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革命のレヴォルディオン  作者: 成葉弐なる
第二章

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第21革 俺にとっての二人と、一人と一人

 シミュレーター訓練を終えた俺達は帰路に着いた。

 アイン、エルフィさんと共にオーカーで学園前へと移動。

 オーカーが二人を降ろす為に停車する。


「総一さんは寮に来たことはないのですよね?」


 我先にと左側のドアからオーカーを華麗に降りたエルフィさんが、助手席に座る俺へと唐突に質問を投げかけてきた。


「寮生以外が近寄るものでもないかなと……」


 俺はそう答えると、気まずさを隠すように耳の下を掻いた。


 寮に住む大多数の生徒たちは近くに実家などない。それどころか親さえ、親類さえいないような学生だって多数いると思う。

 エルフィさん達だって旧首都から来たという事だから、そういうことだろう。


 俺は恵まれているのだ。

 学園のすぐ近くに家があり、親代わりの祖父母がいて、鬱陶しいほどに弟思いの従姉が居る。なんだって言うなら八枷を義妹(いもうと)として付け加えたっていい。

 ――そんな俺が、天閃学園寮に近付くのは(はばか)られた。


 アインがオーカーを降りるなか、エルフィさんが俺の言葉を聞いて考え込む。

 だがすぐに結論が出たようで神妙な面持ちでエルフィさんが俺の顔を見つめる。


「――総一さんの気持ちも分からないわけではありませんわ。

 寮生の中には、総一さんのような方は多くありません。

 けれど、それで本当に良いのでしょうか? お互いをお互いに良く知らずに遠慮しあう状態のままで」


 俺の寮生に対する感情は、エルフィさんに簡単に見透かされていた。


「それに……総一さんはアインと、弟と友達になってくださったのでしょう?」


 エルフィさんの目は真剣そのものだ。

 俺とエルフィさんの会話を聞いてか、慌てるようにして右ドアから降りてきたアインがエルフィさんの隣に並ぶ。


 アインと知り合ったのも話をしたのも、カミール先生の采配によるものだった。

 俺にいつも積極的に声をかけてくれたのもアインからだ。

 気楽に『友達としてよろしくな』とかけた言葉だって、くん付けを嫌ったのだって、自分がただアインによそよそしく接するのが億劫だっただけだ。


 けど、今は違う。


 幾度となく慰めてもらったからなのかもしれない。優しくして貰ったからかもしれない。

 理由なんて適当でいい。俺は二人を明確にかけがえのない友であると認識している。

 その事実だけが重要じゃないか。


 だから、俺はこれでもかと笑って答えた。


「もちろんですよ、アインは俺の立派な友達です。

 それに――俺はエルフィさんとも友達のつもりですよ?」


 俺が渾身の笑みで言った台詞に、エルフィさんはなんだかあたふたしているように見える。

 その表情はコロコロと変わりゆく。嬉しそうだったり、恥ずかしそうだったり、はたまた少し残念そうな顔になったりしていた。

 そんな百面相を一通り終えると、エルフィさんはかなみさんのように右側のツインテールの毛先を数度クルクルと弄ぶと、胸を張って大きな声で言った。


「――な、なら後日、総一さんを天閃学園寮に友人として招待いたしますわっ!!」


 それだけ堂々と宣告すると、エルフィさんは「おやすみなさい総一さん!」と言って逃げるように寮に向かって行った。


「何か不味いこと言ったかな?」


 俺がポツリとそう呟くと、アインが首を横に振る。


 どうやら機嫌を損ねたというわけではないらしい。


「つか、本当にお邪魔していいのか? っていうか俺、なんにも知らないぞ寮のこと!

 一応学生寮なわけだし、訪問するにあたって手続きとか色々面倒だったりしないのか?」

「一応手続きが必要ではあるのですが、それは僕達が申請しておきますよ。

 総一には後で日時を教えます。おそらくは日曜日になるでしょうが……総一、予定は?」

「おいおい、学園に通う以外は家にひきこもるのが俺の今のライフスタイルだぜ?」


 正確にはAIちゃんと一緒にネットの海に溺れるのが、俺の新たな自宅での日課である。

 一人寂しく話題ランキングを見ていた頃とは違うのだよ。今ではAIちゃんが一緒さ。

 簡易ロックが施された自室に邪魔が付け入るスキはない。

 ないったらない。


「では、日曜は空けておくようにしてください」


 アインは笑いながらそう言うと、「僕もこれで失礼します」と寮へと去っていった。


 二人を降ろすと、オーカーは俺だけを乗せて織田家近くの停留所へと向かう。

 一人で寂しくなったわけじゃないが、俺は鞄からガジェットを取り出すと装着した。

 スリープ状態だったOSはすぐに起動して、AIちゃんが姿を現す。


『ふっふっふ~、青春してますね~総一さんっ!』


 物知り顔でAIちゃんが俺をからかってきた。


「何のことかな?」


 素知らぬ顔を貫いてそう言ってみたものの、AIちゃんのニヤニヤ顔は変わらない。


『とぼけても無駄ですよっ、ちゃ~んと見てましたからっ!

 天閃学園前と言えば監視システム。監視システムと言えばわ・た・し! それに停留所のカメラにもわたしの目は及んでいるのですよ総一さん!

