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羅刹 -夕闇を歩く少女-  作者: 猫村慎之介
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第六話「プライベートありません」

 授業が終わって、私は一人で寮に帰った。

 美耶子は部活だし、他の友達も用事があった。

 でも今日は何より一人で帰りたかった。


「ふぅ」

 私は短くため息をつく。

 とにかく美耶子が部屋に帰ってくるまでに気分を元に戻しておかないと。

 そうしないとまた美耶子に心配をかけてしまう。


 学校と寮はすぐ近くだ。

 私は寮に入ると、長い廊下を通り部屋に戻る。

 部屋の電気を点け、荷物を下ろして着替え始めた。

 そうして、着替えながら考える。


「鵺さんも……やっぱりそうなのかな」

 確信じゃないけど、そうなんだと思う。

 実際に殺してる場面を見てはいないけど。

 雰囲気と言葉だけでの判断だけど。

 鵺さんは『異質』だった。

 私たちの世界とは違う。

 もっと暗くて深い場所で、鵺さんは生きてきてるんだと思う。


「勉強――しないと」

 食事まで、まだ時間がある。

 三日間の遅れは思っていたより、かなり大きかった。

 遅れは取り戻さないといけない。

「美耶子の進級もかかってるし」

 私は机に教科書とノートを広げた。


「……そうだ」

 私は気になっていた事を調べるためにノートパソコンを広げる。

 可能性は低いけどもしかしたら載ってるかもしれない。

 パソコンを起動させ、インターネットに接続する。

「――人刀っと」

 検索ホームページで『人刀』という字を検索してみる。

「んー、やっぱり載ってなさそう」

 検索してみたけどそれっぽい事は何一つ掲載されていない。

「二人の様子からすると機密事項っぽいし、インターネットに載ってたりはしないかな」


 鵺さんは私が人刀になった、と言った。

「そういえば鵺さんが病院で少しだけ説明してくれてた気がする」

 人刀術というのが存在して、それをかけられた人間は奴隷になるという。

 曖昧だった病院の記憶が少しずつ思いだせるようになってきた。

「催眠術、みたいなものかな?」

 一応、人刀術と催眠術で調べてみたけど、それらしいホームページは出てこなかった。


「うーん。何だろう……」

 よく分からない。

 ただの催眠術でここまで監視されたりするんだろうか?

 でも、あそこまで強力な催眠術なら極秘にする理由も分かる気が――。

 そこまで考えた時に部屋のドアがノックされた。

「誰だろ。はーい」

 私はノートパソコンを閉じると、ドアを開いた。

「どーも」


 ドアの前には鵺さんが立っていた。


「……」

 私は無言で立ち竦む。

 ど、どうして寮の中に……。

 何で!?

 ありえない!

