第四十四話「夕闇を歩く少女」
「遅かったな」
「赤錆がもたつきまして」
「すみません、私のせいです」
表にいた羅刹さんを待たせてしまった。
少しばかり長話が過ぎたようだ。
「構わんさ。少しくらいなら遅れても」
遅くなったにも関わらず、羅刹さんからのお咎めは無しだった。
むしろ機嫌がいいように見える。
「先にバスの時間を確認していた。後、五分ほどで発進するようだ。行くぞ」
『はい』
声をハモらせた私と鵺さんは羅刹さんの後に続く。
バス停には余り人がいなかった。
学生の帰宅時間は過ぎていて、会社員の帰宅時間には少し早い。
「これに乗れば着くのだな?」
羅刹さんはバスの時刻表を指さしながら私に聞いてくる。
時刻表には柳塚古墳跡地行きの時刻が羅列してあった。
「はい、このバスにずっと乗ってれば着きます」
私が頷いた所で、道の向こうからバスが走ってくる。
丁度タイミングが良かったみたいだ。
私達は到着したバスに乗り込んだ。
バスの中にも殆ど人が乗っていなかった。
席が空いていたので、鵺さんと羅刹さんは同じ席に座り、私は二人の後ろに座った。
古墳跡地に向かう程、住宅地から離れるのでバスが進むに連れて人は減っていく。
目的地まで座ったままで行けそうだ。
扉が閉まり、バスは音を立てて発進した。
バスは駅前を離れて、オフィスビル街を抜ける。
冬が近づき、日が暮れるのもあっという間になっていた。
夕暮れ時の街はバスから見ると遠い世界のように見える。
私は前に座っている二人の様子を窺う。
二人は微動だにせず、じっと席に座っていた。
とても今から果し合いをしに行くようには見えない。
「慣れ、なのかな……」
こういった事も二人は、幾度となくこなしているのだろう。
ほんの十分後くらいには、私は戦いの場に立っているかもしれない。
羅刹さんと鵺さんを見るのも、これが最後かもしれない。
このバスに乗るのも、これが最後かもしれない。
あと一時間もしないうちに皆の運命が決まるかもしれない。
二人から視線を外して私は窓の外を見る。
窓から私達の学校が遠くに見えた。
――私は明日も、学校に行きたい。
そう思った。
バスが古墳跡地に到着する。
古墳跡地までにバスの乗客は私達だけになっていた。
ここに降りたのは私達だけだ。
バス停の前が、すぐ柳塚古墳だった。
普通の公園になっているので入場料とかは必要ない。
「行くぞ」
羅刹さんは短く言うと、古墳跡地へと歩いていく。
それに私と鵺さんは続いた。
「これからどんな罠が張られているか分からん。気をつけろ」
羅刹さんは私の方を一瞬振り向きながら忠告してきた。
でも何に気をつければいいのかさっぱりだ。
とりあえず私は木の上を見てみたり、後ろを振り返ったりしながら歩く。
「何きょろきょろしてんの」
鵺さんが馬鹿にしたように言う。
「き、気を付けてるんです」
「何に気を付けるかも分かってないでしょ、あんた」
まさにその通りだった。
「周りに意識を広げる感じよ。目だけじゃなく、音や肌で異質を感じるの」
「……」
「ま、無理だろうけど」
鵺さんはそう言って、羅刹さんの隣を歩き始めた。
周りに意識を広げる、異質を感じる……。
正直、意味不明だった。
とにかく私は耳を澄ませながら古墳跡地の公園を歩く。
古墳跡地の公園は広い。
遊歩道があったり、少し高台にあるので景色もそれなりにいいので、休日は人が多いらしい。
でも今は人がいなかった。
葉が紅葉もしているし、散歩とかにも最適だと思うんだけど。
「結界に入っているな」
羅刹さんが短く呟く。
「えっ、いつの間に」
今まで結界に入った時は、凄い痛みに襲われていたのに。
「指定した人間を結界に入れた場合は痛みを伴わない。無理やり入ろうとした時のみ、侵入者がダメージを受けるのだ」
「な、なるほど」
「薄い――結界ですね、お兄様」
鵺さんは空に目を凝らしながら呟く。
私も同じように空を見たが、何も感じられなかった。
「先日の戦闘で分家の結界が意味を成さないのは証明されている。持ち主と真打ちの分断作戦が取れないと分かっている以上、無暗に強力な結界を張る必要も無い。そして強力な結界を張る戦力も分家には、もはや存在しない」
「ふふ。最初から、こうしていれば良かったものを」
鵺さんはギラギラとした目で呟く。
いつの間にか鵺さんは人殺しモードに入っているようだった。
この状況を楽しんでいるようにすら見える。
普段の鵺さんとは別人だった。
羅刹さんが『普通の人間にしたい』と言った理由が今ならはっきり分かる気がする。
「あの……鵺さん、目が怖いです」
「黙れ」
もう私の言葉も殆ど、届いていないようだった。
「鵺、熱くなるな」
「――分かっています」
羅刹さんは横目で鵺さんを見ながら釘を刺した。
鵺さんの目から、ぎらつくような殺気が僅かに薄れる。
でも、それだけだった。
「赤錆」
「は、はい」
「この公園で一番、広い場所はどこだ」
「一番広い場所――」
中央に野球のグラウンドくらいの広場があった気がする。
「公園の中央に、芝生の広場が」
「そこだ。二人はそこにいる」
羅刹さんの目が鋭くなる。
まるで体が膨張したように、存在感が大きくなった気がした。
羅刹さんも本気、なのだ。
本気で、見里さんと分家当主を殺すつもりなのだ。
急に二人が遠くに感じる。
距離はずっと変わっていないのに、すごく遠くなった気がした。
「――っ」
そう感じた私は何故か、悲しくなってしまった。
「何、泣きそうになってんのよ」
いつの間にか鵺さんが私を見ていた。
「どうした」
羅刹さんも私を見る。
二人に何て声をかけたらいいのか分からない。
だから、一番初めに思いついた言葉を二人に言った。
「お願いだから、死なないで下さい」
それを聞いた二人は、ほんの少しだけど微笑む。
「死なんよ」「死なないわよ」
そして二人同時に、こう言った。
その後、すぐに二人はまた怖い顔になってしまったけど。
さっきより距離は遠く感じなくなった。