 三人のちょっぴり恥ずかしくなっちゃうような青春の1ページもこうしてですねぇ……』


 AIちゃんがそう言うと、画面上に新しいウィンドウがポップアップ。

 そして、さきほどの会話の録画映像が、俺のくっさい台詞のシーンが流れる。俺は即座にその映像を横にスワイプして消し去った。


「……参りました」

『素直でよろしいですっ!』


 俺の敗北宣言を受けてかAIちゃんはとても上機嫌だ。

 が、しばらくすると、もじもじと何かを言おうとしてこちらを見つめ始めた。


『あー……それからですね、総一さん』

「どうしたのさ?」


 俺がそう聞いても、AIちゃんはなかなか言い出せずにいた。


 AIちゃんが躊躇(ちゅうちょ)する事ってなんだろうか?

 俺がすぐに思い付くのは一つしかない。


「もしかして、先輩に関連する?」

『なっ! 総一さんはランプの精ですか!?』

「ランプの精? ごめん、どういう意味?」

『心の中で連想する人物をいくつかの質問で見破るという、古典的な総当りプログラムで作られた私の大先輩にあたるキャラクターでして……って! そんな事はどうでも良くてですねっ!』


 AIちゃんはランプの精の解説を中断すると、俺に向き直る。


『その、わたしが言うのもおかしいかなとは思うのですが……』


 そう小さな音声を出力しながら、AIちゃんは意を決したかのように琥珀色の瞳を大きく見開く。


『総一さんはマスターの事が嫌いなのですかっ!?』


 AIちゃんは叫ぶようにそう言った。

 若緑色の艶やかな長髪が揺らぎ、大きく見開いた瞳も勢いのままに閉じられている。


 俺がAIちゃんの質問にどう答えたものかと思案していると、AIちゃんの閉じられた瞳が開かれる。

 その琥珀色の目には明らかとまでは言えないまでも、怒りの色が滲んでいた。


『どうなのですか!? 総一さん!!』

「ど、どうって言われても……別に」

『別にぃ?! 総一さんにとってマスターとはその程度なんですか!?

 最近、マスターを避ける素振りばかり見せてっ――』

「――いやいや、そういう事じゃなくて! ちょっと待って、考えをまとめるから!」


 俺がそう言うと、AIちゃんは俺の目の前で英国風の椅子を生成する。そして椅子の背を俺に向けると、背もたれに腕を預けるようにして乱暴に座った。

 取り敢えず待ってくれるようだ。


 しかしなんと答えたものだろうか。

 嫌いではない。それは確かだ。でも先輩を避けていた。それも確かだ。

 ええい、相手はAIちゃんだ。臆することはない。

 思っていることをそのまま伝えればいいじゃないか。


「嫌いじゃないよ。ただ――」

『ただ!?』


 AIちゃんの座る椅子がガタッと音を立てる。


「ただ――先輩が俺の事を嫌いになったんじゃないかって、そう思ってさ」

『マスターが総一さんを……?』

「だって考えてもみろよ、俺すっごいかっこ悪かったろ……!」

「はぁ……?」

「演習のときだよ! 潜水艦を破壊しろって言われた時!

 あの時、俺なにも出来なかった。ただ震えてさ、先輩にも心配されてさ。バカみたいだったろ……」


 革命をするんだって粋がって、ただそれだけで覚悟なんて出来てなくて。

 急に実戦になった事で震えが止まらなかった。

 俺が、レヴォルディオンという圧倒的な力を奮って、敵を、人を殺すんだって。

 分かっていても、必要なことだと思っていても、出来なかった。


 あの時の俺は本当に無様でかっこ悪くて卑しくて、どうしようもない出来損ないだった。

 だから、俺はそんな姿を見せてしまった先輩に、取り返しの付かないほどに嫌われてしまったと思った。なんとなく先輩と居るのが気不味かった。


 それで、先輩を避けるようにしていた。


『つまり――総一さんはマスターに嫌われたと思っていたと?』

「……そうだよ。実際そうだろ、あんな醜態を晒してさ」

『それでなんとなーく気まずくて避けていた――と?』

「そう、ほんっと情けないよな俺……」


 俺の愚痴のような心の内をうちあけられたAIちゃんは、浮かない表情で文字通りに思考停止状態になったように完全停止してしまった。

 小さく声をかけてボイスコマンドを出したり、手を振ってトラッキングさせてみても反応がない。


 ものの数十秒そうしていたかと思うと、AIちゃんの動きが戻った。

 AIちゃんは座っていた椅子の位置を更に近づけて、俺の目の前に椅子を置く。

 それから椅子を反対向きにして正しく座りなおす。

 その一連の動作を行うAIちゃんの表情は、これまで見たこともないほどに何の感情も感じられない真顔だった。


『……』


 目の前にAIちゃんの真顔が迫る。

 そして、物言わぬAIちゃんの瑞々しい唇が、動き始め――。


『――馬鹿ですか、総一さんは!!』


 大音量で出力されたAIちゃんの音声が俺の耳に轟く。

 けれど、大音量の怒声とは違い、AIちゃんの表情はほっとしたような優しい笑顔だった。

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