第九話「気が付けば殺戮兵器」
「……」
私は目の前で起きた事が信じられずに、立ち尽くしていた。
鵺さんが剣を構えて突進して。
それから鵺さんの動きは見えなかった。
何故なら鵺さんが男の人に近づいた時点で、私は思わず目を閉じていたからだ。
だけど何も音が聞こえないから、すぐ目を開くと男の人達が同時に崩れ落ちるのが見えて。
それから男の人二人が――いきなり燃え上がった。
そして跡形も無くなってしまって。
まるで手品のようだった。
道路に残っているのは二本の刀だけ。
「――ひと、ごろし?」
だったのかすら判断できなかった。
死体が残っていて血でも流れていたら現実だと思えるのかもしれない。
でも何も残っていなかった。
私は恐る恐る、刀のある場所に近づいてみる。
道路には何の痕跡も残っていなかった。
「確かに……いたよね」
手品とかでよく見る、燃える紙みたいに跡形もなく男達は消えた。
私は刀に手を伸ばしてみる。
「赤錆、何をやってるの」
「ひっ」
私は慌てて手を引っ込める。
顔を上げると鵺さんが目の前に立っていた。
「ぐずぐずしないで、お兄様がお呼びよ」
鵺さんの口調が何だか荒い。不機嫌みたいだ。
「わ、わかりました」
私は刀を放置して鵺さんに従い、公園へと入る。
公園には羅刹だけが立っていた。
確かもう一人、男の人がいたはずだけど……。
「――!」
私は地面に転がっている一本の刀を見つけ一瞬、息が止まった。
地面には何の跡も残っていないけど。
でも羅刹の目の前にあるだけで、それはとても不吉な物に見えた。
「赤錆」
「は、はい」
私は羅刹に呼ばれて返事をする。
「これが我らの世界だ」
羅刹はそう言うと、地面に落ちていた刀を拾う。
「お持ちいたします」
鵺さんがすぐに羅刹の元に走り寄り、刀を羅刹から受け取った。
「見ただろう。鵺の力を。人刀の力を」
「み、見ました……けど」
けど信じられない。
あんな非現実をいきなり見せつけられて信じろという方が無理だと思う。
「我々は人刀を使う殺戮兵器。それも圧倒的な力を持つ兵器だ」
羅刹の言葉で、やっと私は『やっぱりあれは人殺しだったのだ』とはっきり自覚した。
つまり鵺さんも人殺しだったのだ。
薄々、勘付いてはいたけど認めたくはなかった。
だってクラスメイトに人殺しがいるなんて――。
「ちょっと赤錆! お兄様の話、聞いてるの!?」
「き、聞いています」
鵺さんは険しい表情で私を睨みつける。
何故か分からないけど、もの凄く機嫌が悪いみたいだった。
今も私をずっと睨みつけている。
「赤錆」
羅刹の言葉で私は、あわてて鵺さんから視線を戻す。
羅刹の目も、冷たく凍りついている。
針の筵の上に立たされているというのはこういう気分なのかな、と思った。
二人の殺人鬼に周りを固められて生きた心地なんかしない。
ぶるぶると震える私に羅刹は、こう言った。
「お前もそうだ」
「――」
…………?
「何がですか?」
私は三秒くらい考えてから聞き直した。
「お前も殺戮兵器の一つだ、と言った」
私が……殺戮兵器?
「お前に施したのは人刀術。人を殺戮兵器に変える秘術だ」
人を……殺戮兵器に?
私は羅刹の言葉を理解するのに必死だった。
「鵺もそうだ。人刀術によって人刀となった人間だ」
「そうよ。私はお兄様の手によって私は人刀に成ったの」
鵺さんは自慢げに胸を張る。
「あの時のお前は見てはならないものを見てしまった。本当なら殺すしかない状況だったが私が人刀に作り替えた為に、あの場で命を落とさずに済んだのだ」
「感謝しなさい。お兄様の心遣いに。お兄様の人刀には選ばれし者しか成れないのよ」
「どうして……私を?」
私は羅刹に聞いてみる。
「戯れだ」
羅刹は短く答えた。
戯れってそんなのあり!?
と言いたかったが羅刹は驚くほど真面目な顔をしていたので、私は言葉を飲み込むしかなかった。
「本当ならあんたみたいな屑を人刀――それも真打ちにするなんてあり得ない事よ。良かったわね」
「ぜ、全然、良くありません」
良く分からないけど、私は人刀っていう殺戮兵器にされてしまったらしい。
しかも戯れで、だなんて。
「そうしなければ私に殺されていた。それでも良くはないか?」
酷すぎる二択だった。
死ぬか、殺戮兵器になるか、だなんて。
私はすぐにでも逃げ出したい気持ちを抑える。
こんな事実は受け入れられないし、こんな場所にいたくもなかった。
私は普通の高校生だ。
決してこんな世界の住人じゃない。
私は鵺さんが持つ本物の日本刀を見ながら、そう思った。
「まあいい。とにかくお前には言っておかねばならん事がある」
「何ですか」
「赤錆、今お前は非常に危険な状況にある」
「……え」
いきなりの言葉に私は目を丸くした。