくれた。
そして再び、優しい光が背後できらめいたような気配がして、暫く後に八枷が俺の目の前へとひょいと顔を出してやって来た。
「まぁ儀式のようなものと言いますか、彼女と私にとって重要な事だったんですよ総一さん」
八枷が少しだけ恥ずかしそうな表情を見せる。
こんな顔はいままでだって見たことがない。
「彼女は《最後のイヴ》。
わたしと総一さんとの会話ではただイヴと呼称して構わないそうです。
けれど、しっかり覚えていてください総一さん。
彼女の本当の名前を、これ一度きりしか教えてくれないそうですから」
「あぁ、忘れないよ。いい名前だ」
「でしょう? あの名前はわたしが付けたんですよ」
八枷は自慢げに元のサイズに戻った胸を張る。
幽霊のようなものだと比喩していたあのイヴが、原生人類、誰もが知るあのアダムと対になる最初の女――その人だっていうのだ。
「最後のって言うのは?」
「あぁ、そうですね。ついでだから教えてしまいます。
彼女は最後のイヴ、そして《希望のイヴ》なのです総一さん。
わたし達人類に残されていた最後の希望、それが彼女。
無限のエネルギー《フォルツリーヴェ》の真の源なのです」
最後で希望で、フォルツリーヴェの真の源??
さっぱり意味がわからないが、並び踊る『無限』を始めとしたワードにはちょっとだけ胸が高鳴る。しかし、正直言って首を傾げざるを得ない。
「そうですね、混乱するのも無理はありません」
八枷は言いながら、イヴによって解かれた髪を手早く纏め直し始める。
「以前、入学時に講義室でツイステッドメタルについて説明したと思いますが……総一さん、あれは厳密には事実ではありません」
「え?」
「ですから嘘です。ツイステッドメタルなんて金属は本来存在しないのです。
“革命機構が研究開発により独自に生み出した、ここ以外では誰にも知られていない”――ここまではほぼ事実ですが、ツイステッドメタルは金属ではありません。ただのカーボンナノチューブです」
八枷はちょっとだけ得意げな表情でそう言い切る。
しかし、レヴォルディオンの装甲は伊達じゃない。戦車砲を何発かもらったところでまるでびくともしない超高性能装甲なはずだ。
「いや……でも、じゃあどうしてあんなに半端ない強靭さを持った装甲になるんだ?
――ちょっと待て、まさか現実にはただのカーボン装甲くらいの防御力しか持ってないなんてオチはないだろうな……?」
シミュレータ内でだけあの強靭さが発揮され、現実にはただのカーボン程度の防護能力しか持たない。そんな残酷な嘘をつかれていた可能性を思いついてしまいゾッとする。
俺が実機で被弾したことがあるのは合宿時のガトリング砲の数発だけだ。可能性は捨てきれない。
「まさか、ご安心ください。シミュレータ内と同等の性能を現実でも発揮しますよ」
「じゃあ……」
「カーボンナノチューブの糸を幾重にも折り重ねて作られた装甲に、イヴの遺体から抽出され培養し個体化させたフォルツリーヴェを薄く表面に塗布する事でツイステッドメタルとなる――簡単にいえばこんな感じでしょうか。
その際、カーボンにはなかった有機物のように振る舞う特殊な性質を持ち、装甲の微細構造が螺旋構造となるのです」
説明を終えたハカセは、「まぁ意味不明ですよね」と締めくくった。
「わたし達とて、この量子的としか思えない微細構造の変化を完全に理解しているわけではありません。
どうやらここではない別の空間に、受けた運動量の一部を放出することで絶大な柔軟性と耐久性を獲得しているというところまでは判明しているのですが……」
「別の空間に運動量を放出、ね……てかそんなよく分かってないものだったのか……」
「えぇ、まぁ圧倒的性能なのは変わりません。
あぁ、ですがこれだけは教えておきますね。
レヴォルディオンの装甲色が起動時に変化する現象はもはや見知ったものだと思いますが、あれが起きないとマジでただのカーボン装甲同等の耐久力のままですので、作戦行動中は決して機体の動力を落とさないように注意してください」
絶対に何かがあるとは思っていたが、機体カラーの変化にはそんな意味があったのか。
「さて、取り敢えずは今日やっておきたい事は済みました」と八枷が満足気な表情で淡々と言うので、俺達は地下遺跡を後にして家路についた。




