表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹 -夕闇を歩く少女-  作者: 猫村慎之介
44/56

第四十四話「夕闇を歩く少女」


「遅かったな」

「赤錆がもたつきまして」

「すみません、私のせいです」

 表にいた羅刹さんを待たせてしまった。

 少しばかり長話が過ぎたようだ。


「構わんさ。少しくらいなら遅れても」

 遅くなったにも関わらず、羅刹さんからのお咎めは無しだった。

 むしろ機嫌がいいように見える。


「先にバスの時間を確認していた。後、五分ほどで発進するようだ。行くぞ」

『はい』

 声をハモらせた私と鵺さんは羅刹さんの後に続く。


 バス停には余り人がいなかった。

 学生の帰宅時間は過ぎていて、会社員の帰宅時間には少し早い。


「これに乗れば着くのだな?」

 羅刹さんはバスの時刻表を指さしながら私に聞いてくる。

 時刻表には柳塚古墳跡地行きの時刻が羅列してあった。


「はい、このバスにずっと乗ってれば着きます」

 私が頷いた所で、道の向こうからバスが走ってくる。

 丁度タイミングが良かったみたいだ。


 私達は到着したバスに乗り込んだ。

 バスの中にも殆ど人が乗っていなかった。


 席が空いていたので、鵺さんと羅刹さんは同じ席に座り、私は二人の後ろに座った。

 古墳跡地に向かう程、住宅地から離れるのでバスが進むに連れて人は減っていく。

 目的地まで座ったままで行けそうだ。


 扉が閉まり、バスは音を立てて発進した。

 バスは駅前を離れて、オフィスビル街を抜ける。


 冬が近づき、日が暮れるのもあっという間になっていた。

 夕暮れ時の街はバスから見ると遠い世界のように見える。


 私は前に座っている二人の様子を窺う。

 二人は微動だにせず、じっと席に座っていた。

 とても今から果し合いをしに行くようには見えない。


「慣れ、なのかな……」

 こういった事も二人は、幾度となくこなしているのだろう。


 ほんの十分後くらいには、私は戦いの場に立っているかもしれない。

 羅刹さんと鵺さんを見るのも、これが最後かもしれない。

 このバスに乗るのも、これが最後かもしれない。

 あと一時間もしないうちに皆の運命が決まるかもしれない。


 二人から視線を外して私は窓の外を見る。

 窓から私達の学校が遠くに見えた。


 ――私は明日も、学校に行きたい。


 そう思った。




 バスが古墳跡地に到着する。

 古墳跡地までにバスの乗客は私達だけになっていた。

 ここに降りたのは私達だけだ。


 バス停の前が、すぐ柳塚古墳だった。

 普通の公園になっているので入場料とかは必要ない。


「行くぞ」

 羅刹さんは短く言うと、古墳跡地へと歩いていく。

 それに私と鵺さんは続いた。


「これからどんな罠が張られているか分からん。気をつけろ」

 羅刹さんは私の方を一瞬振り向きながら忠告してきた。


 でも何に気をつければいいのかさっぱりだ。

 とりあえず私は木の上を見てみたり、後ろを振り返ったりしながら歩く。


「何きょろきょろしてんの」

 鵺さんが馬鹿にしたように言う。

「き、気を付けてるんです」

「何に気を付けるかも分かってないでしょ、あんた」

 まさにその通りだった。


「周りに意識を広げる感じよ。目だけじゃなく、音や肌で異質を感じるの」

「……」


「ま、無理だろうけど」

 鵺さんはそう言って、羅刹さんの隣を歩き始めた。

 周りに意識を広げる、異質を感じる……。


 正直、意味不明だった。

 とにかく私は耳を澄ませながら古墳跡地の公園を歩く。


 古墳跡地の公園は広い。

 遊歩道があったり、少し高台にあるので景色もそれなりにいいので、休日は人が多いらしい。


 でも今は人がいなかった。

 葉が紅葉もしているし、散歩とかにも最適だと思うんだけど。


「結界に入っているな」

 羅刹さんが短く呟く。


「えっ、いつの間に」

 今まで結界に入った時は、凄い痛みに襲われていたのに。

「指定した人間を結界に入れた場合は痛みを伴わない。無理やり入ろうとした時のみ、侵入者がダメージを受けるのだ」

「な、なるほど」


「薄い――結界ですね、お兄様」

 鵺さんは空に目を凝らしながら呟く。

 私も同じように空を見たが、何も感じられなかった。


「先日の戦闘で分家の結界が意味を成さないのは証明されている。持ち主と真打ちの分断作戦が取れないと分かっている以上、無暗に強力な結界を張る必要も無い。そして強力な結界を張る戦力も分家には、もはや存在しない」

「ふふ。最初から、こうしていれば良かったものを」

 鵺さんはギラギラとした目で呟く。


 いつの間にか鵺さんは人殺しモードに入っているようだった。

 この状況を楽しんでいるようにすら見える。

 普段の鵺さんとは別人だった。


 羅刹さんが『普通の人間にしたい』と言った理由が今ならはっきり分かる気がする。


「あの……鵺さん、目が怖いです」

「黙れ」

 もう私の言葉も殆ど、届いていないようだった。


「鵺、熱くなるな」

「――分かっています」

 羅刹さんは横目で鵺さんを見ながら釘を刺した。

 鵺さんの目から、ぎらつくような殺気が僅かに薄れる。

 でも、それだけだった。


「赤錆」

「は、はい」

「この公園で一番、広い場所はどこだ」

「一番広い場所――」

 中央に野球のグラウンドくらいの広場があった気がする。


「公園の中央に、芝生の広場が」

「そこだ。二人はそこにいる」

 羅刹さんの目が鋭くなる。

 まるで体が膨張したように、存在感が大きくなった気がした。


 羅刹さんも本気、なのだ。

 本気で、見里さんと分家当主を殺すつもりなのだ。


 急に二人が遠くに感じる。

 距離はずっと変わっていないのに、すごく遠くなった気がした。


「――っ」

 そう感じた私は何故か、悲しくなってしまった。


「何、泣きそうになってんのよ」

 いつの間にか鵺さんが私を見ていた。

「どうした」

 羅刹さんも私を見る。


 二人に何て声をかけたらいいのか分からない。

 だから、一番初めに思いついた言葉を二人に言った。


「お願いだから、死なないで下さい」

 それを聞いた二人は、ほんの少しだけど微笑む。


「死なんよ」「死なないわよ」

 そして二人同時に、こう言った。


 その後、すぐに二人はまた怖い顔になってしまったけど。

 さっきより距離は遠く感じなくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