「今日からこの寮に入る事になったの。よろしく」

 事態は最悪の方向へ、順調に向かっているみたいだ。


「なに固まってんの? 入るわよ」

 鵺さんは勝手に私の部屋に入る。

「ちょ、ちょっと待って!」

「ていうか今どき相部屋とかあり得ないんですけど。ほんと、何もかもあんたのせいだからね」

「私のせいですか」

「そーよ。それで全部丸く収まるのよ」

 私が収まってない。

「あんたの所もやっぱり相部屋ね……私の所も相部屋で参るわ。そうそう、ちょっと聞いてくれる? 私のルームメイト、酷いのよ」

「どう酷いんですか」

「私の出身とか、何が好きとか、趣味は何とか、そんな事ばっかり聞いてくるのよ? 転校初日だからゆっくりさせろっての。こっちは疲れてんだから」

 私は鵺さんのルームメイトに思わず同情してしまった。

 親交を深めようとしてくれているのに、まさか本人がそんな風に考えてるとは思ってもみないだろう。

「どーしてあんなに質問責めなの? そんなに聞いて何か意味があんの?」

「単純に鵺さんの事に興味があるんですよ。みんな」

「はー、高校生の考える事は訳がわかんないわ」

 高校生関係無く、それは普通だと思うけど……。

 立ち竦む私を放置して、鵺さんはため息をつき美耶子の椅子に座った。


「しっかし――」

 鵺さんは私達の部屋を見回す。

「甘ったるい部屋ねぇ。何このピンクのカーテン。うっへ、人形なんか置いてある」

「それは私の趣味です。美耶子のじゃないですから」

「なら余計悪いわ。化粧品の一つくらいないの? だっさ」

「校則で禁止されてます」

「バカじゃない? 校則なんて破るためにあるんでしょ。まあ赤錆さんの場合は化粧しても変わらないだろうし、どっちでもいいんでしょうけど」

 鵺さんは嫌みの塊だった。

 ここまで嫌われると逆に清々しいくらいだ。


 それにしても私って鵺さんに嫌われるような事したっけ……。

 記憶を掘り起こしても、まったく思い当たらない。

 むしろ校内案内とかしてあげたのだから感謝してほしいくらいだ。


「生ぬるくてイライラするわー。こんな所にいたら錆びてしまいそう」

「鵺さんって今まで本当はどこにいたんですか?」

「まーた質問? いい加減にしてよ」

「それくらい答えてくれてもいいじゃないですか。大事な事は何も答えてくれてないのに」

「嫌よ……ていうかお茶の一つも出ないの? サービス悪いわねぇ」

「分かりました! 今、入れます!」

 私はダージリンティーの用意をする。


 何でこんな人に、お茶なんか入れないとダメなんだろう。


 私は腹を立てながらもお湯をティーポットに入れる。

 鵺さんは私の方をじっと見ていた。見られていると何だか緊張する。

 きっと、どこかで文句が言えないか粗探しでもしてるんだろうけど。

 しばらく私はお茶を入れる作業に集中した。

 文句を言われないように、いつもより丁寧に、素早く動く。

 やがてダージリンティーが完成した。

「はい、どうぞ」

「遅いわよ。いつまで待たせんの」


 ダージリンティーを顔にかけてやろうかと思ったけど我慢した。


 鵺さんはカップに注がれたダージリンティーを飲む。

「ふん――まあまあね」

 まあまあ。

 今まで美味しいとしか言われた事はなかった私には少しショックな感想だった。


「で、何しにきたんですか」

 私は鵺さんがどうして部屋に来たのか気になっていた。

 あれだけ殺気すら籠めて大嫌いだと言っていた相手の部屋なのに。

「決まってんじゃない。五月蠅いクラスメイトから逃げて来たのよ」

「外に行けばいいじゃないですか」

「うっさいわね、どこに行こうと私の勝手でしょ」


「……」

 本当にとっつきにくい人だ。


「そもそも何でも聞けば答えが返ってくると思ってるんじゃないの? 少しは自分で考えなさいよ。おかわり」

 そう言って鵺さんは私に空になったカップを突き出す。

 私はカップを無言で受け取り、ダージリンティーを注いでカップを返した。


 このまま鵺さん自身の事を聞いても仕方ないかも知れない。

 もしかしたら羅刹の方から話を絡めていけば何か情報が得られるかも。

 そう思った私は羅刹の事を聞いてみることした。


「羅刹さんはいないんですか」

「お、お兄様を名前で呼ぶとは何たる無礼な!」

 鵺さんは叫んで椅子から立ち上がる。

「お兄様は由緒ある黒守家第二十代目当主なのよ!? 当主様かご主人様と呼びなさい!」

 鵺さんは本気で怒っていた。

 どうやら鵺さんにとって羅刹は、とても大きな存在らしい。

「と、当主様はどこにいるんですか?」

「お兄様は多忙な方。今日は宗家の会合に出られていますわ」


 やっぱり鵺さんは羅刹の事になると性格が変わる。

 しかもぽろぽろと情報をこぼしてくれそうだ。

 迂闊な質問は鵺さんを怒らせてしまうだろう。

 でもさっきの言葉から考えると危険を冒す価値はあるかもしれない。

 私はさらに質問を続ける事にする。


「当主様は偉いんですね」

「あったり前よ!! お兄様は世界最強の殺人術、人刀術の師範。各界の著名人からも一目置かれてるのよ。何を今更!」

 人刀術っていうのは、殺人術だったんだ……。

 催眠術とは違ったみたい。


「当主様にしか使えない凄い術なんですね。人刀術って」

「いくつか分家があって使える人がいるけど、最強は間違いなくお兄様よ!」

「もしかして催眠術みたいなものですか? 当主様がつかう人刀術って」

「はああ!? 催眠術なんてチンケな物と一緒にしないでよ! 人刀術ってのはね、まず人間に宝石を埋め込んで、人刀化するのよ。そうすればその人間は人刀として生まれ変わり、お兄様の僕となるの」


 やったぁ、どんどん情報が出てくる。

 私は心の中で喜んで飛び跳ねながら鵺さんに質問を続ける。


「お兄様の僕になるって、具体的にはどうするんですか?」

「決まってるじゃない。刀になるのよ」

「刀――?」

「だからぁ」


 鵺さんがそこまで言った時だった。

 私の耳が、急に遠くなる。

 キーンと耳鳴りがしたきり、周りの音がまったく聞こえなくなった。

 そして――。


『来い、我が刀よ』


 と声が聞こえた。

 ううん、聞こえたんじゃない。

 だって耳は聞こえなくなってるんだから。

 じゃあどこから音がしたのか。


『鵺、来い』


 ――頭の中。

 頭の中から響いてきてる。


「はい、お兄様」

 不意に鵺さんの声が聞こえた。

 いつの間にか、耳は治っている。


「赤錆、行くわよ。お兄様が呼んでる」

「え? え?」

 戸惑う私を無視し、鵺さんは私の右手を掴んだ。

 よく見ると鵺さんは私をまともに見ていない。

 どこか遠くの方を見ていた。

「赤錆、あなたにも聞こえたわよね? だってお兄様の人刀ですもの」

 鵺さんはそう言って、私に視線を向ける。


「ひ――」

 思わず私は悲鳴が漏れそうになった。

 鵺さんが心の底から凍えるような笑みを浮かべていたからだ。

 昼間に私に殺意を向けていた表情より、私にはその笑顔が恐ろしく見えた――。


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