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羅刹 -夕闇を歩く少女-  作者: 猫村慎之介
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第七話「人刀 ―鵺―」

「役目を果たす時が来たのよ。さあ、早く!」

 鵺さんは私の腕を掴んだまま、部屋を飛び出す。

「鵺さん、鍵を……」

「それどころじゃないわ。走りなさい!」

 言いかけた私を引きずるかのように鵺さんは走る。


 私を引っ張る鵺さんの力は凄まじかった。

 彼女のどこから、こんな怪力が出てきているのか分からないほどの力だった。

 私は抵抗する事を諦めて、鵺さんに引っ張られるままに走る。

 鵺さんは寮から飛び出すと、住宅街を走り始めた。


「ど、どこに行くんですか」

「この先にある公園よ」

 鵺さんは前しか見ていない。


「公園で何をするんですか?」

「……」

 鵺さんは私の質問を無視した。

 でも表情は笑っている。

 もちろん、あの見るだけで凍りつくような笑みを浮かべたままだ。


 やがて公園が見えてきた。

 いつも学校に行く通学路にある公園だ。

 昼は人がいるけど、やっぱり夜になると中には誰もいない。


「あれ、なんだか変?」

 しかし何だか今日は雰囲気が違っていた。

 人がいない夜の公園だから不気味だ、という訳じゃなくって。

 上手く言えないけど、何だか雰囲気が……。


「突っ切るわよ」

「え?」

 鵺さんが何か呟く。

 その瞬間だった。


「あいったたたたた!!」

 私の全身を電流のような何かが走った。


「な、何!?」

 でも、もう痛みはない。

 一瞬だけの痛みだった。

「今のは一体」

「ふん、それなりの結界ね。道理で私が呼ばれる訳だわ」

 鵺さんは、やっぱり私の質問を無視して公園へ走る。

 何が起きているのかさっぱり分からない。

 私はこっちを見向きもしない鵺さんから視線を外し、公園を見た。


「あ……れ?」

 公園の中に、いつの間にか数人の人間が立っていた。

 ついさっきまでは誰もいなかったはずなのに。


「くっ、力押しで結界を突き破るとは!」「馬鹿な!」

 中にいた数人が私たちを見て声を上げる。

「この程度の結界でお兄様の人刀を止められると思って!?」

 鵺さんは公園の人に向かって叫んだ。

「え、お知り合いの方ですか?」

 私は聞いてみる。

「お兄様! 今、行きますわ!」

 やっぱり鵺さんは無視だった。

 もう今は何を聞いても無駄みたいだ。


「主と会わせるな! 人刀を止めろ!」

 良く見ると公園にいるのは、羅刹と三人の男性みたいだった。

 数人の男性のうち、二人が一人の指示で私たちの方に向かってくる。

「赤錆、余計な事はしないでよね」

 鵺さんはそう言って、やっと私の腕を開放してくれた。


「いたた……痣になってないかな」

 私は掴まれていた右手を見る。

 掴まれていた右手は赤くなっていた。

 それにしても、この人たちは一体誰なんだろう。

 話しぶりからして鵺さんと知り合いみたいだけど。


「主と離れた人刀ごときに、私たちが倒せるか」

「真打ちとて、その力は減じておるはず」

 男性二人はそう言って、腰にさしてあった棒を引き抜いた。

 でも、その棒は途中で二つに分かれて、中から銀色の――。


「え……」


 私はそれを見て、思わず立ちすくむ。

 男性二人が引き抜いたものは、街灯の明かりを受け鈍い銀色を放っていた。

 一瞬、理解するのに時間がかかったけど、あれは……。

 あれは間違いなく。


 ――日本刀。


 一瞬で全身に鳥肌が立つ。

 抜き身の日本刀を持った男が二人、こっちへと向かってきた。

 本物かどうかはわからないけど、刃がないとしても、あんなもので叩かれたら痣なんかじゃ済まない。

 それなのに鵺さんは、まっすぐ男の方へ向かっていく。


「ぬ、鵺さん!」

「赤錆、動くな」

 そういうと鵺さんは右手をぐっと握りしめる。

 ぼっ、と音がする。


 いきなり、何の前触れも無く、鵺さんの右手が燃え上がった。


「鵺さん!?」

 私は悲鳴に近い声をあげる。

 右手が燃えているのに、鵺さんは微動だにしない。

 男二人も目の前で少女の右手が燃えているというのに、驚きもしなかった。

 ただ鵺さんに向かって刀を構えただけ。

 鵺さんに動くなと言われていなければ、私はすぐに右手の火を消しに行っていただろう。

 でも燃えても、じっとしているという事は男二人を驚かせるための手品か何かなのかもしれない。

 少なくとも本当に燃えているとは信じたくなかった。


「私はお兄様の元に向かわないといけないの。逃げるなら今のうちよ?」

 そして手品と思っていた私の考えは、数秒でかき消される。

 鵺さんの右手から火かき棒のような赤い棒がゆっくりと伸び出たからだ。

 それだけなら手品だとまだ疑えたかもしれない。

 でも、その火かき棒が出た瞬間――辺りの温度が上昇した。


 私は鵺さんから何メートルも離れている。

 それなのに熱気を感じたのだ。

 つまりそれは鵺さんの持っている真っ赤な火かき棒が、たき火に近いレベルの熱を持っている、という事になる。

 しかも一瞬じゃない。

 火かき棒がゆっくり伸びるにつれて、辺りが暑くなっていく。


 手品でこんな事、できるはずがない!


「くっ、この火力……!?」

「怯むな。我らも人刀使いだぞ!」

 鵺さんを見て一歩下がった男に、もう一人の男が呼びかける。

 私はとっくに鵺さんから何歩も離れていた。


「ああ、残念。驚いて逃げればよかったのに。そうすれば私はもっと早くお兄様の元にたどり着けたのに」

 鵺さんの持っていた火かき棒は、ゆっくりと薄く引き延ばされていく。

 引き延ばされたそれは、もはや棒ではなく。


 ――剣だった。


 真っ赤になっていた剣が、急激に色を失う。

 同時に辺りの温度も急激に下がっていく。

 そして赤い光はなくなって。

 代わりに街灯に浮かび上がったのは銀色の光。


 それには見覚えがあった。

 あの時。

 私が惨劇を見た場所で羅刹の右手に光っていた剣。

 間違いなく血で塗れていた、あの美しい剣だった。


 鵺さんは右手に創り出した剣を構える。

 私の見間違えだろうか。

 蛍光灯に照らされた剣の軌跡が紅く見えたのは。


「それでは焼き殺してさしあげましょう」

 鵺さんは笑っていた。

 あの、凍るような笑みを浮かべて。


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